第11話 視線、情報の共有? そして“あっ、ダメな奴だ”……



「早く早く! こっちだこっち!」


「急いで!」



 なぜか俺たちが合流する前提で、男二人は急かしてくる。

 ただまあ、断る理由も今のところはない。


 促されるままソルアと錆びた門まで向かい、庭の中に入る。


 

「ふぅぅ……」


「とりあえず、ここで一旦落ち着こう」 


 

 そこは、古い民家の庭先だった。

 生垣いけがき、そして草木で覆われている。



「俺たち以外で生きてる人、初めて会ったな」



 40代後半、あるいは50代くらいの太った男性が額の汗をハンカチで拭う。



「ですね。いや、本当、なんか一気に安心感が凄いです、えぇ」


 

 もう一人の細身な男性は、あまり俺と年齢差はないように見える。 

 こちらはそう言いつつも、庭の外を気にしていた。


 草や枝木のカーテンに指を差し入れ、神経質そうに道を見ている。

 張り込みの刑事がブラインドシャッターに指を挟み、そうして外を覗き見るように。

     


「いやぁ~。こんな訳の分からないことになって、お互い災難だったが。とにかく、無事でよかった」



 一番年長だろう太った男性が、場を仕切るように話し始める。

 その言葉自体には嘘はなさそうで、俺も頷いて応じる。

  


「はい。もう、起きて外に出たらいきなりモンスターと戦闘になるわで、ずっとパニックです」


「ああ、本当に。俺も、同僚が目の前で何人も死んでて頭おかしくなりそうだった……。あっ、コイツは、俺の部下。同じ会社でサラリーマンやってんだ」

 


 男性二人は上司と部下という関係らしい。

 上司が親指でクイっと指すと、部下の神経質そうな男性がようやくこちらを向く。


 さっきとは少し様子が違い、言葉なく頷くだけで挨拶してきた。



「そうなんですか……」



 まあそれ以上は言い様がないよね。



「それで、君らはえっと、学生さん? そっちのお嬢さんとは……カップル的な?」 



 オッサン、グイグイ聞いてくるな。

 だがソルアとの関係をそう取ってくれるのなら好都合だ。


 こっちから適当な関係をでっちあげたり、説明する手間が省ける。



「えぇ、まあ、そんな感じです、はい」


「あっ――っ~!」 

  


 否定せずにそう答えると、ソルアが照れたように下を向いたのがわかった。

 うわっ、そんな可愛い反応、こっちが照れて勘違いするわ!


 くっ。

 本当に、こんな素敵な美少女が彼女だったら、どれだけいいことか……!

 


「それにしても、彼女さん、凄い格好だね……コスプレか何かかな」


「ですね……」



 ゴクリッと、生唾を飲み込む音が聞こえた……ような気がした。

 


「まあ、こういう世界になっちゃいましたから、むしろこの格好の方が今は普通なのかなって」



 否定も肯定もしない答え方。

 異世界人であるソルアの格好をコスプレと捉えてくれるのなら、これもまたこっちで説明を考えなくて済む。


 ……だが、彼らにとって“コスプレ”という話題は、単なる建前だったようだ。

   


「…………」


「…………」



 会話と会話の間、一瞬の沈黙の時間。

 ギラギラとした、下心を隠せていない視線。


 それがソルアに向けられていたのを、俺は見た。

 

  

「でも部長、最近はコスプレも世間的に認知されてますから。偏見の目を持ってるとダメかもですよ?」


「その世間様が、昨日・今日で終わったんじゃねえか。……ただ、いくらオッサンの俺でも、コスプレくらいは知ってるぞ。ハロウィン前後で凄い話題になるだろあれ」



 部下のナイスパスが、上司に飛ぶ。

“コスプレ”という話題を出すことである種、合法的に、ソルアの格好をじろじろと見ることができる。



 男女関係なく誰もが振り返るような、そのあまりに綺麗に整った顔は言うまでもなく。


 ボディーラインがはっきりわかるトップスに包まれた肉感的な胸。

 丈の短いタイトなスカートから伸びる魅力的な太ももや、ブーツで覆われた細くて長い脚。       


“物珍しいコスプレ姿を見る”という免罪符を堂々と掲げて、それらを上から下まで遠慮なく観察できる。



 ……うわ~。



 ――第一印象、あんまり良くないなぁ。



 というか、最悪なまである。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



 生存者サバイバー同士が生きて出会えた時って、もっと違う感じになると思ってた。

 ほんわかとした、お互いの生存を喜び合う善性な空気だけに包まれる、みたいな?


 全然想像と違ってたわ。


 

「それで、俺ら、食べ物を求めてやむなく出てきたわけよ。でも、あのスーパー、デカい奴がいてな。流石に無理そうだから逃げてきた」


「普通のゴブリンとは違って、大きかった。あれは多分、ホブゴブリンだと思う」 

  


 お互い情報交換をしようという段階になっても、一度芽生えた違和感は消えなかった。

 特に俺が同い年だと分かると、細身の部下の男も言葉遣いが雑というか、適当になった。

  

 

「なるほど……じゃあ食料が欲しくなっても、スーパーへ行くのは避けた方がいいってことですね」



 もちろん、その心に生じたモヤッと感は、顔や態度には出さず。

 得られる情報はありがたく教えてもらっておく。



 ……あのいつも使ってたスーパー、モンスターに占拠されてるのか。

 

 まあ仮に行くにしても明日だな。 

 

 

「そういうことだな。……あぁ、学生君も、お嬢さんも、腰降ろしたら? ここはモンスターも今のところ来ないし。休めるときに休んでおいた方がいい」



 家主のいない庭先の地面、ベッタリと尻をついたオッサンが勧めてくる。

 中に上がるまでの勇気はないが、庭で我が物顔でくつろぐくらいはどうということもないらしい。



「あ、いえ。お気持ちだけありがたく。……正直、道端に落ちていた死体のことが頭から離れなくて」



 その一言だけで、オッサンも部下の男も何となく察したような顔に。

 

 外にいた人たちはもしかすると、ゲームがダウンロードされて意識を失い。

 そして死んだこともわからぬまま、モンスターたちに殺されてしまった人達ばかりかもしれないのだ。


 

 要はそれと同じように。

 気を抜いていたら、殺されたと分からないままに死ぬ可能性が、この世界にはありふれてしまった。

 だから、他人の家の中に土足で入って堂々と寛ぐことはもちろん、腰を下ろして一休みというのも抵抗感がある。



「まあそりゃそうだわな、うん。俺も、ここに来るまで死体を見過ぎて、あんまりもう動揺しなくなっちまったし」



 オッサンは同意を示し。

 立ったまま会話を続ける俺とソルアに、それ以上座るように促すことはなかった。



 ……残念だったね、ソルアのスカートの中が見れずに。



 そう意地悪い方へと取ってしまうのは俺が他人を疑いすぎなのだろうか。


 だがソルアがとても短いスカートを履いていること。

 そしてそれをじっくり観察するように、舐めるようにオッサンたちは見て頭に入れていること。


 その事実があるだけでも、予防線を張っておくには十分に思えた。




 そしてしばらく、単なる世間話が続いた。


 現実から目をそらすためであるかのような。

 あるいはそうして少しでも心の平穏を取り戻して、これからの厳しい現実に立ち向かう力を蓄えるためであるかのような。


 

 ――その後、オッサンが決断したというようにドカッと立ち上がる。

 


「――さてっと。これからどうしようか? 俺は見ての通り、加齢臭ありで40過ぎ、ただの太ったオッサンだ。鈍いから、動けるポジションはコイツと、学生君がやった方がいいだろうな」



 ……はい?



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□  

  


「いやいや、部長も戦ってくださいよ。1匹とはいえ、ゴブリンだって何とか倒したじゃないですか。3人で戦う方が絶対に良いですって」


「あぁ? んなことは分かってるっての。別に戦わねぇなんて言ってないだろ。ただ主に動き回るのは若いお前らの方がいいって話だ」



 …………。



 ――あれれ~? なんで俺たちも一緒に行動することになってんの?




 ……なるほど。

【異世界ゲーム】って、実は出会った人は皆仲間になるっていう、素敵なゲームだったんだな。


 これなら世界平和が真の目的で、ゲームがダウンロードされたと言われても納得できるぜ。  


「ここから行けて、一番安全なとこって言ったら……やっぱ大学かね? ――学生君、君、あそこの学生?」



 そして目的地までも勝手に設定されそうになっている。

 


「あっ、ちょっと待てよ? 前に営業で行った、あそこの取引先……確か最近、災害用のシェルターを買ったとか言ってなかったか? ――あっ、でもあれは津波とか洪水用かな……」 


「それ、場所が仮にわかっても鍵とかいるんじゃないですか? ……そういうスキル、ゲットできれば早いんだけどな」


 

 上司と部下、ある程度気心が知れている者同士でどんどん話が進んでいく。

 


「そうだ、君らはモンスターとか結構倒した? あれ、倒してレベルアップしたら能力が得られるんだが……」


「まあお嬢さんは戦えなくても仕方ないけど……出来ることはしてもらうことになるよ?」



 オッサンがソルアに意味深な言い方でそう告げた時、確信する。

 



 ――あっ、これダメな奴だ。






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