第12話 伝達、決行、そして虚構の一芝居



「あの、もう少しだけ休憩してもいいですか? 実は見てもらいたい物もあるんです」


 

 そう言って背負ってきたリュックのチャックを開け、手を突っ込む。

 中を覗き込み、目当ての結晶を相手に見えないよう探り当てる。



「おっ、何だ? 情報は多いほどいいからな」


 

 オッサンはもうこの4人の中のリーダー気取りなのか、下手したてに出ていたら嬉しそうに乗ってくれる。

 具現化させた“物”を取り出し、そうして手渡した。



「何だ、これ……おっ、食べ物じゃねぇか!」


「これは……パン?」



 そうです、ガチャで当たった★1の黒パンです。



==========

●黒パン その他 ★


 異世界でよく食されているパン。

 硬く、そのままでは食べ辛い。


 普通はスープに浸したりしながら、柔らかくして食べる。


==========



「何か、【施設】って所があって。その中でIsekai……通貨を使ったらゲットできたんです」



 嘘ではない。

 アパートの自室、つまり“宿屋”の施設の中。

 そしてIsekaiを使ってのガチャで手に入れた。


 うん、全部事実だな。



「ほえぇ~。やっぱオッサンには到底意味の分からん世界になっちまったんだなぁ……あむっ。――かたッ!」


 

 うわっ、感謝の言葉も何もなく食いつきやがった。

“見てほしい”とは言って渡したが、“食べていい”とは言ってないのに。


 食料を求めて外に出たって言ってたから、そりゃ“話題として”食いつくかな、とは思ったが。


 ……こういう部分でも、行動を一緒にはできないって感じだな。



「部長、俺にもくださいよ! ――あぐっ、んぐっ……うわっ、本当、凄い硬い。けど、食えないレベルじゃないな」



 上司と部下が何時間ぶりかの食事をとっている間に。

 俺はスマホを取り出し、今だ機能する数少ないアプリ、メモ帳を開く。



「そういえばスマホでどこか連絡取れました? 目覚めてからずっと試してるんですけど。圏外から全然戻らなくて」



 世間話をするフリをして、その実やっているのはソルアへのメッセージだ。


“この二人と行動は一緒にできない。これから一芝居うつ。そのため、動揺は不要。理解したら適当に話を合わせて返してほしい”と。

 流石に本人たちが目の前にいて、その話題を堂々とするのは厳しいからな。



「無駄無駄。んぐっ――俺らも、数えらんないくらい、試したよ」



 二人は黒パンを食べることに夢中で、俺の手元には全く意識が向いていなかった。


 

「そうですか……。あっ、そうだ! 俺よりもこういうの詳しいよな? ちょっと適当に試してみてくれないか?」  



 話の流れでソルアにスマホを手渡す。



「へっ? えーっと……あっ、はい」 



 スマホなんて一度も触ったことがないソルアは、当然やや驚きの表情。

 だが目が合うと、その奥に何かあると感じ取ってくれたのか、素直に受け取る。

 


「……!」


 

 ソルアの目に、理解の色が宿った。

 それを確認してから、合わせやすいようにこちらから言葉をかける。



「やっぱり、ダメそうか?」


「……はい。ダメでしょうね」



 しっかりと頷き、スマホを返してくれた。

 それ以外何も言わなかったが、その目が雄弁に語っていた。

“はい、わかりました”と。


 そして今のソルアの“ダメでしょうね”は、スマホの話題以外の意味も含んでいたような気がする。


“この二人と行動は、同意見です。ダメでしょうね”みたいな。



 ……こんな優しい子にそうまで思わせる相手だ、やっぱりダメなんだろうね。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□   



「ふぃぃ~。久しぶりに腹に食べ物が入ったな」


「あんな硬くて味気ないパンでも、腹が減ってれば案外なんでも美味く食えるもんですね」



 こちらの貴重な食料を何の感謝もなく食べ切った二人は、満足そうな表情。


 200Isekaiで10連回したうちの一つ、つまり20Isekai分。

 ゴブリン1匹倒してようやく得られるお金ですよ。

 

 感謝の言葉や気持ちが欲しいわけじゃないが、この言い様はもう、ねぇ……。



「さてっ。改めて、そろそろ動こうか。で、お嬢さんの立ち位置だけど――」



 こんな明日どころか一分・一秒先の命すらあるかどうかわからない、とても危うい世界だ。


 一人でも多く他の人と行動を共にして、安全・安心を得たい。

 そうした気持ちは、百歩譲って分からなくはない。



「俺が一番後ろ、殿しんがりで。コイツと学生君が一番前を張るから、お嬢さんはその間、一番安全なところってことで。いいね?」



 ……合法的にソルアのお尻を鑑賞したいと。

 とても素敵なご趣味だことで。



 ――だがやはり、その状況に便乗してソルアへと汚らわしい欲望の目を向けるのなら、話は違う。


 そんな奴らとの協力なんてまっぴらゴメンだ。



 

「――あれっ? ちょっと待ってください。今、あそこで、何か動きませんでしたか?」



 大げさなまでに、怖がっているような素振りで。

 俺は避難している庭の民家を指さす。


 この混乱で、あるいはモンスターが一度中に入ったのか。

 窓ガラスが割れ、中の部屋が荒らされたようにグチャグチャになっていた。



「は? おいっ、脅かすようなこと言うなよ……何もないって。今まで長い時間ここにいたけど、何も起こらなかったじゃないか」



 オッサンも最初は釣られるようにビクッと反応した。

 しかし直ぐに持ち直し、臆病者を嘲笑あざわらうようにして俺に反論する。



 ――コイツの顔、やっぱりそうだ。



 さっき“あっ、これダメな奴だ”と確信した時、同じことを直近でも思ったなと感じた。

 

 それは、ソルア召喚の前。

 結晶で見た映像で、とても悪人面した男にソルアが買われそうになっていた瞬間だ。


 

 このオッサンは卑しいことを考えている顔が、あのソルアを買おうとしていた奴を連想させる。


 状況も何となく近いものがあった。

 奴隷商人と欲深そうな太った客の二人。

 何気にしっかりとソルアの体に興味深々な部下と、下心満載の上司の二人。

 

  

 ソルアにとても大きな我慢と精神的苦痛を強いることになるという意味でも、やっぱりダメだ。

 


「えっ、でも今確かに、部屋に落ちてる瓦礫がれきっていうか、ガラスとか化粧台の鏡の破片とかが動いて……」



 上司と部下は念のため、一度だけ庭から古民家へと視線を向ける。

 だがやはり何もないと判断して、視線を切った。


 ……まあ今はそれが正しいんだけどね。



 何かあるのはこれからだから。



 ――そうして、俺は【索敵】と覚えたてホヤホヤの【操作魔法】を展開した。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□   


  

【索敵】の範囲を部屋の中まで広げ、落ちている手頃な物を感知する。


 索“敵”という言葉通り、“敵かどうか・敵がいるか”を判断するのがこのスキルの主な仕事。

 だが同時に“敵かどうかを判断する”上で“敵じゃない”と弾かれる物もある。


 そっちもちゃんと意識すれば感知できるので、今回はそっちの用法を使う。

            


「……すいません。俺の勘違いだったようです。ははっ、こんな状況なんで、ちょっとビビってるのかも」



 そうして適当に愛想笑いしながら、今度は【操作魔法】の使用に移る。

 こちらも【時間魔法】同様に、詠唱などは不要だった。


 

 一方で【索敵】や【時間魔法】とは異なり、練習を一切入れていないからこそ意味がある。

 臨場感というか。

 一発本番だからこそ生まれる、現実に起きている事象感というか、ね。



「ははっ。まあ気持ちは分かるけどな。でも彼女さんの前だろ~? もうちょっとカッコいいところ見せないとな」


「ははっ、はい……」



 バレないよう会話をこなしつつも、発動した魔法を進めていく。

 

【操作魔法】と聞くと、何となく大きな物体を操る魔法だとの先入観がある。 

 巨大ロボを実際に動かしてみたり、あるいは大きなぬいぐるみを操作して戦わせたり。


 

 だがこの魔法はもっと単純。

 本当にただ物体を、意思と魔力の力で動かすだけだ。

 超能力とかで出てくる念動力サイコキネシスに近いか。



 ――それで【索敵】を補助に、割れて床に散らばっていたガラスの破片を操作した。



「あっ――」



 何かに気づいたというような、それっぽい漏れた声を出す。

 

 ちゃんとガラス片の操作は同時並行に進めて、だ。


【操作魔法】のレベルが2だからなのか、それとも重くない単純な物質が対象だからか。

 思っていた以上に操作は上手くできていた。



 ガラス片は紫色のオーラみたいな魔力に纏われ、床からふわりと宙に浮く。

  

 

 ――そして、“俺”目掛けてビュンッと勢いよく飛んできた。



「あがっ――」



 それを、俺が腕で受け止める。

 というか、グサリと突き刺さった。



 痛ぁぁっっ!!



 予期していたとはいえ、普通に痛いものは痛かった。




「っ!――」



 そして予め伝えていたソルアもやはり驚き、息をのむのが見えた。

 だが一瞬のアイコンタクトで大丈夫だと、想定内だと伝え、押しとどめる。



「なっ!?」


「えっ、あっ、えっ?」



 上司と部下の、何が起こったかわからないといった顔と声。

 その混乱に付け入るように、俺はもう一発、別のガラス片を操作。


 そして俺に向けて飛ばす。



「いづっ――」

 

 

 だから、凄い痛い。

 しかし、今度はバッチリその場面を二人も見ていた。

  

 痛い思いをしただけの効果はバッチリあるようだ。


 そこで、ダメ押しの言葉を発する。



「――ゴーストだっ! クソッ、あのモンスター、こんな所にまで出やがった!」 



 もちろんそんなモンスターいない。

 いや、もしかしたらこんな世界になって、どこかにはいるのかもしれない。


 しかし今、この場に存在しないことだけは確かだ。



 ――だが虚構だろうと、それがありうる状況が整っていれば、それは人の想像内に生まれるのである。



「ひぃっ!? も、モンスター!?」


「やっ、やっぱりいたのかよ!?」



 慌てふためく男二人。

 そりゃそうだ。

 

 だって現実に、何もない空間でガラス片が浮いて。

 そうして俺が実際にケガさせられたのだから。

 

 とどめの極めつけは、実は元からあった。

“モンスターがどこにいてもおかしくない世界になった”という大前提が、この状況の下地を整えてくれていたのだ。




 さぁ、お二人さん、どう動く?   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る