第17話 バックヤード、一瞬の攻防、そして“光属性美少女の人っていつもそうですよね……!”



「いるとしたら……ここ以外なさそうだな」



 押して開くタイプのドアを前に、そう結論付ける。


“従業員専用 関係者以外の立入禁止”と書かれた紙が貼ってあった。

 そこは、普段は縁のない場所、バックヤードの出入口だ。



「全体をグルっと一回りしても、他の仲間は見当たりませんでしたからね」



 店内、商品が陳列されているエリアは、もう生き物の気配はなかった。

 仮にいたとしても、俺たちの存在に気づけるかどうか……。


 モンスターの死体が粒子化して消えてくれるというのは、意外にありがたい。


 宇宙を舞台にした大人気の人狼ゲームや、あるいはミステリの世界のように。

 死体が発見されて侵入者の存在が露見する、なんてことがないからだ。  



「……で、このトーテムはあれか? ボスの偉大さを象徴するあかし的な?」



 バックヤードの入口横。

 お勤め品という名の割引品が置いてある傍に、ドラッグストアにはまずないだろうと思えるトーテムが置いてあった。


 明らかに異質で、その場に不釣り合い。

 まるでこの先が、ここまでとは別の特別な場所であることを示すかのように。



 ……うわぁ。

 なんかボス戦前のセーブポイントみたいな感じだな。  



「――よしっ。行くか」



 だが現実は違う。

 セーブして、負けたらロードなんていうやり直しはきかない。


 特にこの【異世界ゲーム】の世界はそれが顕著だ。

 負けは死を意味する。


 ……絶対に生き残ってやる。



「…………」


 

 そーっと扉を押し開け、中へと入っていく。

 背中はソルアに預け、前にだけ集中する。



【索敵】の反応は今のところない。

 罠も特に仕掛けられてはいなかった。



「……まあそうか」



 ボスが住居として使うお部屋に、罠なんて仕掛けたりしないか。


 通路は当然のごとく電気がついておらず、朝でもほんのり薄暗さを感じた。

 案外横幅は広く、商品が詰まった段ボールがそこかしこに積まれている。



 ……へぇぇ。

 バックヤードってこんな感じなんだ。



 500mlのお茶が入った段ボールや、炭酸飲料・缶コーヒーの箱が積み重なった場所もある。

  

 カップ麺も沢山残ってた。

 円盤型の、濃いソースが美味しい焼きそば麺。

 お揚げが絶品で出汁だしも最高のうどんなどなど。


 ……そりゃ残ってるか。



「お湯を注いで5分待つ、なんて。モンスターにわかるわけないもんな……」 



 というか、そのお湯すら今じゃ手に入り辛いしね。

 だがこれで、食料の心配が一気に解消されたような気がした。


 心の荷が一つ降りホッとしたところで、ちょうど【索敵】に反応が。



 

「っ!」



 ソルアに合図で知らせる。


 この先、左に折れた所。 

 おそらく外へと通じる従業員用の出入口がある。

 その手前に、一つの生命体を感知した。


  

 ――あっ、ヤバい!


 

 物凄い強敵のオーラを読み取ったとか。

 実は物凄い数が隠れていた、というわけではない。


 だが本当に丁度、運悪く。

 その“ボス”もまた、こちらに向かおうと歩き出したところだった。



 折れ曲がり、その姿を俺たちの前に見せる。



「GOBUGYA――!?」



 細長くひょろっちい体つき。

 だが手に持つ杖は、普通のゴブリンとは一線を画す存在感があった。



 ――マジックゴブリンっ!



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「GOB,GOGYA!?」 



 こちらがこのタイミングで接敵したのが想定外だったように。

 相手も角を曲がったら見知らぬ相手がいたというのは、とても強い驚きだったようだ。


 思考が停止してしまったかのように、意味をなさない声を吐き出す。



「GOBO――!」



 だがそこは流石にボスだった。

 直ぐに我に返って、手に持つ杖をこちらへ向けようとする。


 マジックゴブリンの足元に、魔法陣が浮かんだ。



 ――ヤバいっ!



「っ!」


「やぁぁっ!」



 俺たちも負けじと動き出していた。

【索敵】で、事前に心の準備ができていたのが非常に大きい。



 そして危険を肌で感じた時には、既に俺も【時間魔法】を発動していた。



 ――【加速アクセル】!!     




 灰色の魔法陣。

 時計の長針と短針が狂ったようにグルグルと回転する。


 昨日、一度でも使っておいたからこそシミュレーションできていたことだった。

 危険と本能が悟った時、条件反射ででも使うべき切り札という位置づけ。


 それが今、功を奏したのだ。


 魔法が完全に発動しきると、途端に見える世界の景色が変わった。



「あっ――」



 昨日、ソルアが言っていたように。

 自分以外が全てスローモーションにでもなったかのように見えた。


 マジックゴブリンが杖を上げていく動作。

 足元に浮かんだ魔法陣が、その光をほんのわずかずつ強めていく過程。

 


「はぁぁっ!」



 そんな時間がとてもゆっくり流れていく中で、自分だけが思った通りに動けている感覚があった。


 時間の網に自分だけが絡めとられず、グングンとマジックゴブリンとの距離を詰めていく。


【身体強化】のレベルが上がったこともあって、足の速さが異次元にでも達したかのように錯覚してしまうほどだ。



「GOB――」

 


 マジックゴブリンの目が、俺の動きを全くとらえきれていない。

 その目線が筋違いな所に飛んでいることすらも、把握できてしまうほどの速さ。



 ほぼゼロ距離まで来た。

 がら空きの懐へ、包丁を一気に振り下ろす。



「りゃぁぁっ!」


 

 クリーンヒット。

 胸元から腹の下あたりまで、深く切り裂いた。



「GOBGYA――」



 後ろに倒れ始める。

 その瞬間と同時に、【加速アクセル】が切れたのを感じた。


 だがまだ、相手の魔法陣が残ったままだ。



「せぃあぁぁ!」



 ――そこに、ソルアが追い打ちをかけた。


 

 完全に腕を狙った一撃。

“ただの剣”によるただの突き。


 だがそれが細い手首を完全に貫き、杖ごと床に落とさせた。



 魔法陣が消失する。



<マジックゴブリンを討伐しました。150Isekaiを獲得しました> 


<レベルアップ! ――Lv.4→Lv.5になりました。 詳細:HP+2 筋力+1 器用+1 容量+1(ガチャ師 +1→+3)>



●能力値

Lv.4→Lv.5

HP:20/20→22/22

MP:11/34


筋力:20→21

耐久:6(装備+5)

魔力:6

魔法耐久:3

器用:8→9

敏捷:12 



容量キャパシティー28/31(③[●●●●●○]+④[○○○○○○]→33/43)

容量キャパシティー28/34(③[●●●●●○]+④[○○○○○○]→33/46)



現在保有Isekai:1065



<【施設 薬屋商店】が解放されました。これより【施設 薬屋商店】を利用することができます>


<新たなメールを受信しました。新着メール:1件>

   


 俺たちの完全勝利だった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「では、適当に見繕って戻ってきます」



 モンスターの脅威を全て取り払ったことで、ようやく店内の物資回収に乗り出すことができた。



「ああ。持って帰れる量に収めてくれ」



 食料以外はソルアに任せ、こちらは食べられそうなものを調べていく。



「うわっ、凄い臭い……ゴブリンの小便か?」



 アイスコーナーの冷凍ケース内。

 電気が使えなくなって、流石に中のアイスは全部が多分ダメになっている。


 だがそれだけではなく、良い感じにケース内は液体を貯められる容器としても使えて……。



 ……ここでトイレしやがったのか?


 はぁぁ。

 後で消○力とファブ○ーズ持ってこないと……。



「うーん……これもダメだな」



 チルドコーナー。

 ちくわや焼きそば麺が無残にも開けたまま食べられず、ゴミのように床に放り捨てられていた。



 クソッ、食べないんだったら開けるなよ。



「まあ無事な物も多いな。良かった……」



 調べると、ゴブリンたちにダメにされた食料品も結構あった。

 ただそれが、食料を持っていくことを理由づける一つにもなってくれる。


 結局は日が経つと、食べられなくなって無駄にしてしまうし。

 放っておいてモンスターに再占領されても、食べられなくなる。

  

 モンスターに遊ばれたり食われたりするくらいなら、生存者が生き残るために持っていく方が有意義といえるだろう。



 ……ごめんなさい、食べないと生きていけないんで。



「とはいえ、持っていける量だけだし……」



 リュックの中に入るだけ。

 空間魔法やアイテムボックスなんて使えないから、全部なんて土台無理。

 

 だから後々、もしかしたらここに来るかもしれない生存者のために、後は残しておくことになる。

 それもまた、罪悪感を和らげてくれた。


 他の人たちがここを利用できるようモンスターを掃除しておいたんだから、そのくらいの現物報酬があってもいいはず。



「あっ、そうだ! プロテインとか青汁粉末もあるはず……」



 食料品と聞いて思い浮かぶ典型的な物ばかりに気を取られていた。

 だが健康食品やサプリメントコーナーも確かあったと思う。


 それらでも栄養はちゃんととれるはずだ。



「えーっと確かこっちに……」


「――あっ、ご主人様。丁度良かった」



 俺が向かったエリア近くで、偶然ソルアと合流できた。

 ソルアは衛生品のコーナーで何やら難しそうに悩んでいた様子。



「どうした、何かあったのか?」

     

「いえ……。その、包帯やガーゼなどはおそらく応急処置に使えるものなのですよね? それは何となくわかったのですが」



 そう告げるソルアの手元には、ケガの手当てに使えるような物が幾つもあった。


 あっ、そうか。

 ソルアはケガとか治療面のことを気にしてくれてたのか。


 薬草やポーション、それに施設の【宿屋】など。

 ファンタジーな力でHPは回復できると分かった。


 だがそれがないときはやはり、現実的な物を使っての手当てが必要になってくる。


 そう思うと、ソルアがそんなところにまで気を回してくれていたと分かってとても嬉しくなった。



「? じゃあ、何が問題なんだ?」


「これらは……何に使う物なのでしょう?」 

   


 ソルアが純粋な眼差しで示した物を見て、俺は言葉を失った。




『“男性用ローション”税抜き1148円 ――ヌルヌルが癖になる!』


『“0.02ミリゴム”税抜き1696円 ――人生が変わる感覚を、今体験せよ!』



 ――ぎゃぁぁぁ! 

  

 

「――あの、ご主人様? これは、何の治療に使う物なんでしょうか?」


 

 っ…!!


 光属性美少女の人っていつもそうですよね……! 

 俺が困ったり勘違いしそうになることばっかり言って。

 童貞の陰キャボッチのことを何だと思ってるんですか!!



「えーっと……」



 だがもちろんそんなことを、そしてその用途を口に出して言えるわけもなく。

 マジックゴブリンを倒した時と同等かそれ以上に、ソルアを何とか誤魔化すのにヒヤヒヤしまくったのだった。

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