アンラッキーセブン、なな

MURASAKI

ななと七

「なな、って名前いいね! 凄く運が良さそう」


 新学期でクラス替えがあるたびに、必ずこう言われるのが嫌だ。


 私の名前は「安楽あらくなな」。“なな”という名前は両親には悪いけどあまり好きじゃない。なぜなら、小学校の時は男子から名前を文字って「アンラッキー7なな」とあだ名を付けられるくらいに不幸体質だからだ。

 どれくらい不幸かというと、道を歩けば必ず何かを踏んでしまう。犬の落とし物はまだマシで、なぜか落ちていたバナナの皮や、投げられた手裏剣には必ずヒットし、自分の投げたクナイが相手に届く前に無関係な通行人に当たってしまったりとか……今日も、お気に入りブランドのリップを買いにわざわざ電車を乗り継いで街まで出てきたのに、私の欲しい色だけが売り切れだった。


 え? 一般人はまきびしを踏まないし手裏剣を投げられない? そう、最大の不幸は私が忍者の末裔に生まれたこと。


 一般人に紛れてごくをこなし、ついこのあいだ中学三年生を卒業したばかりの私は、春からの新生活に思いを馳せつつこれからの生き方に悩んでいた。思春期によくある悩み。進学する高校でも不幸体質を発揮して「アンラッキー7なな」なんてあだなを付けられてしまったら、高校卒業までの三年間が辛すぎる。ただでさえ忍者とバレないよう生活するのも大変なのに。


「そんなに“なな”って名前、運が良さそうに見えるのかな」

「僕は良いと思うカー」


 ぼそっと呟く声に呼応するように、住宅街の塀の上から私の肩に飛び乗ったのは真っ黒な一羽のカラス。使い魔と言われるそのカラスは、私の相棒のかーくんだ。


「かーくん……私、完全に名前負けしてると思うんだよね」

「そんなことないカー! だってななは僕と出会えたんだカー……あ! なな、危なぃ……」


 相棒がまだ話している途中だけど、住宅街の道路に見合わないスピードで走ってくる大型トラックをかわす。華麗にジャンプしてへいに飛び乗り、トラックをやり過ごした。


「あっっっっぶない! なんでこんな住宅街をあんな大型トラックが走ってるの」

「避けられたんだから良かったじゃないカー」

「まあ、そうなんだけど……アッ」


 道路に降りようとしたら、ひとりの男子が私を見上げている。と量が多めの前髪は目の半分以上を覆い、マスクをしているから顔立ちが全く分からない。それなのに、前髪で隠れて確認できないはずの目はギラギラと光って……まさか、敵?


「っ、あなたは?」


 思わず身構える私に、前髪もっさり男子が答える。


「あんた、そんなの履いてたら男にモテないぞ」

「ふえ?」

「いちごだらけのぱんつなんて、女は可愛いと思ってるかもしれないけど、男は萎える」

「ひ、ひゃあああ!」


 そう言えば、今日はミニスカートを履いていたんだった。制服を着ているときはスカートの下に学校指定の短パンを履いていたけど、今は私服。完全に油断していた。

 スカートを押さえつつ塀から飛び降り、記憶消去の術をかけようと詰め寄る。けど、この男子は前髪がもっさりすぎて目が見えない。目と目を合わせないと術は発動しないので、何とか前髪を上げさせないといけない。どうしよう?


「私の秘密、見たんでしょ? あなたも見せなさいよ!」

「あんたが勝手に見せたんだろ?」

「が、ガン見しておいて……私が悪いと言いたいの?」

「こっちだってお子様のぱんつなんて見たいと思わないさ」

「お、お子様!? あなたは何歳なの? 年齢とし年齢としだったらこのまま警察に駆け込むんだから!」


 警察に駆け込むという脅し文句に、前髪もっさり男子は流石にたじろいだ。


「俺は十七歳だ! あんたとそう年齢は変わらないだろ」

「なんで私の年齢を知っているのよ」

「あ、しまった。それは……」

「やっぱり同業者!? 記憶を消すっ!」

「いちごぱんつちゃん、それは今のあんたじゃ無理。じゃあな」


 そう言うと、前髪もっさり男子は颯爽とその場から消えた。悔しいけど、私のレベルの上を行くアイツを追うのは無理だった。


「どうしてこう、次から次へとアンラッキーが起きるのかなぁ」


 同業者を逃したことも、スカートの中を覗かれたことも、忍びとして情けなくなり思わずつぶやく。


「それはアンラッキーじゃなくて修行が足りないんじゃないカー?」


 もっともな指摘をかーくんから受け、しょんぼりと肩を落として家路についた。




「な、な、なんであなたが家にいるのぉぉぉ!?」


 家に帰ると、あの前髪もっさり男子改め覗き忍者が自分の家にいるかのようにリビングに座ってお茶をすすっている。


「なな、お帰り。今日から一緒に修行することになった七尾ななおひびきくんだ。ななよりひとつ学年が上だから先輩になるな。挨拶しなさい」

「お、おじいちゃん! コイツ、私のぱん……」

「俺はラッキー7セブン七尾響ななおひびきだ。よろしくな!」


 私のスカートを覗いたくせに、それを訴えようとするといちいち発言を被せてくるの何? ラッキー7セブンってでしょ?

 おじいちゃんに言われたら、私は逆えない。

 高校生活も、やっぱりアンラッキー7なな確定じゃん……不幸ぉ~!



 このときの私は知らない。このアンラッキーがラッキーセブンに変わることを。

 だけど、それはまだ数年先の話。

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