第10話 念願、消えたソルア、そして初めての遭遇


「……よし」



 今あったことを頭の中で整理し終え、ようやく一息つく。

 そしてここからが本番だった。 

 


 ――【時間魔法】、習得します!



 いや、もう【施設】の機能とか運営のメールとか見たんだから。

 良いじゃん、ちょっとくらいワガママ言っても。


【操作魔法】もカードで購入するつもりだが、今は後回しだ。




「ソルア、ちょっとだけ待っててくれな。さっき言った話、多分行けそうだから――」


「は、はい? わかり、ました……」

 


 ソルアはいまいち何のことかわかっていない様子。

 だがポカンとしながらも、俺のやる気を削がないようにと健気に頷いてくれる。


 それに応えるためにも早速取り掛かることにした。



「グヘヘ、これで、俺も【時間魔法】の使い手だぜ……」


「ご、ご主人様? だ、大丈夫ですか?」



 大丈夫大丈夫。

 

 やることは今までの【身体強化】や【索敵】と変わらないんだから、何も問題はない!

 虹色の結晶を取り出して、いざ行かん!



「――おっ、来たっ!」 



 これまでとは異なり、容量キャパシティーが足りないとのメッセージが表示されることはなかった。

 パリンッと結晶が砕け散ると、虹色の光が代わりに生まれる。

 

 それが体の中に入ってくると、今までで一番強く濃いエネルギーを感じた。

 

  

「……できた」



 エネルギーは俺の体内で、【時間魔法】としての形を得たのだった。




[ステータス]


●能力値

Lv.3

HP:16/18

MP:13/13


筋力:15

耐久:6(装備+5)

魔力:6

魔法耐久:3

器用:7

敏捷:8 



容量キャパシティー:28/28(③[●●●●●〇]+④[〇〇〇〇〇〇]→33/40)



●スキル

【異世界ガチャLv.1】

【身体強化Lv.1】

【MP上昇Lv.1】

【索敵Lv.1】

【時間魔法Lv.1】(New!)


●称号

施設の王(New!) 




「っ~~~!」



 更新されたステータスを実際に目にして、声にならない感動が沸き上がってくる。

“●称号”の項目が新たに追加されていて、“施設の王”もちゃっかりあった。


 だがやはり【時間魔法】がしっかりあることが何よりも嬉しい。

 それに尽きる。


 これだけでご飯3杯は行けるね。



 ……ああいや。

【時間魔法】がおかずになるって、えっちい意味でのことじゃなくてね、うん。

 

 

「……あの、ご主人様? いかが、でしたでしょうか?」



 タイミングを見計らってか、ソルアがおずおずと尋ねてきた。 

 上目遣い、あんなに強い美少女が少し怯えの混ざった表情。

 

 そしてそんな可愛いが尽きないソルアと。

【時間魔法】を習得したあかつきには、魔法を一番にかけてあげるという約束をしてしまっている。

 

 嫌でも【時間魔法】で停止・固定され、無抵抗な状態をさらすソルアの姿を想像してしまう。


 ――こんのっ、【時間魔法】め! 煩悩に寄り過ぎだ!



 もっと有意義でカッコいい使われ方あるだろ、いい加減にしなさい!  

 

 

「あっ、いや、うん。習得、できたっぽいよ。【時間魔法】」



 習得した興奮や、よこしまな想像で生まれたムラムラは全く表に出さず。

 なんでもない風を装い、淡々とソルアに告げた。

 


「まぁ! それはおめでとうございます! あっ、いかがいたしましょう、早速私で試してみますか?」 

 

 

 ――“私で試してみますか?”だってぇ!? 



 なんて男心を刺激する言い方!!     



 ソルアさん、君はあれか。

 えっちいゲームか薄い本の回し者か!



「……そうだな。幸い“MPバッテリー”も十分にあるし。今の内に試しておくか」



 耐えた、耐えたぞ……!

 

 これ以上ソルアの無自覚天然な言葉に惑わされないよう、無心で進めていくことを固く決意。



「はい。お願いします!」



 純真無垢そうなけがれない瞳。

 ただ純粋に、憧れの魔法を受けてみたい。

 

 そんな真っすぐな目を向けられて、変な気を起こせるわけもなく。



 ――そしてそもそも、俺が今使える魔法は“時間停止”ではなかった。



「行くぞっ――【加速アクセル】!」


 

 発動する瞬間、自然に理解していた。

 これは対象を速める魔法だ。

 

 詠唱は必要ではなく。

 ただ発動を願い、MPを消費するだけで使用できた。

  


「あっ――」



 まず俺の足元に灰色の魔法陣のようなものが出現する。

 そしてほぼ同時に、ソルアの頭上にも同じものが現れた。


  

 カチカチカチッと狂った時計の針の音が鳴り続ける。

 魔法陣の内部、長針と短針の絵がグルグルと凄い速さで回り続けていた。


 そしてその魔法陣は、ソルアの体をスキャンするように降下していく。

 パソコン教室の荒れ果てた床に魔法陣が到着すると、成功を示すようにソルアの体が灰色に光ったのだった。 

 

 

「やったか――」 

     


 思わず何かのフラグのような言葉をつぶやいていた。

 そして、まるでそれが作用してしまったかのように変化が生じる。



 ――あっ、ヤバい、俺の体……クラッと来た。




「っ!――」



 魔法を使った際、体からエネルギーの源をごっそりと持っていかれた。

 そんな感覚があった。


  

 MP:1/13


 

 一発でこんなに!?

     


 立ちくらみに似た感覚に踏ん張っていられず、体が前に崩れ落ちていく。

 そしてなぜかそれを、宙から別の自分が眺めているような、客観視した感じでフワッと見ていた。



 あぁぁ、これ、床が俺のファーストキスになるわ……。 



「っ!? ご主人様っ――」



 ソルアの様子もどういうわけか、冷静に観察できていた。

 うわっ、凄い鬼気迫る表情――あれっ?



 ――ソルアが、消えた。

 


□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□  



「っ! 大丈夫ですか、ご主人様!?」 


「っぷ――」 



 次の瞬間、柔らかい極上のクッションが顔に当たった感触。

 甘く優しい匂いで一杯になる。



 ――あっ、ソルアに抱き留められたのか。



「だ、だびびょうぶ……」



“大丈夫”と声に出したつもりだったが、上手く音になってくれなかった。 



「あっ、ひゃん! ご主人様、声。胸、が、くすぐったい、です――」


 

 ――ぎゃぁぁぁ! 


 

 俺氏、床ではなく美少女ソルアの胸がファーストキスの相手だった件!

 


 ……だがそんな陽気な考えを浮かべても、体は上手く言うことを聞いてくれない。



「あっ! MPですね! バッテリーを――」



 こそばゆさから回復したソルアが、いち早く俺の症状に気づいてくれた。

 MPバッテリーから再びMPをチャージすることで、何とか再度の復活を果たしたのだった。




「――ふぅぅ。ありがとう。心配させて悪かった」


「いえ。何事もなくてよかったです。……ですが、元はと言えば、私が魔法の件を言い出さなければ」

 


    

 あっ、マズい。

 ソルアが思いのほかシュンとしてしまっている。


 こんなの事故みたいなもんだから、誰が悪いとかじゃないのにね。


 ……いや“事故”って、どさくさ紛れにソルアの至極の胸に顔ダイブした話を言ってるんじゃないから。


 

 ――って、あっ、そっか。


 そっち方面で話を逸らせばいいか。



「そういえば倒れる寸前、ソルアが消えたように見えたな。結局は【時間魔法】、成功だったのか?」



 尋ねると、ソルアは困惑気味の表情に。

 だがソルアの真面目な性格がそうさせるのか、素直に答えてくれる。



「はい? えっと……おそらく、成功だったと思います」


 

 あるいは聞かれたら答えないとという心理でも働くのか。

 ソルアは続けて詳細を語ってくれた。



「正直、順序は曖昧ですが……ご主人様が倒れそうになるのが見えて。でも、その時、すべてが。ご主人様の動きも、周囲の光景も、全部が。スローになったように私には見えました」


「へぇぇ~」



 正に【時間魔法】っぽい効果だね。



「ご主人様が倒れ落ちる前に何とか受け止めようとしたら、全然、間に合って……」



 いや、そこは別にバツが悪そうにしなくても。

 ……むしろ、ちょーっと役得なことがあったような、なかったような。

 そんな気がしなくもないからね、うん。 



「――でも、やっぱり今やっておいてよかった」



 今までの話を総合して、そう結論付けた。


 

「効果は抜群にいいとしても、今の俺じゃ一回使っただけであの有様だ」



 これも【索敵】の検証と同じだ。

 豊富なMPバッテリーのある今だからこそ、余裕があるときだからこそ試しておけたのだ。



「調子に乗って、戦いの最中使ってぶっ倒れる。そんな羽目にならなくて済んだ。――ありがとう、ソルア」


 

 今後は慎重な運用が求められる。

 MPが増えない間は本当に切羽詰まった時、切り札的な使い方がいいだろう。



「あっ――はい。こちらこそ、とても貴重な経験でした。ありがとうございました」

  

  

 ハッとした後のソルアはもう、自分を責めるような様子はなくなっていた。

 

 お互いが反省を踏まえて、この経験をこれからのサバイバルに生かす。 

 そういう考えが共有できた瞬間だった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□ 




[ステータス]


●能力値


容量キャパシティー:28/28(③[●●●●●●]+④[●●●〇〇〇]→37/40)



●スキル

【異世界ガチャLv.1】

【身体強化Lv.1】

【MP上昇Lv.1】

【索敵Lv.1】

【時間魔法Lv.1】

【操作魔法Lv.2】(New!)




「【操作魔法】のレベルまで“2倍”になるのかよ。称号凄すぎだろ……」



 その後、もらった【施設利用カード1000Isekai分】で改めて【操作魔法】を購入。

 残り600Isekai分が残っているのでまだ余裕がある。

 

 だから問題はそれではなく……。



<“施設の王”:称号。所有しているだけで効果がある。買占めに成功した施設の特典に、“効果2倍 確定”が追加される>

   


 このパソコン教室にある商店は正に、買占めに成功した施設だ。

 だがまさかスキルのレベルまで2倍されるとは……。



「ですがよろしいのですか? 【操作魔法】も実験されていかなくても」



 ソルアに言われ、オレンジ色に染まり始めた空へと視線をやる。



「……正直試しておきたい気持ちはある」



 ついさっき【索敵】と【時間魔法】、それぞれの実験の有用性を実感した所だ。


【操作魔法】の使い方自体は、既に最初から分かっていたかのように理解できている。 

 だがどんな感じなのかは、やはり実際に使ってみないと分からない部分があるはずだ。

 


「でも、ここにとどまり過ぎてる感はある。今日は大人しく帰っておいた方がいいかなって」



 何と言っても、ゲーム開始初日だ。

 モンスターがそこかしこに歩き回っている世界になってしまった。


 つまり慎重に動く必要がある。

 

 

 夜は特にモンスター達のための時間だろう。

 そうなる前、つまり夕方辺りには拠点(アパート)に戻った方が無難だと思った。



「そうですか。ご主人様がよろしいのでしたら、私に異論はありません」

  


 それは言葉の外に含みを持たした言い方ではなく。

 純粋に俺の考えを尊重してくれているのだと伝わってきた。


 こうして強く優しいソルアがいてくれるからこそ、慢心はいけないと肝に銘じている。

 俺が強いから今も生きていられるのではなく、ソルアがいてくれたから、だ。

 

 そこは、はき違えてはいけない。



 そうして帰り道について、数分と経たない時だった。

 近くの民家、塀の傍から声がしたのだ。



「――おいっ、君たち!」


「良かった、人に会えた!」 



 複数、二人分の男の声。

 



 ――それは初めての、他の生存者サバイバーとの予期せぬ遭遇だった。 

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