第13話 逃走、シャワー、そして2日目の始まり


「あっ、えっ、あぁ……」


「うわっ、ど、どう、何?」



 二人は民家と俺の傷跡を交互に見て固まった。

 そして思考が完全に停止してしまったかのようなうわ言をつぶやく。


 追加で、一気に複数のガラス片を宙へ浮かせた。

 ……まあ流石にこの数だと浮遊させるのが精一杯だけど。



「あっ――っ、おいっ!」


「えっ!? あっ、はい!」



 そしてここは年の功か、先に我に返ったオッサンが部下を怒鳴るようにして呼ぶ。

 一瞬のアイコンタクト。


 その後、傷ついた俺とそれに寄り添うソルアを、ほんの僅かな間だけ横目で見ていた。

 ガラス片の攻撃が俺にだけ集中している事実を、どう捉えるか――

 

  

 ――あっ、見捨てるって決意した目だ。 



「っ! 悪く思うなよ!」


「こ、こんな世界なんだから、し、仕方ないんだっ――」 

 


 正にそれっぽい捨てゼリフを吐き、二人は物凄い速さで駆けだした。


 ……うわっ、凄い。

 一度も振り返らずに走り去っていったよ。



 まあ考えていた中で、一番ありがたい行動を取ってくれたけど……。



「よいしょっと――」



 浮かしたままのガラスを一つ一つ、わざとらしくグサグサっと地面に突き刺していく。 

 この音が届いて、嫌な想像がはかどってくれればさらに嬉しい。


 味方になって行動を共にするはずだった学生君は、不運にもモンスターに狙われあえなく死亡。


 更に何とかして欲望のはけ口に出来ないかと思った極上のコスプレ美少女も、どうせ助からない彼氏に付き添いおそらく死んだ……もったいない。

 

 こんな世界だ、助かるためには時に、生きる見込みのない奴を見捨てることも必要なんだ……。


 ――くらいに思っててくれればベストなんだけど。



「ご主人様、ご無事ですか!?」 


   

 事が済んだと判断して、ソルアが傍に寄ってきてくれる。

 


「あー、うん、無事……とは言い切れないな」



 聞かれたことで改めて傷のことが意識に上り、痛みをまた感じ始める。


 痛い。

 今すぐ意味のない叫び声をあげたい。

 

  

「でも、大丈夫。こう言う時のためにポーションと薬草があるから」



 ソルアの手前、強がって何とかそう口にした。



「あっ、じゃあカバンを――」


 

 腕を動かすのも一苦労と気遣ってくれたのか、直ぐにソルアが俺のカバンを持ってきてくれた。


 礼を言いチャックを開け、該当の結晶を二つ取り出して具現化させる。



==========

●下級ポーション ★1


 体力・HPを少量回復できるポーション。

 液体で飲みやすく、冒険者にとっては必需品となっている。


==========

●薬草 ★1

 

 HPを少量回復できる。

 苦味が強いが、その分だけ体や健康にも良いとされている。 


========== 

  


 刺さったガラス片を、えいやっと抜き取る。

 そして痛みで泣き叫ぶ前に、液体をグビっとあおった。



「うぐっ――」 



 強度の痛みが、ポーションによってスッと中程度くらいにまで和らいだ。

 それでもやはり痛みは継続的に襲ってくる。



「薬草を――」



 ヨモギみたいなはっぱを口に放り込む。

 そして直ぐにモシャる。

 

 ポーションほどの即効性はないが、しばらく噛み続けているうちに、痛みがまた少し引いた気がする。



 傷跡を見ると今だ残ってはいたが、あまり目立たない程度にまで治っていた。

 

 おぉ~。

 異世界アイテム、しゅごい……。



「うん。もう大丈夫そう」


「そうですか……よかった」



 心底ホッとしたというようにソルアは息を吐く。

 事前に伝えていたとはいえ、心配をかけてしまったことは申し訳なく思う。



「……スマン。でもとりあえず。これであの二人について余計なことを考える心配はなくなったはずだ」



 二人とも、ソルアという絶世の美少女相手に醜い欲望を抱いていると実感した。


 純粋にただ同行をお断りして、全く逆恨みされなかったかどうかは怪しい。

 だが死人、あるいは死人だと思っている相手に何かを企(くわだ)てようという気は流石に起こらないはず。


    

「帰ろう。それで今日はもう休もう」   



 そして、今の一件で“生存者サバイバー全般”に対する方針も決めることができた。


 今日、つい今までは中立的というか、特に肯定も否定もなかった。

 だが明日以降からは、生存者と出会っても身構えることになる。

 

 協力関係は基本築けない物と思って当たった方がいいだろう。



「……ご主人様。私のために、してくださったんですよね?」

     


 ……具体的にそうだと言及したわけではない。

 というか、そんなの言ったらソルアが気にするだろうから、絶対言わなかった。 


 しかしソルアはそうだと察し、確信しているようだった。

 


「……ありがとうございました。――ご主人様。今後ずっと、必ず一番お側で、ご主人様のことをお守りします」



 それは騎士が仕える主に誓いを立てるかのような。

 とても誠実で、真摯で、真っすぐな言葉だった。



「えっと……」



 いきなりのことにどう答えたものかと言葉を探す。

 


「フフッ。帰りましょうか」



 だが俺の答えは必要ではなく。

 実は自分自身に誓いを立てていたかのように、ソルアは直ぐに笑顔に戻った。



「……ああ」


 

 同じ生存者同士でも前提なしで信用し、協力しあうことはできなくなった世界で。


 こんな無条件で信頼できる、とても出来た女の子が初日から傍にいてくれることになった。

 それは単に戦える人が一緒にいてくれるということ以外にも、とても大きな意味があることだと思った。


 

□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□  



「えっと、ソルア。その、色々と、大丈夫か?」



 アパートの部屋に戻ってきて一息ついた後。

     

 俺はおそらく今日一番のドキドキと緊張を迎えていた。



「――あっ、はい。このシャワーっていうの、凄いですね! 細かな水が継続して出てくれるなんて。凄くサッパリします」 



 すりガラス越しに聞こえる、ソルアの嬉しそうな声。

 シャワーから流れる水音が同時に届いてきて、嫌でもその光景を想像してしまう。



 ――そう、ソルアは今、シャワー中なのである!



「そ、そうか。冷たい水しか出ないから大丈夫かなって、うん。それだけ。あっ、バスタオルは外にあるから。それで、体拭いてください」



 ……最後、なぜに言葉遣いおかしかったし。

 

 そのバスタオルを置いた付近には、ソルアが脱いだ服やらグローブ、それにソックスやら下着なんかも置いてあった。

 もちろん俺は紳士なので、無心でスルーしたが。

  

 ……本来想像していたような【時間魔法】の効果だったら、多分ここら辺で出番が出てくるんだろうなぁ~。



「……ダメだな。違うこと考えよう」



 このままでは煩悩に支配されそうになるので、現実的な問題に思考を割くことにする。

  


「水はまだ出てくれてるけど、いつなくなるかわからない。トイレもそうだしな……」



 つまり、飲料水の他、このアパートを拠点とし続けるのなら携帯トイレとかもあれば嬉しい。

 

 

「さっき食べたパンで、残りは明日の朝の分だけになる、か……」


 

 インスタントの食品を含めると、まだ2日くらいは何とかなる。

 でもお湯はないし水で調理することになるから、多分全く美味しくはない。


 それに何より、結局は3日目以降の食事について考えないといけないってことだ。


 明日は食料調達も視野に入れないと……。



「――あの、ご主人様。どちらが髪を洗う液体、でしたっけ?」



 風呂場からソルアの申し訳なさそうな声。



「あぁ、暗いから見わけ辛いよな。右側のボトルがシャンプー、髪を洗う方で。左側がボディーソープ。体を洗うようの液体だ」



 扉越しに教えながらも、明かりについてもどうにかしたいと考える。


 日が長い季節とは言え、もう流石に外は暗闇に覆われている。

 懐中電灯なんて持ってないからな……。


 スマホの明かりが今のところは唯一の光源となっている。

 

 

「バッテリーもいつかは充電が切れるとなると……乾電池式の充電器が欲しい」



 乾電池も含め、百均ならあるだろう。

 あるいは複合商業施設、デパートなら大体のものは揃うし、そっちを目的地にしてもいい。



「――何より金だな」

    

 

 つまりIsekaiが少しでも多く欲しい。

 

 強くなるにはガチャを沢山回さないといけない。

 あるいは【施設】を利用することでも成長できる。


 だがどちらにしても、Isekaiがいるのだ。


 

「それに、仲間を増やすのにも、やっぱりIsekaiか」



 今回のことで、今後は生存者との協力関係が難しいとの判断をした。

 そうすると、一緒に戦っていける仲間を増やす方法は限られてくる。


 でも、むしろそっちの方がわかりやすいし、信頼も築きやすいと思う。


 

 ――どんどんガチャを回して、異世界の奴隷少女を当てよう。


 

 今回の件があったので、奴隷は奴隷でも“男”は考慮から外した。 

 一度聞いてはみるが、狙うならソルアも同性の方がいいだろう。

 


「――あの、ご主人様。お風呂、いただきました……」 



 っと!



 考え事に没頭していたのか、いつの間にかソルアは風呂から上がったらしい。


 ……凄いな、俺。

 ちゃんと思考に集中したら邪念を追い払えるじゃないか。

 

 

「ああ。そうか。じゃあ――」



 出てきたソルアの姿を見て、言葉を失った。

 


「ご主人様? えっと、どこか変、でしょうか?」



 ソルアは少しだけ丈の大きいシャツを披露するように両腕を広げ、そして自分で自分の格好を確認。


 ――そう! いわゆる彼シャツ姿なのである!



「い、いや。男物、というか俺の奴だから、大きさが大丈夫かどうか気になっただけ。うん、問題ない」


 


 ――嘘である!



 問題大ありだった。


 仮の服として、ソルアに好きなやつを使っていいと言っていた。

 だが服は俺のを身に着けるにしても、もちろん俺が女性用の下着など持っているはずもなく。



 ――つまり、シャツの下は何もない!



「そ、そうですか。良かった……」



 そして室内は暗く、スマホの明かりだけが視界を作ってくれている状況がまた、怪しい大人な雰囲気を形成してしまっていた。


 ……おい、邪念が速攻で復活してきたぞ。



「きょ、今日はもう疲れただろうから。うん、もう寝ようか」


「は、はい」



 実際に疲労感はあったので、それを口実にさっさと眠ることにした。

 ……いや、こんな状況で寝られるかね?

 

 

□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



 とか言いつつ、しっかりグッスリ眠れました。

 やっぱり自分が意識してた以上に疲れてたのかね……。 



 そして寝覚めとともに、視界の端、画面の通知に気づく。



<新たなメールを受信しました。新着メール:1件> 



 なんか、嫌な予感するな……。

 どうせまた運営だろう。


 そう思い気が進まないながらも、ゲームの大事な情報だったらマズい。

 なので、仕方なく開封することに。



=====


5 差出人:【異世界ゲーム】運営        


件名:クエスト“マナスポットを探そう!”のご案内


生存者サバイバーの皆様。

1日目のご生存、お疲れさまでした。


そして楽しい2日目に突入となります。

皆様が1日目よりもたくましくなられたように、モンスター達も日を追うごとに強者が生き残っていくことになります。


より厳しい環境での生存サバイバルのため、素敵な情報をご案内したいと思います。



ゲームスタートと同時に、世界の各地に“マナスポット”と呼ばれる場所を多数設置しました。

マナスポットを発見すると、一気に大きな成長を遂げることが可能です。


一方で、マナスポットはモンスターにとっても成長・凶暴化を促進する場所です。

ですので、モンスターよりも先に発見された場合には、運営から別途報酬もご用意しております。


1日目の時点では生存者・モンスターともに発見はありませんでした。


生存にとても有利に働くマナスポットをぜひふるって探索・発見ください。 



=====     



また新しい別の日常が始まりを告げたようだ。



――――――――

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。


これにて1章、1日目が終了となります。

次話から2章、2日目開始ですね。


まだ使い始めで素人なので、章立てなど上手く行かないかもしれません。

おかしかったら次話以降、ご指摘いただければ幸いです。

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