第16話 囮、一列ずつ、そして【村人】が輝くとき


 占領された【施設】……。


 見張りのモンスター1体ってことはないだろう。 

 つまり、あのドラッグストア内にも複数体いると考えた方がいい。



「……よし。先ずはあの見張りから潰そう」 



 ソルアと位置を替わり、姿を確認。

 滅茶苦茶にされた自動ドアの前、眠そうにあくびしているゴブリンがいた。


 

 ……うわっ、服着てやがる。

 しかも異世界風の衣服ではなく、ちゃんとした地球の量産品Tシャツだ。


 さては、死体から奪ったな……。



「なんて奴らだ。クソッ。おびき出して……っと」   

 


【操作魔法】を発動する。

 今回は現場にある瓦礫やガラス片ではなく、別の物を操作。



 ――よし、行ってこい【村人】。



 白色の結晶がフワフワと浮遊して何もない空間を飛んでいく。


 そう。

 ガチャでゲットしたは良いが、使われずじまいだったあのジョブ【村人】さんである。

“ジョブとしての機能”は使えないから、具現化させていない段階の“結晶としての性質”を利用するのだ。


 効果範囲のギリギリ、ゴブリンからは7mほどの地点で静止。

 


「よいしょっと――」 



 ちゃんと想像通りに動かせていることを確認したあと、結晶をあえて落下させた。

 地面にぶつかり、コツンッと乾いた音を立てる。



「……GOB?」



 ゴブリンが重たそうな瞼を開け、結晶の存在に気づいた。

 そして腰を上げ、ノロノロとした緩慢な動きで結晶に近づいてくる。


 しゃがみ、手を伸ばした。

  


「…………」



 それを見て、結晶を転がるように操作。

 触れられそうになる度コロコロと結晶を動かし、ゴブリンと絶妙な距離を維持する。



 いいぞ、【村人】!

 お前が輝ける場所はここにあったんだ!



「GOB? GOB,GOOOG!」


 

 そして苛立って周りが見えなくなったゴブリンが、俺たちの隠れる車の傍まで来てしまう。

 フッ、飛んで火にいる夏の虫とは正にこのことよ。

 


「――おりゃっ!」 



 無防備な背を見せたゴブリンに、包丁を一振り。

 首を綺麗に切り付け、その一撃で見張りゴブリンは沈んだのだった。



<ゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>


 

「ふぅぅ……」



 1体倒したが、未だ【施設】が利用できるようになったという報告はない。

 アパートの時とは違って、やっぱりまだ中にもモンスターがいるんだろう。

 


「わぁ~! ご主人様、お見事でした」

 


 ソルアが豊かな胸の前で手を何度も叩いて、今の一連の狩りを賞賛してくれた。

 未だ見張りを倒すことができただけだが、幸先が良いのは確かだから悪い気はしない。


 それがソルアみたいなこの上ないくらいの美少女で、しかも自分を慕ってくれている相手からだったらなおさらだ。



「…………」



 ゴブリンが粒子化していなくなった後を見る。

 そこには地球産のTシャツだけが、脱ぎ捨てられてしまったかのように残っていた。

 

 

『明日から本気出す』


 

 そんな言葉がプリントされたTシャツを見て、何ともいえない感情が湧いてくる。

 ……いや、お前の明日もうないけどな。


 英語わからずに、何となくデザインがカッコいいから着てる日本人かよ。



「――さっ、改めて行こうか」


「はい!」



 入口を塞いでいた見張りを倒し、俺たちはドラッグストア内へと入っていった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「…………」



【索敵】を使用。

 入口から少なくとも5m範囲内には、敵の存在なし。


 良し。


 ソルアに合図して中に進む。



 買い物かごやカートは、特に荒らされた形跡はなかった。


 ……あっ、ガスボンベがある。

 そうか、ガスボンベと、後カセットコンロがあれば火が使えるな。


 帰り、これも持っていけないかな……。



「うわっ――」

 


 やはりそこかしこに、客だったのだろう人たちの死体が落ちていた。

 努めて意識しないようにし、先を進む。

 



 ――【索敵】に反応があった。



 店内、一列目のレーン。

 男性用の化粧品やシャンプーなどが陳列されている通路に、ゴブリンがいた。


 だが――

    


「…………」


「寝て、ますね」

     

 

 ピカピカに磨かれた床に、大の字になって眠りについている。

 その手には売り物だったのだろうワインの瓶が握られていた。


 ……よくよく見ると、床にもかなりワインが零れてる。

 汚いなぁ。



「サクッとやっちゃうか」


「はい」




<所有奴隷“ソルア”がゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>




 この世界に来てやりたい放題して。

 それでドラッグストアに来てもワイン飲んで、好きなように寝て。


 良いご身分だことで。

 

 だが寝ている間に、られたこともわからず死ぬのだから、自業自得も良い所だろう。



「…………」



 この【異世界ゲーム】がダウンロードされた瞬間、意識を刈り取られるようにして気を失った。

 外にいた人たちは、もしかしたら意識を失った状態でモンスター出現となってしまったかもしれない。


 つまり、殺されたことすらわからぬままに、人としての生を終えたかもしれないのだ。



 そう考えると、かたきをとったは違うが、少しでもやり返してやったという気持ちがなくはなかった。



 

「よし、次っ――」



 この店内をどう進んでいくか。

 それが今の戦闘である程度分かった。


 店の中は商品の種類やカテゴリーによって、陳列されるエリアが区切られている。 

 そして1レーン1レーン、あるいは一通路一通路が、商品の壁によって隔てられているのだ。



「……この列は、いないな」



 だから、一列ごとに移動し、少しずつ自陣を拡大していく方針をとった。



「……うわっ、また寝てるわ」



 縦に長く続く一つ一つの通路が、まるであてがわれた個別の部屋かのように。

 ゴブリンたちは集まることなく、1匹1匹が孤立して存在していた。



 こっちとしてはとてもありがたい。

 各個撃破、制圧していくのも楽だ。   

 


<所有奴隷“ソルア”がゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>


<ゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>


<ゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「……ここだけは、流石に複数体で固まってたか」



 最後、一番奥のレーンまで到達した。

 そこは食料品が並んで陳列されている通路。


 ゴブリンたちは、手に好きな食べ物を持ち、輪を作って食事に興じていた。

 まあ主にラップのみで包装されていた肉類だが。


 俺たちからも見える近くには、缶チューハイやペットボトルが未開封のまま沢山放り投げてある。

 しかし開けようと試みた傷跡も多数見えた。

 まるでタイムスリップしてきた原始人が石を打ち付けて割り、強引にこじ開けようとしたかのような。

 


「5体か……多いな」

 


 流石にこの数と一度に戦うのは避けたい。

 数的不利な状況でやりあうのはリスクがある。



「……いかがいたしましょう? 必要でしたら、私がおとりになりましょうか?」



 ソルアが冗談でもなんでもなく、本気でそう言っているのが伝わってきた。

 

 あの、雌に見境ないゴブリンに対して、ソルアを囮に?


 ……それは流石になしだろう。



「――大丈夫。それには及ばない」



 だって俺にはとても素敵な、新たな仲間がいるんだから。



 ――【村人】、キミにきめた!



「あっ、なるほど――」



 ソルアも納得の様子で、浮遊を始める白色の結晶を眺める。

 フワフワと宙を移動し、ゴブリンたちにその姿を見せつけた。



「GOB?」


「GOGYAAA?」


 

 酔っているのだろうか、【村人】の結晶をボーっと見つめるゴブリンたち。

 呂律ろれつの回らない感じで、何かを言い合っている。


 全員の視線が宙に固定され、首が上を向いていた。



 ……よしっ。



「ソルア、射ち漏らした奴の処理を頼む」


「はい」



 ソルアが武器を手に、飛び出す準備を済ませる。

 それを確認し、俺も攻撃のための弾丸を操り始めた。



 目を付けたのは、ゴブリンたちが開けることに成功したガラス瓶のお酒。

 日本酒やワインなどなど。

 

 それらが遊びにでも使われたのか、いくつかが割れたまま床に放置されている。    

 尖った先端は処理の方法を誤れば、確実に手先を切るだろう鋭利さがあった。



 ……あれを利用しない手はない。



「行くぞっ――」 



 タイミングを見計らい、一気に宙へと浮かす。

 同時に、【村人】の操作は打ち切った。


 少しでも並行操作の負荷を減らすためだ。



「GOB――」



 操作が解け、重力に従って【村人】が床に落下。

 ゴブリンたちの視線が釣られ、真下を向く。


 全員が、首を差し出すような体勢になっていた。


 

「っ!」



 そんなに首を狙われたいのなら、お望み通りに首を頂こう。

 割れたガラス瓶を発射。


 3体の首に次々と命中していく。



 よしっ――って、あっ!

 

 

 遠い奥の方から集中して狙ったため、近い方が逆に急所を外してしまう。

 流石に5体同時はキツいか――



「――やぁぁっ!!」



 そこに、ソルアが一瞬のうちに飛び込んでいった。

 


「GOGYA――」 


「GOBUGYA――」



 立ち上がり、振り返りかけたゴブリンたち2体を、ソルアが急襲。



「――【光刃ライトスラッシュ】!」 



 光り輝く剣の刃が、一瞬のうちにゴブリンたち2匹の首を跳ね飛ばしていた。



<ゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>


<ゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>

 

<ゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>


<所有奴隷“ソルア”がゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>


<所有奴隷“ソルア”がゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>



<【身体強化】レベルアップ! ――Lv.1→Lv.2になりました。 詳細:筋力+3→+7 敏捷+3→+7>


[ステータス]

●能力値

筋力:16→20

耐久:6(装備+5)

魔力:6

魔法耐久:3

器用:8

敏捷:8→12 


●スキル

【身体強化Lv.1】→【身体強化Lv.2】



915Isekai 



「ふぅぅ……」



 戦闘の終了を告げるメッセージやレベルアップの知らせで、緊張が一気に解けていく。

【身体強化】のレベルも上がったようだ。



「お疲れさまでした。上手くいきましたね!」



 嬉しそうにソルアが駆け寄ってくる。

 少し前のめり、前傾姿勢にも見えて思わず、主人に褒めて欲しくて頭を差し出す子犬を連想する。

  

 だがこの段階で違和感を抱いた。


 ……いや、ソルアについてじゃなくて。


 この子はずっと俺を勘違いさせる仕草してくるから、うん。

 それはいつも通り。


 そうじゃなく……。



 ――【施設】、解放されない?

  

  

 見える範囲のゴブリンは倒しきり、店内は制圧しきったと思ったのだが。

 しかし、アパートのコボルトの時みたいな知らせはまだ来ていない。



 つまり……まだ、どこかにいる?

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