第102話 6階で、良い雰囲気、そして7つ目が赤に染まる時


「よいしょっ! らっ、せいっ!」



 最終7階の手前となるレストラン街の6階。

 人の死臭やコーヒー豆、油などが混ざったなんとも言えない臭いに包まれながら。


 残り1本だった【魔力ポーション】を惜しまず使い、再び筋トレバーでの火力役を買って出る。



「おらっ、よっと! ふんっ、らぁっ!」

 


 無手だが、まるで包丁や剣を扱っている時のように腕も一緒に振るう。


 だが切り上げ動作の時、棒は真反対から叩き下ろす。

 逆に腕を右斜めから下へと切り下ろす場合、筋トレ棒は左下から叩き上げるよう操った。


 要は、腕の動作は完全に偽情報フェイクだ。

 


「ZI,ZI,ZIAAA――」

  


 それに引っかかってくれているのか、血蜘蛛ブラッドスパイダーの対応は完全に後手後手に回っている。

 攻撃に使うべき脚すらも、20㎏ある棒から身を防ぐ盾にせざるを得ず。


 それが功を奏して、タンク役に回ってくれているソルアや水間さん達の負担を、グッと軽くすることができていた。



「攻撃はっ、最大の防御ってのは、このことかっ!! ――ファムっ! 【付与魔法】をっ!!」

 

 

 ここが攻め時だと判断。

 更なる火力アップのため、ファムの魔法使用を解禁することに。



[魔導人形ファム 追加機能の候補一覧]

 

①視覚共有……10MP 取得済み○


②聴覚共有……10MP 取得済み○


③付与魔法……30MP 取得済み〇


④MP上昇 ……10MP 取得済み○+⑨


⑤回復魔法……30MP 取得済み○


異空間室ディメンションスペース……100MP


⑦フェアリーシールド ……50MP 取得済み○


⑧筋力・魔力上昇 ……10MP 取得済み○+⑨


⑨取得済み機能 1段階レベルアップ……各取得済み機能の性質に依存


⑩自敵ダメージ倍化 ……100MP ※【修羅属性】より要素獲得(New!)

 


≪了解だよ! ぬんぬんぬん……とうっ!――【魔力付加マジックプラス】!!≫ 



 濃い緑色の光に包まれ、自身の魔力が強化されたのを実感する。

 任意の能力値の一つに強化バフをかけてもらえるものだ。


 ファムはその動力源がMPそのものなので、魔法使用は可能な限り控えてもらっていた。

 今回のように回避タンクでなく、火力役を担うからこそできる大胆策である。



「うおっ、ヤバっ! お兄さん、凄まじい猛攻!」


「ですね! ……ただおかげでカナデ様にも、私にも、ボスの意識が全く向いてくれませんがっ!」



 すいませんね、水間さんも、ソルアさんも……。

 せっかく俺の代わりにタンク役引き受けてくれるってのに。



「はっ! 悪いな、血蜘蛛コイツ、ずっと俺に夢中で! モテる男は辛いぜっ!」



“ウケるんですけど~誰がモテるって?”というツッコみ待ちだったが、見事にスルー。


 ……まあ良いんですけどね。

 ツッコむまでもない公然の事実ってことっすわ。


 ただボスのヘイトを意図せず一人に集めることが出来ているのは、俺達にとっては嬉しい誤算だった。

 血蜘蛛ブラッドスパイダーは防戦一方で、他に気を回す余裕が今は無いように見える。 


 

「はっ、せっ、おりゃっ!!」


「ZIAA! ZI,ZI,ZIAAAAAAA!!」


 

 縦横無尽に振り回される、重量も備えた筋トレ棒。


 ファムからもらった強化のおかげで更に速度が増し、それによって威力も上がった。 

 そして耐久性ある丈夫な素材のため、ボスの太い脚と殴りあっても壊れずにいてくれる。

          

 それが一時的ではあるものの。

 攻撃し続けることによる足止め、時間稼ぎを可能にしてくれていた。



「カナデ様っ、臨機応変に! 今が畳みかける好機です!!」


「はい! お兄さんの犠牲を、無駄にはしませんよっ! ――どりゃぁぁ!!」



 状況を見て、自分たちが引き付け役をする必要がないと即座に判断。

 ソルアも、攻撃手段が盾のみな水間さんも、隙を見て総攻撃に加わる。


 ……いや、あの、別にまだ死んでませんけど。



「私、ちゃんと主さんのこと、ずっと見てるです、から!」 


 

 うん。

 リーユが常に状況を把握して、必要なら回復魔法を届けてくれる。

 だからこそ、こちらも安心して前線で戦っていられるのだ。


 ……水間さん、なので勝手に人を戦死させないようにね。



「らぁっ、うらっ、せぃあ!!」

 


 とはいえ、この戦闘スタイルは正に諸刃の剣だ。

【魔力ポーション】やファムのバフで底上げしているからこそできる芸当でもある。


 いつこのバランスが崩れ、攻守が逆転してもおかしくないのだ。 

 攻撃型タンクという新たな形の可能性を見出すことができたが、まだまだ害悪肉盾ゾンビ型が主流だろう。



「よしっ、こっちも余裕できた! ――アトリさん、来宮さん、私達も!」


「OK! 加勢するわっ!」


「はい! 今行きますっ!」


 

 無数の兵蜘蛛アーミースパイダーを処理してくれていた3人が、ボスへの攻撃に加わってくれる。


 直前の5階で奮闘してくれたアトリへ配慮して、取り巻きの数を減らす役に回ってもらったが。

 どうやらそれをサポートしてくれた久代さん・来宮さんも含めて、随分と頑張ってくれたようだ。



「ZIA,ZIA,ZIAAAAAA!?――」  

     


 一定時間とはいえ、ボス一体を俺一人で釘付けに出来ていたのだ。

 そこに残り全員が加わり集中砲火を始めれば、決着がつくのは時間の問題だった。



「ZIAAAAAAAAAAAAAAAA――」



 血蜘蛛ブラッドスパイダーは絶叫し。

 未だ生存している配下アーミースパイダーを食し始める。



「ZIAAA!?――」



 そして右列の一番下にある眼。

 そこから血を噴出させ、“第2形態”への変身を強制的に停止。


 最終7階へと逃走していったのだった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「ふぅ~……とうとう7階まで来ましたね」 


 

 来宮さんのそれは疲労感を滲ませつつも、喜びが強く勝るというような言い方だった。

 


「……そうね。朝からのことを考えると、本当に激動の1日と言ってもいいわ」


 

 久代さんもそれに同意している。

 ……まあそれもそうか。

 

 3日目、朝の段階ではまだ【ワールドクエスト】に挑むなんてことはおろか。

 俺達はそもそも、行動を共にしてすらいなかったんだから。


 来宮さん、それに久代さんは更に100均で。

 大学生・高校生男子コンビに狙われるという貞操の危機もあった。


 そこまで考えたら。

 さかのぼって今の状況を過去の自分たちに伝えても、信じてもらえないレベルなんだろう。



「……とはいえ、油断は禁物ですよ皆さん?」


 

 水間さんは今回、茶化す側ではなく、皆の気を引き締める側に回ってくれたらしい。 



「4階の100均で炭酸水も補充できました。今までもほぼ完勝してきてます。……ですが大体ゲームのボス戦って、やっぱり最後、何かあるものですから」



 水間さんの言葉は同時に、自分自身にも何か見落としはないかと確かめるため。

 あえて考えを口に出して整理しているようでもあった。


 

「ですね。制限時間の関係もあり、ここまで駆け足できました。……最後は慎重すぎて困ることはないかと」


 

 ソルアの言葉ももっともだった。

 


「……うん、そうだね。――ゴメン、奏ちゃん、ソルアちゃん。ちゃんと気を付けるね」


「……私も。無意識に“ラスト1つ”ってことでどこか気が抜けてたかも。二人ともありがとう」 



 来宮さんも久代さんも真面目だなぁ。

 別に二人が油断してるなんて、水間さんたちも思ってないだろう。


 まあ普段は逆のことも多いから。

 ちゃんとバランスが取れてるってことで良いのかな、うん。



「――今のところ、まだファムから“血蜘蛛ブラッドスパイダーの姿を見つけた”って報告はないな」    



 7階に上がってしばらく。

 ボスの姿はおろか、兵蜘蛛アーミースパイダー一匹さえ見当たらない。



 ファムを通して得られる視界情報。

 今は7階でおよそ1/4のスペースを占める、本屋を偵察していた。


 例に漏れず、モンスターによって荒らされた跡はあるが、ボスがいる気配はない。



「うーん……あの本屋にいないとなると。イベントホール……いえ、映画館が本命でしょうね」



 それを伝えると、来宮さんが居場所を推測してくれる。

 どちらも本屋と同じく、かなりスペースは広い。


 だが地元民で、この7階についても利用頻度が高い来宮さん的には、映画館がボスの間ではないかとのこと。


 

「“エイガカン”? ……あの、あるじさん」 

     


 可愛らしい発音の後、怯えるような表情でリーユが見上げてくる。

 当然の知識を知らないのかと怒られ呆れられるのを恐れているような、そんな様子に見えた。



「大丈夫だ、リーユ。知らなくても別に問題ない」


「フフッ。そうそう、リーユちゃん、“映画館えいがかん”ね。どうせこんな状況になって“大スクリーンでの映像”なんて見られないんだから、“とっても広い場所”とでも思っておけばいいよ」



「あっ――は、はい!」



 俺と水間さんのフォローが効いたのか。

 リーユは嬉しそうに目を細めて頷く。


 ……仕草が一々可愛いなぁ、チクショウ。



「……“映画館えいがかん”、うん。大丈夫です!」


「そっか、“映画館えいがかん”ね、映画館……よし」



 ……そして同じ異世界組なソルアさんとアトリさん。

 こっそり自分たちも“映画館”のイントネーションをチェックしないの。


 このショッピングモールを通じて。

 常に頼もしい姿を見せてくれていた、3人のこうした一面は。


 

「フフッ。ソルアちゃん、可愛い!」


「アトリさんも、クスッ、そういう側面もあるのね?」

 

 

 緊張した皆の空気を、適度に和らげてくれた。


 ……うん。

 良い感じだと思う。


 

 気を抜きすぎてもいなくて。

 かといって力が入りすぎてるわけでもない。



「――よし。じゃあ改めて。最後、一戦、頑張ろう!」



 最後のボス戦に向けて、良い雰囲気で臨める気がしたのだった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



 ファムから報告された、ボスの居場所。 

 やはり推測通り、映画館が決戦の場だった。



「……えっ?」



 チケット売り場。

 そこで。

 血蜘蛛ブラッドスパイダーはたった一体で、俺達を待ち構えていた。


 

 ――そして。7つある眼の内、赤くなった6つから血を流していたのだ。



「あっ――」


 

 流れる血は、どの眼から出ても、関係なく中央へと集まっていく。

 最後、残った一つの黒目へと、である。

 

 ガラス窓、外から差し込む夕日のせいだけではなく。

 真ん中にある黒い眼球はその時。



 ――血の色のごとく、真っ赤に染まったように見えた。



「――ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」



<新たなメールを受信しました。新着メール:1件>


 

 ボスの、今までの比ではない程の大きな叫び声と同時に。

 場違いな音を鳴らして届いた、運営からのメッセージ。



=====


22 差出人:【異世界ゲーム】運営       



件名:“真”ワールドクエスト挑戦チャレンジのお知らせ



 TOKI 様

 CLEAR CASTLE 様

 Spring Nuts 様

 SOMA 様 

 

 

 ただいま皆様が“真ワールドクエスト”へと挑戦なさる条件を満たされたことを確認いたしました。


 クリア条件は変わらず“ボス 血蜘蛛ブラッドスパイダーの討伐”です。

 一方で、通常クエストよりも難度は高くなっております。

 

 その分クリア報酬も、通常難易度では得られない特別なものをご用意しております。

 また、失敗時にペナルティーが増加するということもございません。

 

 ぜひ気を楽にして、条件を満たした特別な者のみが体験できる機会をご満喫ください。

 


●真ワールドクエスト“覚醒したボスモンスターを討伐しよう!”


■クエスト詳細:

 TOKI ……地域L 


 クリア条件:ボス“狂乱のブラッドスパイダー”を討伐

 失敗条件:3日目終了時点でクリア条件を未達 



■参加条件:

 ①パーティーランク:G+以上 

 ②7階到達までに、ブラッドスパイダーの眼球6つを血濡れ状態にすること 



■報酬:

 達成パーティー

①3000Isekai

②【マナスポット】

③特別ボーナス



■失敗時

①当該地域のボスモンスター1ランク強化

②当該地域のモンスター数が倍  

 

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