第103話 死の気配、霧を晴らすは洗練連携、そしてピンチは最大のチャンス



「っ!!――」



 瞬間、体が既に反応していた。



 ――覚醒した血蜘蛛コイツに、先制させてはいけない。

 

 

 そして、ボスが行動を開始するまで待ってやる義理もない。


“最終7階では何かあるんじゃないか”、皆でそうした事前の心構えをしていたことが。

 この反射的な、そしてとても大事な行動を可能にしてくれた。



「――【修羅属性】っ!!」 



 出し惜しみせず、切り札の一つを早速切る。

 

 体表面に、青黒いオーラがまとわれたのを実感した。

 そして一瞬のうちに驚くほど強化された肉体で筋トレバーを握り、考える前に駆ける。



「っぐ――」



 代償に、全身へと激しい痛みが襲い掛かってきた。

 発動を後悔し、今すぐ解除したくなるほどの激痛。


 ……だがそれでも、やらないといけない。

 じゃなければ“死ぬ”。


 

「らぁっ!!」


 

 それを【危険察知】とともに、本能で悟る。

 だからこそ、耐えがたい苦痛を抱えてでも攻撃に移ることが出来た。

 


 目の前に降り立った“死”の気配。

 そこから生まれた圧倒的な“生”への渇望かつぼう、アドレナリンが、体を突き動かしてくれた。

  

 

「ZI――」



 開幕直後のほぼ完璧な先制パンチ。

【筋力値】だけじゃない、【敏捷値】も倍化され、今までで一番の速さで駆けた。

 


「っ!?」



 ――それが、防がれた。



 渾身の一撃、筋トレ棒を受けた脚は、今までと見た目こそ変わらないものの。

 その質感は大きく異なっている。


【修羅属性】で強化された【筋力値】をもってしても反動が強く、腕にビリっとしびれが来た。

            


「ZIA!――」


 

 ギョロリとこちらを向いた、赤く染まった7つの目玉。


 全身がゾワッとした。

【危険察知】が最大音量で警戒を促してくる。


 迫る尖った脚先。

 避け――ダメだ、かわせない!

 1階での悪夢が、瞬時に頭をよぎった。

 

 

「っ! ――【操作魔法コントロール】っ!!」



 操るは、変わらず手にある筋トレ棒。 



 ――それで強引に、“自分の体”を弾き飛ばした。


 

「うぐっ――」  



 棒に叩き飛ばされた上半身の痛み、それを自覚した後【修羅属性】の激痛がやって来る。 

 本来は自分を守り敵を打つはずの“武器”で、ダメージを負ってしまった。



「ZIIII……」



 ――だが、血蜘蛛やつの攻撃はかわした!


 

 ボスのそれは、絶対にこちらが避けられないようなタイミング、速度。

 正に完璧な一撃だったはずだ。


 それでも咄嗟とっさの判断、機転によって何とかすることが出来たのである。


 

 それだけで、大きな希望の光が差したような気がした。

 1階の、あの時とは違うんだ。

 あそこから積み重ねた戦闘の経験値は、確実に活きている。


 脳裏をかすめた悪夢のイメージが、サッと消え去っていった。

   


 さぁ、これから――



「――ZIA」


「なっ――」 

    


 目の前に。

 ボス蜘蛛の脚が、再び迫っていた。



 ――なんて移動速度だ。



 6階までとは動きのキレがまるで違う。


 やはり1階の時に見た“悪夢あれ”と同格か。

 


「クッ――」



 再び脳に、黒い霧のイメージが薄っすらと浮かび上がった。

 視界から希望の光を閉ざそうとする。


 死が再度、そこまで迫っているというのに。

 思考は一つにまとまってくれない。  



【操作魔法】――いや、追いつかない、棒が遠い。

【修羅属性】、全身が痛い、死んだ方が楽になるんじゃ。

【時間魔法】は? でも、今使ったら攻撃に回せず困って、でも出し惜しみで死ぬのはバカ。



「あっ――っ!!」 

 

 

 そうした取り留めない思考の中。

 不意に、大丈夫だとの確信が、自然に生じた。


 俺のやることは、受け身じゃなく。

 この場面では、攻撃なんだと。

 本能的に察することが出来た。


 

「はぁぁっ!!――」



 自分の体を貫こうと迫る、覚醒した血蜘蛛の鋭く速い足先。


 だが構うことなく。

 重力に従い落下していた筋トレ棒を、【操作魔法】で手元に呼び戻す。

 防御で使うには間に合わない。


 だが、攻撃になら……行けるっ!!



「ZIA――」 


「――ご主人様っ!」


「――マスターっ!」



 槍のように鋭い脚は。

 左右から現れたソルア、そしてアトリの剣によって弾き返された。


 脳内を占領しようとしていた黒い霧は、再び晴れていく。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□


 

「らぁっ!!」



 二人に弾かれ、1本だけ浮いた脚に。

 宙から助走をつけた筋トレ棒を、これでもかと勢いよく叩きつける。



「ZIA――」



【操作魔法】による薄紫色。

 そして【修羅属性】による青黒い魔力。

 

 その両方が纏われた筋トレ棒は、見事に脚へと命中。


 しかも、それは確実にボスへとダメージを与え。

 付け根付近から、逆方向へと折れ曲がるようなへこみ方をした。



「っし!――ぐっ!?」

    


 8つある脚の内の1本。

 だがそれでも大きな一歩だと、勢い付こうとした矢先。



 ――ダメージを与えるきっかけとなってくれた【修羅属性】が、やはり体をむしばんだ。



 あまりの痛みで、無様な叫び声を上げそうになり。

 反射的に、歯を食いしばって我慢した。


 口内に、薄っすら鉄の味が広がっていく。

 

 気力、アドレナリン、空元気。

 そうしたものでは、もはや誤魔化しが効かないレベルになっていた。



 HP:18/47 


 

 いつの間にか、HPも1/3に迫るというレベルだ。

 筋トレ棒での自打撃による回避以外で攻撃は受けていないのに、である。

 

【修羅属性】を解除――いや。

 せっかく掴みかけた優勢を、またスタート地点に戻したくはない。

 


「あっ――」


   

 ――そんな焦りが生まれようとした瞬間だった。



「≪癒しの力よ、強き光となりて、大きな疲傷ひしょうを治せ≫――【ヒーリング・ライト】!!」


 

 リーユの温かな声が響く。

 同時に、強い光が体を包みこんでくれた。


 あれだけあった体の激痛が。

 一瞬だけだが、全て引いてくれた。 



「っ!――」


 

 光が消えた次の瞬間には、また痛みがぶり返してきた。



 ――だが、頑張れる!           



 立ち向かう意志の力を取り戻すのに。

 今の“癒しの一瞬”は、“とても大きな一瞬”だった。



「――リーユっ! ご主人様の治療にだけ専念してください!」


「は、はいっ! 分かりましたソルアさんっ!」



 ソルアの指示が飛ぶ。

 状況を瞬時に把握しての連携も、隙なく行ってくれていた。   

 


「っ!! ――ソルアちゃんっ、滝深さんっ! “糸”がっ!!」


 

 そこに来宮さんの、短くも切迫したような声。

 ボスは確かにこちら、ソルアや俺の方へと向いていた。 



「ZI――」


 

 やはり6階までとは異なり。

 1階、超強化バフがあった時のように。

 

 予備動作、前準備が殆どわからないほど素早い射出。



 ――だが、俺はあえて攻撃に向かう。

  


「――おいしょっ!」  



 盾を構えた水間さんが。

 来宮さんの声を受け、ソルアをフォローしてくれたのだ。


 矢のように鋭く、そして速く飛んだ糸も。

 火魔の盾に触れた瞬間、熱した鉄板に触れた時のような音を出して、溶け消えていった。



「ありがとうございます、カナデ様っ!」


「いえいえ! お安い御用ですよっ!」   



 あの速度にも怯えずタンクとして、ソルアをカバーしてくれた水間さんの度胸も見事だが。

 来宮さんの行動も称賛されるべきものだった。

 攻撃が来ること、そしてその内容を先読みして、事前に俺達へと注意を促してくれたのだ。

      

 その連携も。

 明らかに、出会った当初とは比べ物にならないくらい洗練されている。 

  


「――はぁぁっ!」



 水間さん達を信じたおかげで、【状態異常耐性】による受けのアクションが不要となり。

 その分ワンテンポ早く、ボスへと再接近することが可能になった。



「ZIA!!」



 やはり8本中の1本とはいえ。

 大事な脚を機能不全へと追いやった俺を、ボスは真っ先にブラックリストへと入れていたらしい。


 前2本の内、未だ健全な左側の脚で、即座に迎え撃ってくる。


   

「らっ!!」



 クソッ、防がれたっ!


 再び腕に伝わる強い痺れ。  

 同時に、戦況に関係なく襲い掛かってくる【修羅属性】の代償。


 激痛、激痛、また激痛。

 ……だが、これでいい。



 ――ボスが俺にリソースを割けば割くほど、他が動きやすくなるのだから。




「――マスターが左側あっちを見てくれてる間に、右側こっちを!!」



 機能する脚が残り3本となった右側面。

 そちらに、アトリ達が展開していた。


 動きやすいよう、左側は何とかこちらで釘付けにする。

 リーユの回復フォローも手伝い、何とか【修羅属性】を維持。

 右側あちらのサポートを継続する。



「ZIAAAAAAA!――」



 血蜘蛛ブラッドスパイダーの右目3つが、まるで予期していたというようにギョロリと動く。

 そして右脚、前から2・3本目が迎撃に出た。

     


「私が、前をっ!――」


 

 ――そこへ久代さんが、まず蹴りで2本目を受ける。


 だが完全には相殺しきれず、久代さんだけがわずかに後方へ吹き飛んだ。


 

「グッ――妖精さんっ!」


≪ありがとう、トウコお姉さんっ! ――フォンっ、行っくよー!!≫


「GLISYAAAAAAAAAA!!」



 入れ替わるように、ファムを乗せたフォンが前へ。

 


≪――【フェアリーシールド】!!≫  



 未だ成体には至らずとも、しっかりとした迫力と存在感を有するグリフォン。 

 その体を守るように、虹色を帯びた半透明なエネルギーが覆った。

   


「GLIIIIIIIIIIIIIII――」



 わが身をかえりみない、とても力強い突進。

 だがファムの魔法が、帰り道を作ってくれるかのように、その攻撃を後押しする。



「ZIA――」



 迎撃用にと構えていたボスの脚にぶつかった。


 フォンたちも吹き飛ぶ。

 HP50を代替してくれるシールドが、一度の衝突で消えてなくなった。


 ――だが、これで血蜘蛛ボスの守りに風穴が開いたことになる。



「ありがとう――【紅閃スカーレット・フラッシュ】!」



 アトリの声が聞こえた次の瞬間。

 鮮やかな赤色が、チカっとまばゆく光った。



「ZIAAAAAAAAAAAAA!?――」



 ――そして気づいた時には、2本目・3本目の右脚が切り落とされていたのだった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「ZIAAAAA!?」 


  

 左脚は4本に対し、右側で未だ無事な物は後ろ脚の1本のみ。

 ボスは突如バランスを崩したというように、支えきれない右側へと体を傾ける。



「っ! ――【光刃ライトスラッシュ】!!」



 その隙を、ソルアは逃さない。

 魔力を練り上げて作った光の刃が、左側の後ろ脚を根元から切断した。


 残りは3:1!



「よしっ! このまま――」



 アトリが勢いそのままに、追い打ちをかけようとする。

 その時――



「――ZIZYAAAAAAAAAAAAAA!!」



 ボスは残った計4本の脚で、こちらも驚くほど器用にバランスを取って立ったのだ。

 そして次に出た行動で、更に驚愕させられる。



「ZIA――」      


「えっ? うわっ、自分の脚をちぎった!?」


「あっ! ソルアちゃん達が切った脚も集めちゃったよ!?」

 

 

 水間さんや来宮さんなど、虫があまり苦手でない女性でも。

 目の前で起きた光景はかなり衝撃だったらしい。

 

 一番最初、俺が機能不全へと追いやった脚を自分自身で噛みちぎり。

 その脚含め、計4本分をかき集め、俺達から距離を取った。



 ――そして全部を一気に、口元へと持っていこうとしたのだ。



「あっ、ヤバっ――」



“7階には兵蜘蛛アーミースパイダーがいない”と、どこかで油断していたと思う。

 その考えは“ボスに手下たちの加勢はない”という点では正しかった。


 

 ――だが“回復手段はない”という点では、大きな間違いだったのだ。



 1~6階で兵蜘蛛を食べる様子を、嫌というほど見せられていたこともある。


 また“タコは空腹になると自らの足を食う”らしい。

 8本という共通性、更には“赤”という色がその連想を容易にさせた。



「っ!!――【加速アクセル】っ!!」



 そこまでを頭でなく、本能で理解した瞬間。



 ――2枚目の切り札、【時間魔法】を発動していた。



 裏を返せば、ボスは回復しないとダメな状況にまで追い込まれている。

 ここを乗り越えれば、勝利は目前なのだ。

 

 一方で、再び全回復などされては、こちらの戦意は一気に落ちてしまう。


  

「いぎっ!?――」 



 世界を縛り付ける時間のかせから、自分だけが一時的に解き放たれた。

 それを実感した直後、【修羅属性】の副作用が猛威を振るう。    

 

 全身をさいなむ激しい痛み。

 それが、まるで死へのカウントダウンも早まってしまったかのように、一段と強まってしまう。



 切り札二つの重ね掛け。

 それは圧倒的・超越的な力を得る代償に、文字通り命を削るような選択になるらしい。



「っ!!」


 

 ――だがもちろん、ここで止めるなんて選択肢はない。



「っ!!」



 最初に【操作魔法】で、奴から回復手段を奪う。

 切断された4本の脚を操り、出来るだけ距離を取った。



「らぁぁぁ!!――」



 そして【修羅属性】で倍となった【敏捷値】、そこに【加速】が合わさり。

 物の一瞬でボスの真ん前へと移動。

 

 残り半分となった脚と比べ、7つの目は未だ健在なものの。

 それは、あまりにスローな動きだった。


“俺”という“死をもたらす存在”が迫っていることには気づいているらしいが、それが全く目で追えていない。 

 7つある赤目はそのどれもが全部、別々の方を向いている。

 


「――行けぇぇぇ!!」   



 切り落とされた脚を食して復活するため、大きく開かれた口。

【操作魔法】によってその脚が移動させられたことにも、未だ反応できていない。


 その大口へ目掛け、絶対に外さない距離から“筋トレ棒”を投げ込んだ。



「ZI――」



 本能的に危機を察したのか、流石にこれには急いで口を閉じようとする。

 だが俺から見れば、ボスのそれはあまりにゆっくりで、あまりにのんびりとしていて。

  

 投げ入れられた筋トレ棒が、完全に体内へと突き進んでからの閉口となっていた。

 


 時すでに遅し、とは正にこのことで。



「――ZIAAAAAAAAAAAAAA!?」



 やはり体内はどの生物も比較的柔らかくできているらしい。

 先が尖ってない筋トレ棒でも、ボスの内側を突き破って、外へと生還することが出来た。



 そして回復手段たる千切られた脚は、既にすぐには届かない場所へと運ばれている。



「……終わりだな」 

    

 

 それはつまり。



「ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――」



<“ボス 狂乱のブラッドスパイダー”を討伐しました> 


<おめでとうございます! “真ワールドクエスト”をクリアしました!>

      


 俺達の勝利を意味していた。

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