第18話とある教師side

 先月、魔法道具研究所に内定が決まっていた卒業生が内定を取り消された。

 理由は至極当然だと思った。

 悪意なく犯罪に加担した人間を国家公務員にする事はできない。

 なに、彼は優秀な研究者だ。他に幾らでも就職先はある――――この時の私は本気でそう思っていた。後から思い返しても愚かとしか言いようがない。タナベル家が何に怒っていたのか知っていたというのに。彼が――――ローガンは、エラ・ダズリン男爵令嬢とをするほど親しい間柄だった事に気が付いていたというのに。

 私がローガンの窮状に気付いたのは学院長室でエラ・ダズリン男爵令嬢の「罪」を知った時だった。


 

「嘘……ですよね。学院長。彼女が……エラ・ダズリン男爵令嬢が? ライアン・キングをはめた? 計画的妊娠って……」


「事実だ。停学処分にした生徒の余罪を刑事が調べたて分かった事だ」


「よ、よざい」


「取り調べの際に生徒が一向に反省した態度を見せず、寧ろ何が悪かったのか全く理解できていない様子から色々調べたらしい。刑事たちは彼が子爵以外にも騙されて違法な道具や薬を造ったのではないかと疑ったそうだ」


 学院長はそこで大きくため息を吐いた。

 その表情はとても疲れていた。この数ヶ月でめっきりと老け込んでしまったように見える。学院長はひとつひとつ分かり易く説明してくれた。まず、エラ・ダズリン男爵令嬢の妊娠は違法な薬と道具によってもたらされたものであり、ライアン・キングは性被害者である可能性が高い事、また彼女にそれらを提供したのがローガンだという事を。ただ、エラ・ダズリン男爵令嬢はそれらを否定している上に確固たる証拠を残していないので、あくまでも参考人として事情聴取をしたに過ぎない事も。かなり時間が経っているため恐らくローガンも証拠らしい物は何も残していない可能性が高い。専門家の意見を聞いた処、もしかするとエラ・ダズリン男爵令嬢の胎の子は『キメラ』の可能性があるとも言ってきた。


 私は目の前が真っ暗になったような気がした。


「全てが憶測の範囲内だ。だが刑事たちが私にわざわざ伝えにきたと言う事は、何かしら確信を得ているのだろうな」


 学院長が机の上で手を組んで目を閉じた。眉間にしわが寄り苦悩に満ちた表情を浮かべている。そして深い溜め息と共に口を開いた。


「このことはタナベル家も知っているだろう」

 

「え?」


 学院長の言葉の意味が一瞬分からなかった。

 知っている?

 タナベル家が?

 それの意味するところはひとつしかなかった。


「長き歴史を誇った魔術学院がまさかこのような形で終焉を迎えるとは……残念だ」

 

「学院長……」

 

「タナベル家にとってこの学院自体が攻撃対象だ。溺愛する息子を悲しませた全ての存在に報復するだろう。例外はない。かの家は知っている。キング侯爵家子息とダズリン男爵令嬢の結婚に学院側が祝福したことを」


「で、ですが、あれは二人が結婚すると思ったからこその祝いの言葉であって他意はありません!!」

 

「ああ、新聞や雑誌の記事を鵜呑みにした結果だな。知っていたかい?ダズリン男爵令嬢はそれらを扱う記者と親しい事を。何でも下町で親戚と暮らしていた時の友人らしい」


「学院長、ダズリン男爵令嬢は男爵家の庶子です。認知されたのは学院に入る前だそうですから、以前暮らしていた場所に友人がいてもおかしくありません」


「ははっ。確かにおかしくはないな。なにせ、彼女が男爵家に認知された庶子であることは学院では有名だったからな。本来なら隠しておくべき出自をあぁも明るく吹聴する者は珍しかった。彼女は貴族令嬢になって日も浅く貴族社会について何も知らなかったせいだろう。現に、貴族令嬢らしからぬ無邪気な生徒だった。これが高位貴族の庶子ならば何が何でも隠し通すであろうことも平然と他者に話していたようだ」


 エラ・ダズリン男爵令嬢は大輪の赤いバラのように綺麗な少女だった。明るく闊達で優秀な彼女は男子生徒からの人気を一身に集めていたのを覚えている。貴族子息の生徒も密かに憧れていた程に。

 自身の不幸な境遇に負けない健気な学生。

 男爵の庶子で認知されて引き取られる前は下町の親戚に育てられていたが、伯母と従姉に奴隷のようにこき使われ屋根裏部屋で寝起きをしていた事は有名だ。夕暮れ時の危険な時間帯にワザと買い出しにだされて暴漢に襲われそうになった経験すらある。一部ではその暴漢は実は伯母が雇ったのではないかと噂されている程だ。



 



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