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「ええ?」
美都が素っ頓狂な声を上げた。
ベランダに続く引き戸からふわりと風が吹き込んで、小さなガラスの風鈴がちりん、と涼し気な音をたてた。グレーと黒に統一した必要最低限の家具しかおかれていない整然としたワンルームに、その透明な青色をした風鈴は優しく色合いを添えていた。平日の午後の眠たげな空気に乗って、近所の小学校から子供たちの高い声が聞こえてくる。レースのカーテンが引かれているのに、外には澄み渡った青空が広がっているのが感じられた。
ふいに、懐かしいような切ないような思いに駆られた。今この瞬間の空気を、これから何十年も折に触れて思い出すのだろうという、それは予感というよりも確信と言った方が近い不思議な感覚だった。
「自己紹介から始めさせていただきます」
湊さんが言った。
「湊、という名前にもしかしたら聞き覚えがある方もいるかもしれません。うちは、代々ある宗教法人の教祖をしています」
ああ、と玲人君が頷いて、この辺りではそこそこ知名度のある宗教団体の名前を口にする。
「そうです。宗教法人というと信者にお金を貢がせたり怪しげな商品を買わせたりする怪しい団体というイメージがあるかもしれませんが、うちはどちらかというと古くからの顔なじみが集まる地元のお寺、という感じでずっとやってきました」
やってきました、という口調に若干の違和感を感じたが、口を挟まずに目線で先を促した。
「父も母も決して贅沢を好むほうではないですし、わたし自身もたまたま実家が宗教法人というだけでそれ以外は普通の学生として過ごしてきたつもりです。決して信者さんから巻き上げたお金で贅沢をしているということはないです。これだけは最初にどうしても言っておかなくちゃと思って」
それに、と湊さんは続けた。
「わたしには特段信仰心というほどのものもなくて、法人についてはゆくゆくは兄が継いでいくことになります」
「お兄さんはそれで納得してるんですか?」
遠慮がちに訊ねたのは美都だ。宗教団体の後継ぎというのがどういうものなのか想像もつかないけれど、色々と制約が多そうなことは想像できる。世間から白い目で見られることもあるのかもしれない。数年前に東京の地下鉄であったカルト団体による同時多発テロ事件もまだ記憶に新しい。
確かあの事件は、狂信的な教祖に命じられたカルト団体の信者たちが地下鉄で毒ガスを撒いたのだった。相当数の死傷者が出た筈である。宗教団体と聞くと条件反射的に、眠たそうな目をしたロン毛のだるまみたいな怪しい教祖が目に浮かんでしまう。
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