第17話とある教師side

 私は王国唯一の魔術学院の教師をしている。

 没落寸前の男爵家に生まれて「魔力持ち」だったお陰で進学と就職ができた口だ。魔術学院は「魔力持ち」のための学校だ。年々減っている「魔力持ち」を確保するために様々な特権がある。普通の学校に通うよりも遥かに便宜を図って貰っていた。


 そして、国民の多くがこの学校を国が運営していると勘違いしていた。

 多分だが、政府高官や大貴族が理事に多くいるせいだろう。学院側もあえて訂正はしなかった。混乱を避ける為だろう。それに、嫌な言い方になるが学院の輝かしい歴史の裏には実に俗物的背景があった。

 まだ「魔力持ち」が多くいた時代、それらの力を持つ者は貴族階級に多くいたのだ。

 要は、持つ者が自分の子女や一族の子供達のために最高の教育を受けさせるための教育機関。だからこそ未だにのまま今日を迎えた。




「やはり、タナベル家からの寄付は再開されないんですね」


「ああ……そんあに金が必要ならキング侯爵家に頼ればいい、の一点張りだ」


「それで肝心のキング侯爵の方はどうなんですか?」


「あの家は今それどころじゃないだろう。自分達の裁判にてんてこ舞いでとても話せる状態じゃない。学院に寄付をする余裕もないはずだ」


「…………ですよね」


 

 名門の大貴族が庶民に負けるなよ、と言いたい。

 もっともタナベル家ブルジョワを庶民と言うのは語弊があるが一応平民階級だ。


 学院の教師でありOBでもある自分が情けない。

 こんな状況になるまで寄付金の八割を担ってくれていたのがタナベル家だと気付かなかった。かの家が「寄付してます」なんて大きな顔してなかったと言うのもあるが、理事長たちがやたらと威張り散らしていたせいだ。てっきり彼らが寄付金を出していると思っていたんだ。まぁ、一割ほどは出していたが、それにしても他人が出した金でよくデカい顔ができたもんだ。図々しさにかけては彼らの右に出る者はいないだろう。


 だが、今回の一件で誰がどれだけ寄付していたのかが明るみになった。


『雀の涙ほどしか出さなかったくせにあれだけ威張り散らして口を挟んできたのか?!ふざけるな!!!』


 知った時は思わず叫んだ。

 叫んだのは私だけじゃないがな。

 教師と生徒の心の声が一致した瞬間だった。

 

 意外と気付かないものだ。

 魔術学院の成り立ちから現在に至るまで寄付金によって運営されているというのに、だ。先入観があったとしか言いようがない。寄付金は王侯貴族から賄われていた歴史が長い。金持ちの平民が運営を支えているとは言えなかったのだろう。貴族はプライドが高いからな。面子もあったんだろう。

 貴族理事たちの面子のために学院が廃校寸前まで追い詰められている。本末転倒とはこの事だろう。


 キング侯爵がタナベル家を怒らせたせいでこの始末だ。


 タナベル家は老舗の大店だ。下手な新興貴族より歴史の古い家ではあるが所詮は商人。知名度もあり大陸に支店を持つ資産家だが貴族ではない。キング侯爵は甘く見たのだろう。無謀にも力押ししようとしたらしい。その結果がこれでは目も当てられない。しかも相手が悪い。相手が只の商人ならまだしも、タナベル家だ。

 タナベル家は王国随一の財力と影響力を持つ商会のトップだ。そして王国経済の半分を握っているとも言われている。そんな相手に正面切ってケンカを売るなんてバカのすることだ。それもこれも両家の息子達の痴情のもつれが原因なのだから呆れるしかない。


 そのキング侯爵は今、パワハラで訴えられている。


 どうやら、偉ぶっていたのは学院だけでは無かったらしい。

 過去の被害者達が一斉の訴訟を起こしたのだ。被害者の大半が平民。一部、貴族もいるが男爵家や子爵家出身の下位貴族ばかり。通常なら泣き寝入りするはずだが、今回ばかりは違った。


「バックにタナベル家と一流の弁護士が揃っていれば訴えるわな」


 私は溜息をついた。

 この裁判に負ければキング家の求心力は落ちる。

 今でも十分落ちているが、それの比ではない筈だ。

 学院としても学院の評判を下げるわけにはいかない。だから理事会から去って欲しいのだが頑なに拒むのだ。もうキング侯爵は終わったようなものだというのに。


「ところで他の理事たちはどうなったんですか?」

 

「……辞めていったよ」

 

「…………でしょうね」


 流石は貴族。逃げ足だけは天下一品だ。

 この学院自体が泥船のようなものだからな。逃げ出す気持ちも分かる。

 私だって逃げ出したい。今すぐに。しかしそれはできない。私にだって教師としてのプライドはある。貧乏くじを引いたと分かっていてもだ。生徒もまだ残っているうちは最善を尽くす。それが大人の役割というものだ。


 


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