お題:魔王もの
魔王城、その最奥である王座の間。先ほどまで魔物で溢れかえっていたその場所には、今は魔王ただ一人が玉座に座すのみ。魔王は誰もいないのをいいことに、だらしなく足を投げ出して深いため息をついた。
「私の命運もここまでか……」
魔物たちは勇者一行の相手をしている。いつも口うるさい側近も同様だ。魔王軍筆頭騎士たちと同等、それ以上の力を持つ側近ならば、うまく勇者を追い返すのではないかと想像し、一瞬でその考えを消し去る。
魔王は知っていた。勇者の実力を。あの勇者ならば側近にうまく立ち回り、この王座の間までたどり着くだろう。そうでなければならない。なにしろ、あの勇者を育て導いたのは紛れもない魔王自身なのだから。
魔王は以前、賢者として勇者のそばにいた。
村を出たばかり勇者は、ただの少年だった。新しいものを見て目を輝かせ、魔王の作った飯を食って美味いと笑い、夜は眠れないからと寝物語をねだるようなただの愛らしい少年だった。しかし、彼は同時に勇者だった。魔物に怯んだのも初めての戦闘の一瞬のみで、彼は躊躇うことなく魔物を切り捨てた。魔王はその時に思ってしまったのだ。
この少年を、真の勇者に。
魔王が勇者のそばにいたのは、勇者を殺すためだった。魔物たちには魔王がいなくてはならない。彼らは純粋ではあるが、純粋が故に本能にも忠実であったため人を容赦なく襲う。時には食料として貪り、時には欲望のために弄ぶ。魔物が人を滅ぼすのにそう時間はいらない。だが、人がいなくては魔物は生きていけない。だから魔王が魔物を統率し、人類を守るのだ。人類がそれを知らないまま、勇者を魔王へ差し向けても、魔王は二つの世界を守らなければいけない。
しかしここ数百年、勇者が魔王を倒すことはなかった。魔王が強すぎたのだ。魔王は長い間その地位に就き、使命に生きていた。魔王は疲れていた。寿命のない身体に変わらない生活。憎悪に燃える眸で睨みつける歴代の勇者たち。魔王の精神はすり減っていた。今回の行動も気晴らしが目的で、ある程度満喫すればすぐにでも勇者を殺すつもりだった。
だが、魔王は勇者との生活が楽しいと思った。楽しんでしまった。勇者がかけがえのないものになってしまった。もし殺されるのなら、この勇者がいいと、魔王は願った。
だから、魔王は賢者の死を偽装した。いつもつけていたペンダントに少しの血を付着させて置いてきた。
階下の喧騒が止んだ。側近が倒されたのだろう。もう間も無く勇者たちがやってくる。勇者は賢者が魔王であることを知らない。この姿を見て賢者だとわかるはずもないが。気づいて欲しいと思いつつ、魔王はどうか気づかないでくれと祈った。
扉の前に人の気配がする。たった一人だけ。仲間は途中で死んでしまったのだろう。その気配が勇者であることなど魔王がわからないはずもなかった。ギギギと重い扉を開けて、勇者はやってきた。魔王は拳を握って立ち上がる。
「よくぞここまで辿り着いた。勇者よ」
階段をゆっくり降りながら、魔王は手を広げて勇者を迎えた。勇者は息を呑み、驚愕の表情を浮かべている。無気味な空に浮かぶ美しい満月が二人を照らしていた。
「さあ勇者、私と戦え」
勇者は震える手で聖剣を握りしめ、その矛先を魔王へと向ける。
勇者の胸元のペンダントが、きらりと光った。
魔王もの @yao_syousetu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます