第5話 初めての観戦、そして初めての実戦
運動靴を履き、部屋の外に出てきた。
「……いない、か」
念のため1階部分、他の部屋を簡単にノックしたが反応はなく。
この分だと2階・3階も大差ないだろう。
……まあもしかしたら中にいて、でもノックしてるのが“
だが大声出してモンスターを呼び寄せることになるのは本意じゃないので、今はスルー。
アパートと道の境目、そこまで行って足が止まる。
「…………」
耳に届いてくるのは、平和とは無縁のモンスター達の声。
このアパートの敷地から1歩外に出るかどうかが、安全と危険を分けている境界線のように感じた。
そう考えると単なる1mもない歩幅を進むことが、とても大きな勇気のいる行為に思えてくる。
「ご主人様?」
「……いや、大丈夫」
同じく1歩分あるかどうかの距離、背後からかけられるソルアの声。
心配そうに気遣ってくれる言葉に、振り返らず答えた。
今ソルアの顔を見ると、甘えてしまいそうで。
甘えた考えが出てきてしまいそうで。
だからそれを振り払い、きっかけの一つにし、アパートの敷地の外へ足を進ませた。
「これ、は……」
知らない土地を探索気分で歩くときに生まれるような、ワクワク感や高揚感があったのも事実だ。
しかしそんなものは、道にある光景が視界に入ってきた瞬間に全て消え失せた。
地面、多数横たわっているのは、かつては“人だった物”。
その場に転がったままの自転車、壁や家・電柱にぶつかって大破している車。
血しぶきが家の石垣にも飛んでいて、新たな世界の日常を彩っている。
歩き慣れた道路は、もう知らない土地の獣道のごとく別ものとなっていた。
「っ――」
背後で、ソルアも言葉を失う気配が感じられた。
悲しんでいるようではあるが、しかし思ったほど動揺してはいなかった。
……やっぱり異世界の方が、こういう場面に出くわすことは多くあるのかもしれない。
「…………」
――そして新たな日常の光景の主役、モンスターも視界に映った。
「GOOOBUU!」
浅黒く、濃い緑色にも見える体色。
子供ほどの背丈。
何も身にまとわず奇声を上げている様子は、正に野蛮そのもの。
「“ゴブリン”……」
異世界ファンタジーの定番モンスターは、俺たちに気づかずにいた。
「GOBU! GOGYAAA!」
そしてその手に持った粗末なナイフを使い、死体をただただ切り裂き続けているのだ。
チッ、クソ野郎だな。
亡くなった人をも自らの欲求を満たすためだけに用いる姿は、見るに堪えない。
ムカムカ、生理的な嫌悪感がどんどん膨らんでいった。
「――丁度いいですね。ではご主人様、少しだけお待ちください」
そんなソルアの声が、後ろから横に通り過ぎるようにして聞こえた。
気づくとソルアは前に進み出て、俺が具現化させた“ただの剣”を構えていたのだ。
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●ただの剣 ★1
文字通り、ただの剣。
消耗品のごとく折れやすく、欠けやすく、壊れやすい。
最低限の武器としての機能のみ備えている。
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武器のレアリティーや見た目の平凡さなんて関係ない。
異世界の武器だから異世界人のソルアが持った方が手に馴染むかなと思って渡したが、凄く様になっている。
剣を手にモンスターへと向かう姿は、正に歴戦の強者の姿を想像させた。
これ以上の死者への愚弄を止めさせるためというように、ソルアはあえて気づかれるように近づいていく。
「GOBU? ――GOGYAAA……!」
そしてその狙い通り、ゴブリンがソルアの存在に気づき、死体を損壊する手を止めた。
ゴブリンはソルアの姿を目にすると、途端にその醜い顔を更に醜くさせる。
獣の欲望・興奮を隠そうともしない、卑しい笑み。
この極上の
「まずは私の力をご覧いただきたいと思います――」
だがソルアはその獣の露骨な性的視線を物ともせず。
俺に“散歩に行ってきます”と言うくらい軽い感じで進んでいった。
「GOBGYAAAA!」
ゴブリンが舌なめずりし、
「――【
だがその直後、ソルアの剣が強い光に包まれる。
刃の部分が輝きを帯びるように黄色く光った。
スキルか!
「GOBU――」
――次の瞬間、ゴブリンの首から上が僅かにずれる。
そして人形の首がポロっと取れてしまうかのように、胴体と離れ離れになったのだ。
遅れて、切断面からどす黒い体液がブシャっと噴き出した。
<所有奴隷“ソルア”がゴブリンを討伐しました。20Isekaiを獲得しました>
モンスターの討伐を確信する画面の出現。
それと同時に、ゴブリンの死骸も光の粒子となって消え去ったのだった。
「ふぅぅ……。――終わりました、ご主人様。あの、その……いかが、でしたでしょうか?」
ものの数秒で小鬼を倒してしまったソルアは、そんな圧倒的強さを全く鼻にかけず。
むしろか弱い少女が、試験の結果発表を待つ前のような、凄く不安そうな上目遣い。
……可愛いな、チクショウ。
「いや、十分です、うん、はい」
もうそれ以外言いようがなかった。
「そうですか! 良かった……」
ホッと胸を撫でおろす仕草もまた魅力的だし、その上下する大きな果実に思わず目が吸い寄せられそうにもなる。
だが同時に一つの疑問が頭を過り、そうした甘い思考を続けるのを許さなかった。
――あれっ? これ、ソルア一人で良くない?
命懸けの日々を生きていこうという真っ先に、早速自分の存在意義を疑う羽目になったのだった。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
「……よしっ、次は俺が」
とはいえ、俺の命がかかったゲームだ。
俺が体を張らないで、ソルアに全任せはダメだろう。
何よりいくら★5でソルアが強いからって、ソルア一人で対処できないことも必ず出てくる。
その時、少しでも俺が役に立てれば生存率はもっと上がるはずだ。
「わかりました。そうですね……でしたら、あのゾンビが良いんじゃないでしょうか?」
やはりソルアも俺が育つことの重要性を認識してくれているらしい。
頷き、30mくらい先にいるモンスターを指さした。
「……サポートは、本当に必要そうだと思った時で大丈夫だから」
「わかりました。お気をつけて」
ソルアの見送りを受けつつ、荒れてしまった道を進んでいく。
手に握るは、本当につい昨日まで鶏の胸肉を切るのに使っていた、量産品の包丁だ。
「…………」
「BOOOOOO」
健康を完全に害した体色、腐敗臭まで漂わせているモンスター。
ゾンビは異世界風の衣類を身にまとっているが、所々に虫食い穴のようなものができている。
防御力は“耐久のネックレス”を付けた俺より低そうだ。
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●耐久のネックレス ★2
装備することにより耐久が+5上がる。
一度に二つ以上身に着けることはできない。
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金属などで編まれたものではなく、紐に小さな宝石を通した簡素な物だ。
でも、これがあるおかげで少しだけ大胆になれる。
心のお守り・保険みたいなもんだ。
「っ!――」
距離が10mくらいまで迫った所で、一気に駆けた。
「んっ!?」
そこで、変化に気づく。
ゾンビが俺に気づいて見事な反撃にあい、万事休す……とかではなく。
――体、軽っ!
駆けだした時、風に背を押されてるのではないかと錯覚するくらい足取りが軽やかだった。
劇的な変化というわけではないが、動きのキレの良さに、心も軽くなった気がする。
【身体強化】の本領発揮という感じか。
「やぁっ!!」
その勢いのまま、包丁を一気に振り降ろす。
狙うは首元一択。
【身体強化】で上がった“筋力”、そしてゾンビの元々の耐久の低さからか。
刃は腐った肉を簡単に切り進んでいく。
――あれっ、意外にすんなり行った!
それは物理的な意味の他にも。
もっと自分自身、心理的な抵抗感や
正当防衛的な状況だったコボルトの時とは違う。
ゾンビ、即ち
深層心理に潜む平和に慣れ切った価値観みたいなものとかが、妨害してくるものとばかり思っていた。
「らぁぁっ!」
途中、少しだけ硬い部分に当たる。
骨だろうか。
しかし関係ないとばかりに力任せで切り進む。
この時も、思っていたほどストレスや忌避感はなかった。
「千切れろぉぉっ!」
「BO――」
首の最後の皮まで、包丁で断ち切った。
頭がゴロッと地面へ零れ落ちる。
<ゾンビを討伐しました。8Isekaiを獲得しました>
<レベルアップ! ――Lv.1→Lv.2になりました。 詳細:HP+2 筋力+1 器用+1 容量+1(ガチャ師 +1→+3)>
「おぉっ! レベルが上がった」
ゾンビの死骸、という表現が正しいかどうかはわからんが、それが光の粒子になって消える。
それと同時に、新たな画面が俺の成長を告げてくれた。
「お疲れ様ですご主人様。流石、完璧でしたね!」
ソルアも駆けてきてくれて、戦闘の成果を評価してくれる。
ソルアの目から見ても、悪くはなかったらしい。
「ありがとう。ソルアからすると全然だろうけど。――あっ」
そこでふと、一度でもコボルトを倒していること。
そして先にソルアの戦闘を見せてもらっていたことに思い至った。
「へっ? い、いえいえ! 私なんて全然です! もっと強くなって、ご主人様をどんな脅威からもお守りしたく――」
偶然の要素も絡んだとはいえ、モンスターを倒したことがあるという事実。
合わせて、ソルアが圧倒的な力量差を見せつける形で、モンスターを倒してくれたことがとても大きい。
異形の存在、未知の凶暴な敵という相手に対し、それらが入口を簡単にし。
そして心理的なハードルをグッと下げてくれたのだ。
「……ありがとう、ソルア。これからもよろしくな」
自分の討伐経験も関係してはいるが、やはりソルアが来てくれたということが大きい。
だから感謝の気持ちを伝えておきたかった。
ソルアは可愛らしく何かワタワタと告げていたが、一瞬キョトンとして。
そして何かに気づいたというようにハッとし、今度は俯き加減でボソボソと呟いた。
「は、はい? あっ――えっと、こちら、こそ……その、末永く、最後まで、よろしくお願いします……」
途中俺が遮ってまで言っちゃったからか、やり取りが何か嚙み合ってるような、噛み合ってないような……。
そんなちょっとよくわからない感じを残しながらも、この調子で外の世界の探索を続行するのだった。
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