第41話とある弁護士side

 ついた先の扉。


 この場所か……。

 憂鬱な気分のままノックをすると中から現れたのは薄汚い女だった。


「なんだ、先生じゃない」


 開口一番の失礼極まりない言葉。

 それはいい。良くないが今は良い。誰だ、この女?


「何しに来たの?お偉い弁護士先生の来るところじゃないでしょ?」


 随分な言い草だ。

 それよりも、この女はさっきから私の事を『先生』と呼んでいる。どういうことだ?何故私のことを知っている!?


「もしかして、侯爵からの伝言でもあるの?魔力無しは孫じゃない、二度とその面をみせるな、って言われたのよね」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 だが内容は間違いなく彼女がエラ嬢である事を指示していた。

 

「き、君はエラなのか?一体どうしたというのだ」

 

「はあ?今更なに言ってんのよ」


 余りの変わりように呆然としてしまう。

 美しかった赤毛はくすみボサボサ状態、顔も黒ずんでいる上にブツブツだらけ。かすれた声からは臭いほどのアルコールの臭い。まるで浮浪者のような姿のエラ嬢に愕然とした。とても同一人物とは思えない。着ている服も以前とは比べ物にならない程グレードが落ちている。何日も洗っていないような汚らしい服だ。

 どれもが記憶にあるエラ嬢とは違いすぎて本人だとはすぐには信じられないものだった。

 何があったらこれ程までに落ちぶれるのか。

 信じられないものを見る思いだったが私は当初の目的を彼女に告げた。


 そして何故こんな場所で暮らしているのかも聞いたら、彼女は突然笑い出した。


「あははははっ!!ああ、おかしい。先生、銀行に行っても金を受け取れなかったらなるでしょ?」


 言っている意味が分からない。

 金なら銀行にある。


「養育費は十分すぎる位にあるはずだ」

 

「ああ、そこから?先生、私ね、ものすっごく有名になっちゃったの。裁判のせいじゃないのよ。意地悪な伯母と従姉があることないこと吹聴したせいでね!!あいつらが私と母さんの悪口を言いまわったに違いないわ!!銀行は私を拒否したのよ!!友達も無視するし!だから誰もお金を貸してくれなかったの!!もう、最低!!」

 

 何を話しているんだ?


「責任を取らせようとしたら伯母も従姉も引っ越しちゃって行方が分からないし!!パン屋は更地になっちゃってるし!!あいつら私から住む場所まで奪っていったのよ!!!信じられる!?あの糞ったれども!!」


 唾を飛ばしながら叫ぶエラ嬢は狂った笑みを浮かべて罵り続けた。


「それとあの男。あの男とその親達が何かしたに違いないわ!!そうよ、そうに決まっている。だってよく考えたら伯母さん達にそんな力はないわ。だって只の庶民だもの。銀行に圧力なんて掛けられっこないわ。アハハ!働こうにも何処も雇ってくれないのよ!私を雇ったらに目の敵にされるって!嘘つき!!私の味方だって言ったくせに!!あいつら口ばっかりじゃない!!!」


 内容を繋ぎあわせると大体の事は理解出来た。


 どうやらタナベル家を甘く見ていた我々の落ち度だ。

 銀行のシステムを彼らは変えたのだろう。

 なんらかの手段を使ってエラ嬢に金の引き渡しができないようにしたのだ。


 だから働こうとした。


 魔法医師の免許を剥奪されたとはいえ、彼女は優秀だ。にも拘らず就職できなかった背後には間違いなくタナベル家が関係している筈だ。友人達が離れていくのも当然だろう。彼女を庇えば明日は我が身だ。


 貴族ではなくなった彼女が最後に逃げた先が親戚のパン屋伯母と従姉だったのだろう。


 どうやら彼女は知らなかったらしい。

 彼女が悲劇のヒロインと化していた頃、伯母母娘は世間で激しいバッシングを受けていた事を。夜逃げ同然に逃げ出さなければならない程追い詰められた母娘を誰が責められよう。


 今まで守ってくれていた伯母が居なくなった段階で彼女に下町での居場所はない。産まれ育った下町の商店街の人達から拒絶され、逃げた先がココという訳か。


 彼女が落ちぶれた理由がよく分かった。


 地位と身分を失い、学歴すら塵と化した今のエラ嬢にまともな住居を貸し出す奇特な者は現れなかったのだ。



 


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