第7話 興奮、検証、そして一時の安らぎ?



「きゃ、容量キャパシティーが足りないのか……そうか」


 

 今すぐ習得できるわけではないと分かり、沸いた気持ちは一端落ち着いていく。


 しかし、あのツヨツヨ能力でお馴染みの【時間魔法】だ。

 使えるようになった時のことを想像すると、嫌でも興奮が再燃してくるというものだ。


 容量だって、レベルアップやガチャで増やせると分かっている。

 


「フッ、フフフ……」


「? ご主人様、どうかなさいましたか?」



 おっと。

 笑い方がキモかったのか、ソルアが不思議そうな顔をして尋ねてきた。

 


「ああ、いや。もしかしてだけど」


「はい。もしかして?」



 ソルアがオウム返しのように繰り返し、先を促してくれる。

 俺もこの気持ちを誰かと共有したいという思いに駆られ、我慢せず話すことに。



「もしかしたら、俺、【時間魔法】を使えるようになるかもしれない」


「まぁ! 【時間魔法】ですか!? それは素晴らしいことですね!」



 ソルアは豊かな胸の前で上品に両手を合わせ、驚きつつも祝福してくれた。 



 ――そして衝撃の言葉を放ってくる。



「【時間魔法】なんて、言い伝えや伝説でしか聞いたことがありませんから。私も一度、どんなものか体験したいものです」



 ――えぇっ!? いいの!? 



 時間魔法だよ!?

 もし本当に止まっちゃったら、その間に何されるかわからないんだよ!?


 

「?」


 

 だがそのよこしまな考えは、ソルアの純粋な瞳を見て直ぐに消え去った。

 可愛らしく小首を傾げながらも、信頼を伝えようとするかのように、真っすぐ俺のことを見続けている。



 ……この信頼は、裏切れないよな。



「ああ。習得できたら、必ず。約束な?」



 そうだ。

 そもそも【時間魔法】っていっても、停止以外にも加速させたり、減速・遅延させたりって使い方もあるだろうしね。


 ……本当、なんで一瞬、あんな一人で食い気味になったのか、恥ずかしいわ。


 

「わぁっ、ありがとうございます! フフッ、約束、ですね!」  



 ソルアは出会って以降に見た中で、一番嬉しそうな笑顔だった。

 喜んでくれているソルアの様子に、思わず頬を緩める。

  


「……ちょっと、外行ってくるわ。大丈夫、アパートの敷地外には出ないから」 

    


 一方で、一瞬でも変な考えが頭を過ったことの申し訳なさを解消するためのように、俺は部屋を出るのだった。



 ……ソルアの足を引っ張らず、ちゃんとサバイバル役立てるように頑張ろう。

 


□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□



「さてっと――【索敵】っ!」


 

 部屋の外に出て始めたのは、習得できたスキルの検証だった。

 発動を念じると、スキルが発動される。

 

 体からエネルギーが消費される感覚と引き換えに、周囲の状況がリアルに把握できるようになった。



「はぁぁ~。なるほど。こういう感じか」



 半径5m前後が平均の有効範囲。

 一瞬だけMP消費で高めても7mくらいが限界値かな。


 その中に、先ずモンスターがいないことを認識できた。


 脳内に、効果が及ぶ範囲内の二次元的な地図(マップ)が現れ。

 そして敵がいればその網に引っ掛かる。


 だからその地図が頭の中に出現する付随的な効果として、範囲内にある建物・部屋、あるいは物の位置なんかもわかった。



「で、だ。この感覚が、多分ソルアだろ?」 

 

 

 自室のドアの前、少し集中して室内の様子を探知する。

 モンスターではなく、“動く物”として、ソルアの様子が円形の地図上に入っていた。


 

「? ……何やってんだソルアは」



 ベッドの上にいる? 

 横になってるのかな……いや、別にいいけどね。



 ソルアも戦闘自体は楽勝だっただろうが、慣れない地球(いせかい)に来てのサバイバルだ。

 そりゃ疲れも溜まるだろう。


 ……なので、俺のベッドに美少女が寝転がっているかも、という事実は気にしないことにする。



「じゃあ次っと――生存者は……うん、やっぱりいないな」



【索敵】を維持したまま、1階の部屋の前を全て歩いていく。

 次に2階に上がり、同じことを続けた。



「死体っぽい感覚もないからな。……これは、全員が外出中にゲーム開始説が有力か?」



 元々学生が多く入居するアパートだ。

 そうであってもおかしくはない。



「あるいは、俺より早く目覚めて、どっかにさっさと逃げてしまったか……あっ、その両方の組み合わせのパターンもあるか」

 


 初めて3階に足を踏み入れたが、結果は変わらず。

 だが3階に限っては、表現が少しだけ変わってくる。


 “生存者”はいなかった、という言い方が正しいか。



「……風呂場で、死んでるか?」



 道路・アパートの入口寄りの部屋。

 間取りは基本、俺の部屋と一緒のはず。


 なので風呂場にあるこの人っぽくて動かない物は――



「……そういうことだろうな」



 ゲームの開始の時を思い出す。

 厳密にはダウンロードが完了したと告げる画面が見えた、あの時だ。



「風呂に入ってるときにあれが襲ってきたら、避けようがないよな……」



 強制的に意識を刈り取るかのような強い眠気。

 それが、風呂に入っているときに生じたと想像すると――



「っ――ヤバい。なんか頭がクラクラしてきた」



 今正に考えていることもあって、一瞬、あのゲーム開始時にあったことの再来かと早合点する。

 しかし、体の感覚が正確な原因を教えてくれた。



「……あぁ、これ、“MP切れ”か」 



 それを体で理解した後、ステータス画面のMPを見て芯から納得する。



[ステータス]  


MP:2/12



「そりゃ、しんどくなるわ……」



【索敵】は発動にもMPが必要だったが、継続して使い続けるのにもMPを消費していくらしい。


 

「……やることはやったし、戻るか」



【索敵】を解除し、階段で下へと降りていく。

 しかし気怠さ・倦怠感(けんたいかん)は消えず残っていた。

 


「うーん、しんどい」



 風邪気味なのに全力で運動した後、油物をがっつり食わされた……みたいな?


 まだMP残ってるのにこれか。

 0になったらゲロでも吐いちゃうかもしれん。



 ――でも、今やっておいてよかった。



 これがアパートの外だったら。

 モンスターとの命のやり取り中になってしまったら。



 そう思うとこの怠さは、決して無駄ではないと思った。 

 スキルの検証は、スキルの詳細を知る以外の成果もあったのだと、小さくない充実感を得られたのだった。



□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□    

 


「お帰りなさいませご主人様――あっ、お顔が……MP切れですか? いけません、直ぐお休みください」



 部屋に戻ると、出迎えてくれたソルアが直ぐにこの症状に気づいた。

 やはり異世界出身だけあり、MPとか魔法に関してはソルアの方が圧倒的に知識が豊富だ。



「そうする。……あっ、そうだ。“MPポーション”あるんだっけか」



 下級で★1だが、ソルアを当てたガチャで同じく出てきたものだ。

 白い結晶を砕くと、試験管のような入れ物が落ちてきた。


 中に水色の液体が入っていて、コルクみたいなもので蓋がされている。



「味は……意外に美味いな」



 ちょっと癖がある柑橘系のフルーツのような味がした。

 飲むと、体の怠さが少し楽になった気がする。

 解熱剤を飲んだ時みたいな感じか。


 だが薬を飲んだ時と同様、それで油断しては意味がない。



「ちょっとだけ仮眠取るわ――」


 

 そうしてベッドに向かうが、先ほどのことが頭に思い浮かび体が硬直する。



「? どうか、されましたか?」 

 


 言葉通りどうかしたのかとキョトンとするソルア。


 …………。 


 陰キャボッチのベッドに寝転がっておいて、主人にバリバリ意識させてる光属性の美少女はどこのどいつだ~い。


 

 ――ソルアだよ!



 いや、“どうか、されましたか?”じゃないって!

 君、凄い女の子の良い匂いするんだから、嫌でも気にしちゃうでしょ。

 流石にベッドじゃ寝られないって。


 そうして座布団を折りたたんで枕にし、床で直に寝ようとする。



「あっ……床で休まれるのでしたら、その――失礼、します」



 横向け、右腕も枕の一部として寝ていた俺の頭上から、ソルアの声がする。

 そして次の瞬間には頭の真横辺りに、ソルアがしゃがみ込む気配があった。



「どうぞ、ゆっくりお休みください――」

           


 不意に、頭が優しく持ち上げられる。

 そしてソルアがスッと少しだけ移動したのを感じた。



 ――次に頭が降ろされた時、その裏には至福の柔らかさがあった。



 座布団では決して感じることのない肉感。

 そして直ぐ傍から漂ってくる、ソルアの優しく甘い香り。



 ――これは、俗にいう膝枕というやつでは!?



 これはこれで眠れない時間を過ごすことになるのだった。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る