第4話 鬼が住むか、蛇が住むか






 「もうすぐ扉が開いちゃうね。こっちの話、ちゃんと聞いてくれるかなぁ?」


 扉が開く時間に差し掛かかろうとしている時計を、肩肘をついて眺めているルナ。


 「話は聞いてはくれたとしても、受け入れてはくれないんじゃないかしら?」

 

 「だよねぇ。拒否反応がすごそう」


 「最初から、まともに話が出来るなんて思ってないわ。あくまでも私は、私のために最善を尽くすつもりよ。パイモンさんの洗脳を解くのは、私の仕事ではないもの」


 「物質的なものでしか代償を払えない人間に、夕映ゆえちゃんがそこまでやってあげる必要ないもんね」


 夕映ゆえは、お皿に乗ったマシュマロの中に忍ばせた金色の串を手に取り、その鋭く尖った先端をじっと見据える。


 程なくして、時計の長針が頂を指し、始まりを告げる音が鳴り響く。その残響も消えぬうちに、扉を叩く音が聞こえた。












 「こんにちはっ! あっ! 時間的に、こんばんは! ですかね! 昨日はどうも!」


 やけに上機嫌でやって来たパイモンは、勢いよく腰を九十度に曲げる。


 「いえ。こちらこそ、お手数をお掛けしました」


 「おにーさん、めちゃくちゃ来るの早かったね」


 昨日と変わりない雰囲気で、パイモンを迎え入れた夕映ゆえとルナ。


 「実は……今日が楽しみすぎて、あまり寝られなかったんです!」


 照れくさそうな笑みを浮かべるパイモンの目的は、自分の祖母の不幸を願い、それを実現させること。遠足前の小学生のような発言からして、そのことに対し、罪悪感は欠片もないことが見て取れる。


 「さっそくなんですけど! これっ、母の私物です!」


 そう言ってパイモンがバッグから取り出し、テーブルの真ん中に置いたのは、薄ピンク色の巾着型のお守り。ルナはそのお守りを見て、少し顔を歪める。夕映ゆえは立ち上がって腕を伸ばし、そのお守りを手に取る。そして、あらかじめテーブルに置いてあった写真とパスケースの近くへ置いた。


 「少しの間、お預かりさせていただきますね」


 「どうぞっ! 私物ですけど、無くなってもいいものなんで、好きにしてもらってかまいませんっ!」


 「……使用し終えたらお返ししますが、そう言っていただけると、こちらもやりやすいです」


 「どうやって使うのか分かりませんが、もう一思いにやっちゃってください!!」


 「思い切りがいいですね」


 夕映ゆえは顔色一つ変えずに淡々と話しているが、ルナの表情には隠しきれていない嫌悪感が浮かぶ。


 「ではまず、少しだけお話をさせていただいてもよろしいですか? 持ってきていただいた私物の使用方法や注意事項など、いくつか説明をしておかなくてはいけないというルールがあるので」


 「はいっ! もちろんですっ!」


 「ありがとうございます。今からいくつか質問させていだたきますが、答えられる範囲でかまいませんので、返答をお願いします。では……直近で、何か変わったことはなかったですか?」


夕映ゆえの質問に、パイモンは思い当たる出来事をポツポツと話し始めた。

 姉二人が同乗していた車が、単独で横転事故を起こしたり、弟は原因不明の肌の出来物で通院中だったり、パイモン自身も片頭痛が悪化していたり。さらに母親の両親はリフォーム詐欺にあったりと、思い返せば立て続けに、家族に何らかのトラブルが発生していると。パイモンは話ながら自身の頭の左側を撫でる。


 「あっ、あと! そういえば! 昨日、母の目が片目だけびっくりするくらい腫れあがってて! 今日はさらに腫れがひどくなっていたので、病院に行くと言ってました!」


 「それは、左右どちらの目ですか?」


 「えーっと、たしか左だったと思いますっ!」


 「……そうですか。早く良くなるといいですね。そのお母様のことですが、パイモンさんから見て、どういうお方ですか?」


 「母は……僕にとって、最高の母親です!」


 先の質問に答える際は沈んでいるように見えたパイモンの顔が、母親のことを問われた瞬間、急に優しい顔つきになる。


 流行りの服を身に纏い、髪も爪も同級生の親より入念に手入れされていて、メイクも上手で、昔からずっと変わらず自慢の母親だと語り始めた。

 学校や集団で、自分たちが少しでも嫌な思いをしたことを知れば、凄い剣幕で相手のところへ怒鳴り込みにいく。どれだけ理不尽に相手を傷つけようが、おかまいなし。そんな姿もパイモンたち姉弟にとっては、自分たちを必死になって守ってくれる頼れる母親のように映っていたようだ。

それなのに、祖母が他所で悪口を言いふらしたせいで、完璧すぎる母親に対する周りの妬み嫉みに拍車がかかり、孤立させられていた。

パイモンから見た母親は、家族に愛を捧げ、家族のために義母の嫁いびりに耐える、非の打ちどころがない母親だ。


 

  夕映ゆえは、心なしか昨日より大きなマシュマロの山を金色の串で崩し始め、ルナは頭を抱えている。

 母親のことを話すうちに、どんどん陶酔に浸っていくパイモンは、自身を包む虚無の気配に気づくことはなかった。


 パイモンは母親のことを、自分を犠牲にして家族を守っている、強くて心優しい女性だと妄信している。パイモンは、自分が母親の欲を満たすための道具にされているなんて、露にも思っていない様子だ。


 「お母様のこと、とても尊敬されているんですね」


 「はいっ! そうなんですっ!」


 夕映ゆえの言葉に対し、誇らしげに声を張り上げるパイモン。盲目的に母親を信用しきっているパイモンを、ルナは不安げな表情で見つめていた。










 「さて。ここから最も重要なことをお話しさせていただきます。不明な点がありましたら、その都度お尋ねください」


 パイモンの表情が、まるで期待に胸を膨らませている子供のように、パッと明るくなる。


 「この当事者同士の私物を使ってかけた呪いは、一度かけたら取り消しが効きません。万が一、望まぬ事態になってしまっても、私たちは責任を負えません。もちろん、ご返金もいたしかねます。まず、そのことに関して、ご了承いただけますか?」


 「大丈夫です!」


 夕映ゆえが告げた最初の注意事項に、二つ返事で頷いたパイモンは、待ちきれないと言わんばかりに、姿勢が前のめりになっている。


 「こんなことを言うのも何ですが―――――――」

 

 夕映ゆえは、自分たちに大金を支払って依頼せずとも、自分の行いは必ず善も悪も自分に還ってくること。時にそれは、本人ではなく、本人の一番大事な人に還っていくこともある。同じ形で還ってくるか、異なった形で還ってくるのかは、神のみぞ知るところだと言うこと。故に、今その流れを捻じ曲げずとも、必ずその時はやってくると説明し、デメリットの側面に触れた。


 「善も悪もいずれ還っていくことですが、今それを強く希望される理由があれば、聞かせていただけますか?」


 「母を苦しめた祖母が苦しむ姿を、この目で見たいからです! いずれ、なんて不確かなものなんて、待ってられません! 今すぐ地獄へ突き落としてやりたいっ! それが僕の願いです! きっと母と姉弟たちもそうだと思います!」


 地獄へ突き落とされるのは、自分たちとも知らないで、おめでたい人たち。

 当然ながら口には出さなかったものの、夕映ゆえは内心、呆れかえっている。


 「この呪いは平等ではなく、公平です。つまり、双方が公平になるように還っていきます。お母様やパイモンさんたちにも、何かしらの影響が出る場合もありますが、それでもご希望されますか?」


 「はいっ!! だって、僕たちに非なんて、そんなのあるわけがないじゃないですか!」


 自分たちは完全に善で、祖母は完全に悪だと言い切るパイモン。


 「……分かりました。では、その方向で進めさせていただきます。これから最終的な確認に入ります」


 自分の希望を受け入れて貰えたパイモンは、

 しかし、パイモンにとっては最終段階だが、夕映ゆえたちにとってはここからが正念場。夕映ゆえは金色の串の鋭く尖った先端を、指先で撫でた。


 「パイモンさん。あなたは、お祖母様がお母様をいびっている場面を実際にご覧になったことはありますか?」


 「いえ、ないです! 僕らが居ない隙を狙ってやってたみたいなので!」


 「音声や動画なども?」


 「はいっ! 僕らは進めたんですが、母はそんな卑怯なことはしたくないと言って……僕は隠しカメラでも買おうと提案したんですが、頑なに拒否されました!」


 母親の本性を知っているルナは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。


 「嫁いびりの件を、お祖母様に直接聞いたことはありますか?」


 「ありますけど、していないの一点張りで、祖母は僕らにウソばかりつくんです!」


 夕映ゆえは小さくため息を零し、パイモンには聞こえないくらいの小声で「埒が明かないわ」とつぶやく。


 「何故、お祖母様の言葉が、ウソだと分かったんですか? 第三者的にお話を伺うと、証拠がないのはお互い様のように思えますが」


 「それは、母の様子を見ていれば分かります! あとは、日頃の行いですね! 外でベラベラと、あることないこと喋る人を信用なんて出来ません!」


 「…………お母様がウソをついている可能性は、お考えになったことはないですか?」


 「あるわけないじゃないですかっ! そもそも、母にはそんなウソをつく理由がありませんっ!」


 「仮に、お母様がウソをつかれていた場合、当然のことですがお母様が悪行の代償を背負うことになります。どちらにも証拠がないのに、一方的に善悪を決めつけてしまって、よろしいのでしょうか?」


 「……何が言いたいんですかっ!? 母が僕たちに、ウソをついているとでも!?」 


 苛立ちを含んだパイモンの声が、空気を揺らす。


 「単刀直入に言わせていただきます。今のお話を聞く限り、お母様がウソをついている可能性が非常に高いです」


 回りくどい言い方では、まったく伝わらないことが分かり、直接的な言葉ではっきりと言い切った夕映ゆえ。その言葉を理解したパイモンの顔は、みるみる怒りに染まっていく。


 「……チッ、どこをどう聞いたらそうなるんだよっ!! あー、どうせあれだろう!? 呪いの代行なんて出来っこないんだろ!? 怖気づきやがって!! 使えねぇな!! ウソつきはお前らのじゃないかっ!!」


 激昂したパイモンは、強くテーブルに手を叩きつけ、立ち上がって夕映ゆえを睨みつけている。しかし睨まれている夕映ゆえは、


 「こちらとしては、あくまで善意で言っているつもりなんですけどね。私たちは、お金儲けでやっているわけではないので」

 

 何事もなかったかのように会話を続けながら、マシュマロを乗せたお皿を手に取った。 

 

 「……うるさい、うるさい! うるさいっ!! 役立たずがっ!! 母さんを悪く言うなっ!!」


 地を這うような声で喚き、バッグの中身を夕映ゆえに向かって投げ始める。ペットボトルが夕映ゆえの顔の横をすり抜けた瞬間、ルナが椅子を引いたが、夕映ゆえは軽く手を上げ、それを制止した。ルナはグッと堪えた様子で腰を落とすと、少し俯き加減になって、右目に手を当てる。


 「謝れっ!! 母さんに謝れよっ!! 土下座して謝れっ!!」


 テーブルクロスを引っ張り、乱暴に投げたパイモン。夕映ゆえの口からは「ふふっ」と愉し気な笑い声が漏れた。


 「何が可笑しいんだよっ!! ふざけるなっ!!」


 「似たもの親子ですね。土下座の要求なんて、今どき流行りませんよ?」


 「…………は?」


 マシュマロのお皿をテーブルに置いた夕映ゆえは、パーカーのマフポケットに手を入れ、


 「分かりました。そこまで仰るなら、ご要望に答えさせていただきます」


 吸い込まれそうなほどの黒を纏った、人形のような形のものを出した。












 椅子から立ち上がった夕映ゆえは、パイモンが持って来た私物を拾い、背後にある扉のドアノブを捻った。ドアノブを手前に引くと、黒いジャッジガベルが姿を現す。


 「これは藁人形の形をした、髪人形と言ったところでしょうか。すべて、人の毛髪で出来ています」


 「……どういう風の吹き回しだよ。さっきまで散々、人の母親を疑っておいて!


 パイモンは、結び目まで全て人の毛髪で作られた人形を目の当たりにして、少しだけ熱が冷めたような声を出す。


 「私、なんです。だから今回は、で結構ですよ。依頼料はいただきません。ですが、最初にお伝えしたとおり、こちらは一切、責任を負えませんのでご理解の程よろしくお願いします。あと、言い忘れてましたが……お守りは、呪いの効果をより強力に作用させます。よかったですね」


 夕映ゆえの手元周辺に、無数の釘穴が開いていることに気が付いたパイモンは、言葉を飲み込んだ。


 「当事者同士の私物でこの人形を挟み、この釘で打ち抜けば完了です」


 戸惑いの色を見せ始めたパイモンに構うことなく、夕映ゆえは金色の五寸釘を、マシュマロの山から引き抜き、用意を始める。夕映ゆえが、パイモンの祖母の写真と母のお守りを手に取った瞬間、


 「待って! あ、待って、ください」


 先程までの威勢がウソのように、パイモンは張りを無くした声で夕映ゆえを引き留める。


 「どうかされました?」


 「あの……えっと、一応……一応ですけど! 母がウソをついている可能性は、話のどの辺りで…………」


 「お母様の目が腫れあがったのは、左側と仰ってましたよね?」


 「はい、そうですけど」


 「お姉さんたちの横転事故は左向きに車が横転、弟さんの肌の出来物は身体の左半身、あなたの頭痛は主に左側頭部、母方の祖父母宅のリフォーム詐欺は家の西側、つまり左側に当たる場所を、リフォームされたときのことなのでは?」


 テーブルの一点を見つめていたパイモンは、目を左右に揺らし始める。


 「いや、でも……それがどうしてっ!」


 「霊的な観点から見ると、左側のトラブルが意味するのはです。一つくらいなら偶然で済まされるかもしれませんが、ここまで分かりやすく左側にトラブルが集中しているなんて、不自然だと思いませんか? まぁ、あなたに信用していただけないことは重々承知していますので、どうぞ戯言たわごとだと思って聞き流してください」


 夕映ゆえは、テーブルに置かれた写真の上に髪人形を置き、その上にお守りを乗せる。それを軽く左手で押さえ、


 「持ってきていただいた三百万は、きっとこれから何かの役に立ってくれると思いますので、大切にお持ち帰りください」


 右手に金色の五寸釘を持った夕映ゆえは、その鋭く尖った先端をお守りにあてがう。左手の指の間で五寸釘を挟み、ジャッジガベルの柄を掴み、そのまま大きく振り上げた。急な展開に付いていけず、茫然とその一連の流れを見ていたパイモンは、夕映ゆえがガベルを振り下ろす瞬間に、ハッと我に返る。


 「…………待ってっ!! 待ってくださいっ!! 待って!!」


 何とか声を張り上げ、懇願するような目で夕映ゆえを見るパイモン。


 「自信がお有りのようでしたが、ここに来て随分と慎重になられるんですね。もうすぐ大本願が叶うと言うのに」


 既のところで手を止めた《ゆえ》は、テーブルにジャッジガベルを下ろす。


 「あっ、いえ……あの………………ごめんなさいっ! 母のことは信じていますが、百鬼なきりさんの話を聞いて、少し怖くなりました」


 パイモンの声が、尻すぼみになっていく。


 「頭を上げてください。あなたが謝る相手は、私ではありませんよ」


 項垂れているパイモンがゆっくりと顔を上げると、感情の読めない表情の夕映ゆえと目が合う。


 「…………僕は、どうやって真実を知ればいいんですか!? 万が一、本当に母がウソをついていたとしたら……」


 「わざわざ確かめずとも、これから起こる出来事を見ていれば、分かってくると思いますよ。今ここで何もしなかったとしても、還っていきますから。お母様にも、あなたにも。まだ扉が閉門するまで時間がありますので、ゆっくり考えてみてはいかがですか?」


 俯いたパイモンは、自身のバッグを抱き抱えた。

 

 混乱しているであろうパイモンに、考える時間を提供した夕映ゆえは、投げて床に散らばっているパイモンの私物を拾い上げる。それをテーブルの中心にまとめて置いていると、


 「帰りますっ!!」


 パイモンは急に大きな声を張り上げ、自分の私物を乱暴にバッグに詰め込み始めた。開けっ放しのバッグから、私物が少しはみ出ていることも気に留めず「じゃあ! 僕はこれで!」と、慌てて立ち去ろうとしている。


 「お待ちください」


 よく通る夕映ゆえの声に動きを止められたパイモンは、反射的に振り返る。


 「な、何ですか?」


 「こちらも、どうぞ一緒に」


 夕映ゆえは、パイモンが呪いに使うために持って来た三人分の私物を手に持ち、パイモンの元へ歩いて行く。


 「見えない真実を探さなくても、ちゃんとここに、形として残っている真実があるじゃないですか」

 

 屈託のない笑顔を浮かべる幼き頃のパイモンと、慈愛に満ちた瞳でパイモンを見つめる祖母が写った写真を、はっきりと見えるように持つ夕映ゆえ

 それを受け取ったパイモンは唇を噛み締め、無言で背を向けて足早に去って行った。












 パイモンが立ち去り、扉が閉まる音が聞こえると、


 「お祖父さん、感謝してたよ。ま、お祖父さん的には、実行してくれてもよかったみたいだけど。ほんとアイツは、もっと夕映ゆえちゃんに感謝すべきだよ。夕映ゆえちゃんが違和感に気づかなければ、今頃どうなってたことか」


 先ほどより低めの声で、ため息交じりに話し始めたルナ。右手で右目を覆っているが、その指の隙間から、白翡翠の瞳が見え隠れしている。ルナの右の瞳の色が違うことに気づいた夕映ゆえは、


 「……あなた、視たくないのにコンタクト外したの? 天月あづき


 じっと白翡翠を見つめ、ルナではない名前を呼んだ。


 「だってアイツ、夕映ゆえちゃんに危害加えようとしたもん。ここに来る奴らって、夕映ゆえちゃんたちが難なく、呪いの代行を請け負ってるとでも思ってんのかな」


 天月あづきが髪をかき上げると、金髪のツインテールのウィッグが頭部から外れ、ホワイトアッシュの短髪が現れる。


 「大丈夫よ、別に。でも、ありがとう」


 「んーん! 俺がしたくて、やっただけだから!」


 髪をわしゃわしゃと掻いた天月あづきは、ブラウスの襟元を緩めながら立ち上がり、腕と一緒にその長身を伸ばした。


 「いつも思うんだけど、あなたコンタクトだけでいいんじゃないの? わざわざ女装までしなくても」


 「ああ、これ? 俺もどっちでもいいんだけどさ、カード教えてくれた人が女の人だったからか、何となくこっちのほうがしっくりくる気がするんだよね」


 「そうだったの。まぁ、その辺りは好きにしてくれればいいわ」


 「俺は、夕映ゆえちゃんも、そのままでいいんじゃないかなって思うよ」


 「私の場合は、驚かれるでしょ。それに、変に気を使われても困るのよ」


 夕映ゆえがこめかみから頭部へ指を滑らせると、黒い髪が浮き、その形が崩れた。テーブルの上には、先ほどまで夕映《ゆえ》の髪の役割りを担っていたものが、頼りなく横たわっている。


 「俺はどっちの夕映ゆえちゃんも可愛いと思うけど、今の方が好きだよ」


 「そんな物好き、あなたくらいじゃないかしら?」


 「そうかなぁ? ま、俺にとっては、そっちの方がいいけどね」


 「……ほんと、調子がいいんだから」


 夕映ゆえは、産毛の欠片すら見当たらない、滑らかで丸みのある頭部に手を触れた。








  きぼうノ宮地下街六番出口 閉門

 


 


 




 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る