第67話 答えは出た、ごめんね疑り深くて、そして付き合いますよ



『このままじゃ、今でさえ生きるのに希望を抱けない人たちを。更に絶望の淵に落とすことになる。……2倍の数のモンスターなんて君も望まないだろう、TOKI?』



 建屋たてやは身振り手振りも混ぜ、必死に協力を訴えかけてきた。

 彼のいる地域も“L”なので、想定しているボスは俺たちと同じあの“蜘蛛”らしい。



「…………」


『【パーティー】で3組、俺も入れて合計11人揃えた! 全員スキルかジョブ、あるいは【施設】で買った装備を持ってる。必ず戦力になるはずだ!』


 

 通信が始まって以来、俺がずっと無言を貫いているのに焦ったのか。

 いかに自分たちと共闘することが有益か、建屋は語り続ける。



「…………」


「…………」



 ソルアとアトリも沈黙して様子を見守っている。

 ただ相手の一方的な語りに、あまり良い顔はしていなかった。



『――俺は、皆で協力して、この難局を乗り越えたい。TOKI、君が力を貸してくれれば、それ以上に心強いことはない。どうだろう、一緒に戦ってくれないか? 皆のために、力を貸してはくれないか?』



 そこまで来て、ようやく建屋は一度口を閉じた。 

 しゃべるべきこと、伝えるべきことはすべて言葉にしたというように。

 

 後は相手の反応、つまりは俺のリアクション待ちというわけで――




 ――えっ? 今の話に、俺が協力しないといけない理由って、あった?




 あるいは『俺が全く認識したこともない“皆”という相手のために、命を懸けてもいいと思える理由』と言い換えてもいい。



 ……そんなものは無かった。



「…………」



“私は、滝深君に任せる”



 久代さんが、またスマホのメモ帳機能を使って意見を伝えてくれる。



「…………」 


「…………」



“私も、滝深さんの判断についていきます!”


 

 来宮さんも真似て、自分のスマホで思いを教えてくれた。

 水間さんはそれに同意するように、力強くコクコクと頷いている。



 ――そうだ。協力するということは俺だけじゃなく。結局は彼女たちの命も、同時に危険にさらすことになるのだ。

  

 


「……!」


「んっ!」



 そして、ソルアとアトリ。

 二人からは、その表情や仕草だけで思いが伝わって来た。


 俺の判断、行動、そのすべてを信頼し、ついて来てくれる。


 

 ――だからこそ、だ。



 そんな彼女たちの命をも天秤てんびんに乗せるに足る、納得できるような具体的理由・メリットもなしに、協力関係など築けるはずがないのだ。



 初日、あのオッサンや部下との一件でも学んだことが、ちゃんと生きている。

 綺麗に飾られた言葉や、何となくのその場の流れ・空気に惑わされてはいけない。



 クエスト自体はそもそも、今から自発的に攻略しようと思っていた。


 だが、そこの理由が自分たちで決めたからなのか。

 それとも見ず知らずの、しかも自分たちは安全圏にいて命を懸けずにいる奴らのためなのか。


 そこには、天と地ほどの差があると思う。

 

 

 透明な、混じりっけのない純粋な意思の水。

 そこに不純物・異物が混じってしまうような感覚。

 

 ……ダメだな。

 

 

「…………」



 首を振ることで、皆に俺の意思を告げる。

 答えは否だ。

   

 

 全員がしっかりと頷き返してくれる。

 

 これで決まりだ。

 俺は声にして、相手へと反応を返した。



「――話は聞いたが、無理して協力する必要性を感じなかった」


『っ!?』



 俺が、というか“TOKI”が初めて声を出したからか。

 それとも否定的なニュアンスの言葉が返って来たからか。


 画面向こうの建屋は、明らかに動揺したような様子に。



『まっ、待ってくれ! 一緒に倒しに向かった方が、成功率は絶対に上がるはずだ! 頭数は少しでも多い方がいいに決まっている!』 



“一緒に向かった方が、俺たちの生存率が絶対に上がるはずだ! 俺たちが生き残るために、頭数は少しでも多い方がいいに決まっている!”



 捻くれているからか。

 今の言葉が、勝手にそういう風に変換されて聞こえてしまった。



「……だから、協力“しなければならない”理由はなんだ?」


『えっ? だっ、だから――』 

 


 最後通告のつもりで、相手の言葉を遮り。

 そして、もう一度だけ繰り返した。



「――協力“しなければならない”理由は?」


『そ、それは……』



 建屋が、そこから先が出ないというように言葉に詰まった。



「……答えは出たようだ」



 そう。

 そんな必然性はない。


 ただ自分たちが生きる可能性を少しでも上げたいために、何となく役に立ちそうな“TOKI”を利用したい。

 その本音を悟らせないために、綺麗事というおしゃれで建前を飾っていただけなのだ。



『たっ、頼むっ! せめて君の居場所だけでも! 俺たちは今、大学近くに――』


<通話を終了しますか?>    



 これ以上話し合いを継続する必要性を感じず。

 システムの問いかけに肯定する形で、協力の申し出を完全に断ったのだった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「ふぅぅ……」


 

 目の前から画面が完全に消え去って、ようやく緊張感ある雰囲気から解放される。

 周りで見守っていた皆も同じように、肩の力を抜いたのがわかった。

 


「お疲れさまでした、ご主人様……」



 ソルアが真っ先に近づいて、ねぎらってくれる。


 ありがとう。

 そのすべてを包み込んでくれるような笑顔だけで、本当癒されます……。 



「マスター、お疲れ様。……その、なんか、いつもとは違う感じで、うん。キリっとした感じも? 良いんじゃないかしら?」



 何故に疑問形?

 それは暗に“普段はだらしないパグみたいな顔しやがって……!”的なことを言ってるんですか? 


 ……いや、流石にそれは疑心暗鬼すぎか。

 さっきまでのやり取りのせいで、疑りセンサーが過敏になっちゃってるな。



「あっ、それ、私も思いました! ……滝深さんの優しい感じの印象とギャップがあって。こう、何て言うか、真剣な表情の男性ってちょっと、カッコいいなって」



 ……本当?


 あっ、ごめんね、来宮さん。


 今俺、何言われても疑ってかかるスイッチ入っちゃってるから。

 俺にとってプラスな内容だと余計に、ねぇ。 


 特に女の子にカッコいいとか、言われたこと一度もないから……ぐすん。 



「――それにしても、相手さんのあれ、凄かったですね。お兄さんを何が何でも協力させたいって思惑がありありと出てましたよ」



 もうしゃべっていい雰囲気になったからか。

 水間さんはげんなりした様に先程の場面を振り返る。


 

「だねぇ~。肉盾害悪ゾンビはむしろ望むところなんだけど。でも知らない人のために命張れってのはちょっとねぇ~」


「“滝深さんの肉盾”……」

  


 水間さんとの気楽なやり取りのはずが。

 何故か来宮さんが、特定のワードを切り取って一人呟いていた。 



「あっ! 遥さん、今エッチなこと想像しましたね!? ねぇねぇ、どんなこと? どんなこと想像したの? お兄さんのエッチな姿でも妄想した?」



 水間さん、凄いな。

 ウザキャラも行けんのか……。


 まあ場の空気をリセットするために、あえてやってるんだろうけどねぇ。



「ち、違っ! ――滝深さん、違いますから! 全然、私、何も想像なんてしてませんから!」



 ……ま、まあ? 

 俺、成人だし?


 全く、ええ、全然気にしませんけど?



 ――クッ、なぜ俺に【読心術テレパス】がないのか!!



 そうして通信のために微妙になった空気を、それぞれが元に戻そうと工夫を凝らしていた。



 ――そんな中だった。久代さんからも声をかけられたのは。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「ありがとう、滝深君。断ってくれて」


 

 ……まさか、開口一番にお礼を言われるとは。


 

「ありがとう? ……久代さん的にはどっちでも良かったんじゃ?」



 話し合いの途中に見せてくれた、メモ帳の画面。

 それには“俺に任せる”という趣旨のことが書かれていたはず。



「ええ。滝深君が判断したことならどっちでも大丈夫だった。……でも心情的には、断ってくれてスッキリしたかな」



 久代さんは、消えてしまったスクリーン画面があった場所を睨みつける。

 そして少しだけ嫌そうに口にした。



「……建屋君が意識してたかどうかはわからない。でも言葉の節々に、あわよくば滝深君、“TOKI”を利用したいってニュアンスが感じられた」



 あぁ、まあそうだね。

 一歩引いて客観的に見てたから、久代さんには余計そう見えたのかもしれない。



「戦える人が自分たちには10人以上いる、とかもそうじゃない? 自分たちの戦力を暗に示して、話し合いを優位に進めたいって思惑も透けて見えた気がして……」



 久代さんはそれをとても残念そうに、そして凄く悲しそうに口にした。

 

 ……そりゃそうか。



 つい今朝に、百均でも似たようなことがあったばかりなのだ。


 知り合いの大学生の男、確か植草だったか植野だったかが、その本性を現しかけ。

 何かが違っていれば、自分はそのおぞましい行為にさらされていたかもしれない。



 今回も内容は違えど、ゼミが同じで同期の知り合いがその主体だ。

 この極限のサバイバル状況で出てしまった、その人間性を目の前で見てしまった。


 ……うん、強いショックを受けしまっても仕方ないだろう。

 

  

「――でも、滝深君が毅然きぜんと対応してくれたから。私たち皆のことも、ちゃんと考えてくれたんだって……その、カッコよかった」



 ――だが久代さんは、それをすぐに覆い隠してしまう。



 学校中の誰もが知り、全男子が近づきたいと思うような存在。         

 その久代さんに、異性としてカッコいいと言われた。


 

 ……でもそれを、今回に限っては疑うのが正解だと思う。



 真正面から受け止めて浮かれず、冷静に考えることができる自分がいてくれた。

 そっちの方が、むしろ嬉しかった。



「――意外だ。久代さんも誰かをカッコいいとか、カッコ悪いとか感じるんだ」



 ただし、久代さんが弱い部分を見せたくないというのなら。

 俺も無理にそれを白日の下にさらすようなことはしない。


 自分にとって口にするのが恥ずかしいことをあえて口にして、久代さんは本音を隠した。

 だったら俺も、それに付き合おう。 



「あ゛んっ? ……滝深君は一体、私のことを何だと思ってるのか」



 ドスの効いたような低い声。

 ……うん、これぞ久代さんだ。



「えっ……いや、久代さんと言ったら“筋力”の能力値が真っ先に思い浮かんで……。だから久代さんって、筋肉があるかどうかで人を判断してそうな人だなだって」


「……その絶賛成長が著しい“筋力”で絞め殺されたいお客様は、一名様ですね? ただいま天国へとご案内しますので一瞬だけお時間をください」



 俺の顔面に女性の柔らかな指先が5本、ミシミシっと食い込んだ代わりに。

 久代さんはもう、前だけを向いていた。


 失ってしまった“何か”がもう二度と戻ってこないと確信し、影が差したような表情はもうどこにもなく。 

 

 ……これなら、大丈夫そうかな。

 


 ――あっ、いや、もう気持ちの切り替えできたんですよね?



 ならもうその指、離していただいて――って痛い痛い痛い痛いちょっぴり手のいい匂いぃぃ! 



「俺の顔が大丈夫じゃなくなるから!」

 

「……バカッ」

 

 えっ、久代さん!?

“馬鹿野郎、死ぬまで放すわけないじゃないか”ってこと!?

 

 ボスを倒す前に、景気づけに【パーティー】のリーダーでも倒しちゃうつもりですか!?

 それとも怪力自慢が握力だけでリンゴ潰すみたいに、人の頭もグチュっとやれるのか俺でお試ししちゃうの!? 


 

 ぎゃあああああ!!

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