第4話 涙の訳、そしてはじめまして

「っ!」



 考えるより先に、体が動いていた。

 宙から床へと落下する彼女を、両腕で受け止める。



「きゃぁっ――えっ?」


 

 衝突を予期していたのにそれが一向に来ない。

 そうしてキュッとつぶっていた目が、恐る恐る開かれる。



「あっ――」



 そして綺麗なブルーの瞳と、目が合った。


 

 ――うわっ、凄い可愛い!

 

 今まで出会った女性の中でも群を抜いて、飛び切りの美少女だと思った。


 それに凄い良い匂い!

 長く明るめな髪の揺れとともに、フワッと花の甘い香りがした。


 命がけの世界になってしまった恐怖や不安感とか。

 スキルが身について今後は超常的な力を行使できるようになるかも、なんていう高揚感や期待感とか。



 そうした色んな気持ちは、この一瞬だけは頭の中から消えてしまっていた。



「…………」


「…………」 



 長いまつ毛、大きくて優しそうな瞳。

 それが瞬き一つ挟むことなく俺の目、顔を見つめ続けていた。


 上背はあるが実際に両手で抱えていると華奢な印象を受ける。

【身体強化】やガチャで得た“筋力”の影響もあってか、この硬直した時間に腕が悲鳴を上げるということもなかった。


 ……よかった。

 せっかく上手くキャッチできたのに、耐えきれず落としちゃうとか、その後の雰囲気最悪だろうしね。



「えっと……その、大丈夫、か?」



 どこか打ってない?

 ケガとか大丈夫?


 そういう趣旨で軽く尋ねたつもりだった。



「あっ――うぅぅっ……」



 ――だがその瞬間、ソルアの目から涙が溢れ出てきた。


 

「えっ!? あっ、えぇ!?」 

  

「うぅっ、ぐすっ、ひぐっ」



 ど、どういうこと!?

 なんで!?


 結果的にボッチにお姫様抱っこされたのがそんなに嫌だった!?



「わっ、悪い! 何か気に障ったか!? あっ、やっぱり緊急とはいえいきなり召喚したのがダメだった!?」


「いえ、いえ……ぐすっ、違い、ます」 

 


 小さな首をフルフルと動かし、ソルアは否定してくれる。

 しかし依然としてソルアの涙は止まらず。

 ……なので俺の動揺も止まらず。



「えーっと……」


「……ぐすっ。誰にも、助けて、もらえず。親しかった、仲間にも、見捨てられて」



 だがしばらくすると、途切れ途切れながらもソルアは涙の訳を語ってくれた。 



「あのまま、私を罠にはめた男に買われて、私の人生、終わるんだ、と思って。だから、ご主人様に、買っていただけて、誰かに助けてもらえて、嬉し、くて」 


  

 感情が落ち着かず飛んだりする部分もあったが、何となくは理解した。



「あ~つまり。俺が助けてよかったってことで大丈夫?」


「っ! っ!」



 今度は力強く何度もうなずいて肯定してくれた。

 そっか、よかった~!

 

 お互いの意思疎通が何とかできたことにホッとする。

 ソルアもそれが嬉しいようで、涙は自然に引いて行った。


「…………」


「…………」

 


 しばらく無の時間が続く。

 ――っていやいや!



「……あの、一回降ろしても大丈夫か?」 


「えっ? ――っ~~~~!?」



 俺の問いかけでようやく我に返ったというように、ソルアの目が動いた。 

 そして現状を客観的に認識できたのか、か細い、声にならぬような音を口から発する。

 


「あっ、あの! そのっ!」


  

 腕の中、ソルアが何かを伝えようとするかのように、小さく身じろぎして動き出す。

 パタパタと、その細くスラっとした脚が上下。


 顔が朱に染まっていたので恥ずかしいのか何なのか……あっ!


 ちょっ、コラッ。

 君、スカート短いのにそんな動きしたら、み、見えちゃうから!



「降ろす、降ろすからちょっと待って!」



 立たせるようにして床へそっと降ろした。



「……あ、ありがとう、ございます」


「えっと、その、うん」



 お互いに気恥ずかしさがあってか、さっき以上にやり取りがぎこちなく。

 “お見合いか!”と言いたくなるような何とも言えない微妙な雰囲気が、しばらく続いたのだった。

 


□◆□◆ ◇■◇■  ■◇■◇ ◆□◆□   



「あむっ、んっ、美味しい、です」



 そのギクシャクした空気は、食事の時間を取ったことによって綺麗になくなっていた。



「こんな美味しい物、初めて口にしました……」



 ソルアは見る者全てを魅了するような、うっとりした表情。

 生き物のように伸びた舌先が、ふっくらとした赤い唇をチロっと舐める。

 


「あっ――いやんっ! ドロッとした、白い液体が、頬に……ご主人様からいただいた物、だから、ちゃんと、全部、食べないと……」  


 

 言葉通り、頬に付着した白い液体を人差し指で拭い、恥ずかしそうに口の中に持っていく。

 

 その様子に、俺は辛抱堪らず――




 ――いや、ミルククリームパンな!




 心の中、声を大にしてツッコんでいた。



 ソルアさんっ!?

 なんでそんなピンポイントな表現を口にするんですかねぇ!?


 清楚で可憐そうな容姿してるのに!

 逆にそれがグッときちゃうからやめろくださいお願いします!

 


「? どうかなさいましたか、ご主人様?」


「……いや、美味しく食べてもらえてるのなら、良かった」



 俺の言葉に、ソルアは何の疑いもない純粋な笑顔を浮かべる。

 その表情には、先ほど結晶越しに見たような絶望の様子はない。



「はい、とても美味しいです」

 


 感謝を示すようにして、顔の横に食べかけのパンを掲げた。

 ……仕草がいちいち可愛いな。


 またそのソルアの手首には、自由を縛る鎖もなかった。

 奴隷の所有者権限で任意の着脱が可能だったので、あの後直ぐに破壊したのだ。


  

「――さて。腹ごしらえも済んだことだ、色々と話したいことがある」 


 

 俺も味気ない食パンを2切れ食べ終え、改めてソルアと向かい合う。

 


「はい。まずは自己紹介を――」



 ソルアも居住まいを正し、キリッとした真面目な表情で立ち上がる。

 


「ソルア・ルクスティーと申します。教会で神官剣士をしておりました。この度はご購入くださり、本当にありがとうございます」

 


 胸元に手を当て、深くお辞儀。

 羽織るようにしているマントが揺れる。

 

 そこで改めて彼女の服装に意識が向いた。


 

 着ている衣服は教会や神官の清潔さ・清純さに、剣士の身軽さを足して2で割ったような感じだった。

 鮮やかな青と穢れない純白でできたトップスは、彼女の恵まれたボディーラインがはっきりわかるほどピタッとしている。

  

 ボトムのスカートも神官っぽい色合いを感じさせつつ、機能性や動きやすさを重視してか丈はかなり短い。

 


「ああいや、うん」


 

 どう答えたものかと曖昧な言葉で返事しながらも、玄関の土間へチラッと視線をやる。

 そこには青と白の2色を使った長いブーツが置かれていた。

  

 靴を脱ぐという行為ができることからわかるように、ソルアの足首にあった枷も、手首の鎖と同様に破壊してある。

 

 

「また、絶望的な状況から救い出してくださったこと、本当に、心から感謝しております」   


 今度はまた感極まる寸前のように言葉に詰まり、ソルアはただ目をつむった。

 多くは語らなかったが、今の短い感謝だけでもわかったことは多い。

 

 

 俺はガチャで引き当てた結晶を使い、ソルアを召喚した。

 だがソルア視点というか、異世界では“俺がソルアを実際に購入した”ことになっているらしい。


 今回は無料で回して引き当てた。

 だが本来ならガチャを回す際に使う通貨が、奴隷購入に充てられる資金に変換されるという感じになるんだろう。



「そうか。……そこまでは意図してなかったけど、結果的に助けになったのなら良かった」  


 そしてやはりあの場面、購入して良かったらしい。

 実は単なるプレイで、男たちとは親しい仲……とかではなかったと。


 良かった良かった。

 あの肥えた男に買われていたら一体どうなっていたか……。


 この場でソルアの口から詳しい事情はまだ語られることはなかった。

 だがあのままだと、おそらくR18展開になっていたことは想像に難くない。

 

 ……いや、俺が成人してるから別に良いじゃんとか、そういうことじゃなくてね。

 

  

「はい。――ですのでご主人様がこの世界で生き残るため、全力でお仕えしたいと思います」


 そういうと、ソルアは早速外に出ての実戦を提案したのだった。 

  

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