その日暮らしで叶える夢

 寿命を削って、お金を貰う。そういう契約を、私は死神と結んだ。何も恐ろしいことではない。普通に働いているのと変わらない。違うのは煩雑な作業をこなすか、否かというだけ。


「今月はいくら分の寿命を捧げるんだ?」


 アパートの大家さんが家賃を徴収するかのように、死神のイールは私に問いかける。


「家賃がだいたい8万でしょ。夏だから、エアコン代のことも考えると電気代は……これぐらいか。食費とか娯楽代とか、その他もろもろ考慮して……。20万円分でいいかな」


 電卓を叩きながら、おおよその金額をはじき出す。計算が終わると、イールと一緒にマーマレードを塗った食パンを食べる。


「おいおい。また20万かよ。これで5回連続だ。1ヶ月しか寿命を削れないじゃないか」


 口についたマーマレードを指で拭きながら、イールは文句を垂れる。もう片方の手にはいつの間にか札束を持っており、バサッと机に放り出した。寿命の重さが食卓に伝わる。


「たくさん寿命が欲しいなら、私みたいな堅実な女じゃなくて、ギャンブル狂のやつでも捕まえたら?」


「そうしたいがね。契約結んじゃった以上、あんたが死ぬまで、俺はあんたを見てなくちゃいけない」


「そういえば、そうだったね」


「苦労こそしねぇが、退屈だな。この調子だと、あと30年はかかりそうだ」


 食パンを食べ終えたイールはテレビをつけると横になりながら見始めた。堂々と暮らしているが、私以外には見えないらしいので問題ない。お金をもらって生かされている以上、私の方から邪険に扱うこともしない。本当は、もうこの世にいなかった人間なわけだし。


「はぁ。あんたは速攻で死ぬようなやつだと思ったんだがな」


「イールに慧眼がなかっただけだよ。私にはまだ、やり残したことがあったからね」


「なら、なんであの日、死のうとしたんだ?」


「何度も言ってるけど、会社に行きたくなかったから。それだけ。今は会社に行かなくても生活できるから、頑張って生きてる」


「その理由がわからんね。会社に行きたくないのは、癖のある上司がいたからだろ?転職すればいい話じゃないか」


 私も食パンを食べ終えたので、皿を二枚分片付ける。台所まで行って、話を再開する。


「簡単に言わないで。今の時代、転職するのも楽じゃないの」


「死ぬほうが楽だとでも言いたそうだな」


「そういうつもりはないけど。まぁ」


 カチャカチャと雑に食器を片付ける。ふと、あの日のことを思い出す。


「あの時イールに会えて、ラッキーだったと思うよ」


「はっ。死神と会えてラッキーだなんて、あんたは図太いな」


 退屈そうなイールはテレビのリモコンであてもなく番組を入れ替えている。ちょうど朝の報道番組が映ったところで、操作をやめた。


「だって、こんな楽な生活になったんだもん。ラッキーと言わずしてなんというの」


「どんどん死に近づいていること、忘れてねえよな?」


「もちろん」


「それならいいや」


 ふと時計を見上げる。8時を回りそうだった。そろそろ日課を始めなくては。

 私はパソコンを立ち上げ、サイトへアクセスする。


「まぁた文字ばっかりのか?」

「小説サイト、ね」

「今日はなんだ。書くのか読むのか」

「読むほう。色々勉強したいし」


 メガネをかけ、髪を後ろで1本にまとめると、その膨大な量の文字を解読する作業に入った。


「それがやり残したこと。だったな」

「うん」

「どうだ。達成できそうか」

「まだまだ」


 私の夢は小説家。小さい頃からの憧れだ。社会に出てやさぐれた気持ちになっていても、小説を読むことだけはやめられなかった。


「さっさとやりきって死んでくれよ」


 イールはおしりをボリボリ掻きながら、気だるそうに言う。


 寿命を犠牲にして手に入れた、その日暮らしの生活。


 夢を叶えるには、うってつけの環境だ。


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