第19話とある教師side


「可哀そうな境遇の少女がある日突然、魔力持ちに目覚めて実の父親に引き取られ貴族令嬢として魔術学院に通いエリートコースを歩む。年頃になれば学院の誉れとも言われるキング侯爵子息に見初められて妊娠。実に大衆向けのシンデレラストーリーだ」


 学院長の言いたいことが嫌でも分かる。

 今言った事は全て新聞や雑誌に掲載されたものだ。

 美男美女のお似合いの二人だと、学院中で噂されていた。ライアン・キングには学生時代からの恋人が居るにも拘わらずだ。卒業後も彼が恋人を溺愛していた事を知っていたというのにだ。ライアンの恋人が男だったから。優秀だが地味な男だったから。


 だから――



「二人を祝福する言葉を発した事が社交界で問題になっている」


「え?社交界?」


「ダズリン男爵令嬢は未婚でありながら体で目当ての男性を篭絡した阿婆擦れだと。しかも酔いつぶれた男の上に覆いかぶさる淫乱ぶり。子供ができた事を盾にして結婚を迫る略奪愛だというのに、それを当たり前に受け入れられる魔術学院の貞操観念と倫理観はどうなっているのかと、話題になっているらしい」


 それは学院の信頼が地に落ちる程の醜聞だ。特に貴族令嬢たちからは非難轟々だろう。

 

「更にダズリン男爵家は元々平民上がりの貴族だ。侯爵家と縁続きになるために娘を晒したのではないかとも噂になっている」


 学院長が深いため息を吐いた。まるで全てを諦念しているかのような表情だった。

 それは学院の存続だけではなく魔術学院で学んできたことへの信頼そのものが失われてしまったかのように思えた。

 

「もうこの学院はお終いだ。君にも色々と苦労をかけると思う。今までありがとう」


 そして、学院長は疲れ切った顔で頭を下げた。

 私がこの魔術学院で生活できるのはあと僅かだと言う事も理解した。来年の今頃はここにいないであろうことも。


 学院は間違えた。

 私たち教師、学生も。

 味方にならなければならない相手は、ノア・タナベルの方だった。


 媚びへつらい、機嫌を取らなければならない相手だったんだ。



『所詮は男同士の結びつきだ。子供の存在には勝てないさ。今回の件が無かったとしても何時かは破綻してただろうぜ』


『冴えない男のタナベルがキング侯爵子息と付き合えただけでもありがたく思っておくものだ』


『研究を理由に何日も研究室に泊まり込むこともあった男でしょう?幾ら愛があったとしても限度があるってものだわ。ライアン様が女に走っても仕方ないわよね』


『第一、男同士じゃ子供は産めないしな。正式に結婚できるわけじゃない。そんな不毛な関係なんかさっさと終わりにした方がいい』


『エラの方がずっとライアンにお似合いなんだから潔く身を引くべきだろう』


『いつまでもライアンに縋り付くみっともない男だ』



 吐いた言葉は無かった事に出来ない。

 本人に直接言う者はいなかったが、取材にきていた記者はそのまま記事にしていた。タナベル家が知らない筈はない。

 酷い言葉で罵られた相手は自分の息子、弟だ。

 家族を侮辱されて怒らない者はいない。


 我々、教師は学生時代の二人を知っている。熱烈にアタックしていたキング侯爵子息の姿を見ていた。どれだけタナベルを大切にしていたのか知っていた。

 それでも、キング侯爵子息が女性を孕ませたと聞いて思った事は「やっぱりな」だった。他の教員や学生も皆が似たような感想を言っていた。

 あれだけの熱愛を見ても、二人が何時か破局するだろうと信じて疑わなかったのは、ライアンがいずれ侯爵家を継ぐ存在だったからに他ならない。


 いずれ破局すると分かっていてもそれを口にするべきじゃなかった。

 面白おかしく記事にされると分かっていて言うべきじゃなかった。


 恩を仇で返す行為を我々はした。


『知らなかったんだ!!』


『ノア先輩の家が最大の出資者だったなんて!!』


『知ってたらあんなこと言わなかったわ!!』


 在学生たちが口々に叫んだ言葉。

 ローガンに「知らないでは済まされない」と言った言葉がブーメランとして突き刺さる。


 今年の卒業生はなんとか就職できるだろうが、きっと針の筵だ。現在、学生の者達は進学先や就職先を探すにしても大変な思いをするだろう。

 

 だからこれは当然の報いだ。


 無知は罪というが、その通りだ。

 


 



 


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