episode49「Welcome to Zalfari」

 かつて、その力で一つの国を破滅へと追いやった魔法遺産オーパーツ……賢者の石。

 三十年前、テイテス王国を崩壊させたその悲劇は赤き崩壊レッドブレイクダウンと呼ばれ、忌まわしき記憶として世界の歴史に刻み込まれた。

 制御出来ない膨大な力を持つ賢者の石だったが、ソレを制御する方法が一つだけあった。それが、ミラル・ペリドットの持つ魔法遺産オーパーツ、聖杯である。

 テイテス王国での悲劇の引き金の一つとなった少年、ルベル・Cチリー・ガーネットは、ミラルと出会い、賢者の石を破壊するための旅を始める。

 チリーとミラルは、賢者の石、聖杯、そしてそれらを生み出した太古の存在、原初の魔法使いウィザーズ・オリジンの謎を紐解くため、ウヌム族の里へと向かった。

 ヘルテュラシティで出会ったシュエット・エレガンテを案内人として、ウヌム族の里へ向かうチリー達だったが、そこで賞金稼ぎの女、シア・ホリミオンからの襲撃を受けることになる。

 赤き崩壊レッドブレイクダウンで賢者の石の力を浴び、エリクシアンとなったチリーと、魔力をコントロールする魔法遺産オーパーツ、聖杯を持つミラル。二人は、大陸全土を侵略する大帝国、ゲルビアの皇帝によって賞金首となっていたのだ。

 しかしシアはウヌム族の里の出身であり、その真の目的はゲルビアによる襲撃を受けている里を救うため、賞金首であるチリー達を差し出すことだったのである。

 チリー、ミラル、シュエットはシアを伴い、ゲルビア兵から里を救うために里へと急いだ。

 ゲルビア帝国のエリクシアンとの戦いの中で、窮地に陥ったチリーは自身の中に眠る賢者の石の力と対話することになる。

 対話の中、赤き崩壊レッドブレイクダウンは賢者の石の暴走ではなく、”元々破壊を目的として作られた”賢者の石が引き起こした何らかの意志が介在する事件だったことが判明する。

 その事実に戸惑いながらも、自身に宿った破壊の力を、守るために使うと改めて決意し、チリーは賢者の石の力を自身の制御下に置くことに成功するのだった。

 そしてチリー達は、ウヌム族が信仰する原初の魔法使いウィザーズ・オリジン、ウヌム・エル・タヴィトの遺した予言を知ることになる。



 赤き石が目覚めし時、器が満たされ、天より降りたる鋼の巨兵が滅びを齎す。テオスの使徒が蘇り、全てが闇に葬られん。


 東国に眠りし虹の輝きが、闇を照らす剣となる。



 不穏な予言を読み解き、東国に眠る虹の輝きがこの先の戦いにおいて重要な意味を持つであろうことをチリー達は察する。いずれ、必ず東国へ向かわなければならないだろう。

 そしてシアの祖母、サイダの占いを受け、シュエットとシアはチリー達の旅に同行することになる。

 占いが示した次なる目的地は赤き崩壊レッドブレイクダウンが起こった、終わりと始まりが混在する場所、テイテス王国。

 チリーは、自身の過去と向き合うため、三十年前の旅の出来事をミラルに語る。

 親友であるニシルとの旅や、青蘭との出会い、そして……ミラルとそっくりな顔をした少女ティアナ・カロル。

 孤児院で生まれ、何者でもなかったチリーとニシルが、何者かになるために始めた旅。それは、赤き崩壊レッドブレイクダウンという悲劇によって凄惨な結末を迎えた。

 始まりと喪失の物語を終え、チリーは改めて再起を決意する。

 ミラルと、そして新たな仲間達と共に運命を切り開くために。


 赤き石を巡る伝説が、もう一度幕を開ける。





***



 アルモニア大陸は現状、その大部分がゲルビア帝国の領地となっている。ミラルやシュエットが暮らしていたアギエナ国のように、小国ながらも交渉や貿易でどうにか独立状態を保っている国はかなりの少数である。

 チリー達がこれから向かうテイテス王国も、その少数国の一つだ。

 古の魔法使い達の時代から続いているとされているテイテス王国には、かつていくつもの文化遺産が遺されていた。その希少性故に、近隣諸国とは不可侵条約が結ばれており、現在もそれは続いている。

 もっとも、テイテス王国に遺されていた遺物や遺跡は全て赤き崩壊レッドブレイクダウンによって跡形もなく消失しているのだが。

 ウヌム族の里から数日歩いて、チリー達は徐々にテイテス王国に近づきつつあった。チリーにとっては二度目の旅路だったが、当時はティアナのこともあり、景色もロクに見ないで先を急いでいたせいでかえって新鮮な旅路となった。

 そしてその道中、チリーは三十年という月日の長さを改めて思い知ることになった。

「……まさかこんな場所に集落が出来ていたとはな」

 アギエナ国とテイテス王国の国境は、なにもきっちりと分かれているわけではない。

 国境であるヘルテュラシティを出てテイテス王国までの道は、ウヌム族の里や森も含めてどの国にも属さない土地だ。街路なども整備されていないのである。

 そんな場所に、各地から流れ着いた者達が集まったのがこの集落だ。地図にないこの地の呼び名はいくつかあるが、最も使われているのが”ザルファリ”らしい。

 チリーからすれば何もなかったハズの場所に簡単な民家らしきものだけでなく、小さな市場まで広がっているのだから驚きを隠せない。その上、昼間なせいかある程度賑わってすらいる。

「あ、そっかアンタは長いこと不貞寝してたんだっけね。知らないわけだわ」

「不貞寝じゃねえよ!」

「不貞寝でしょーが! あたしもするわよやらかした後は」

 怒鳴るチリーを適当にあしらいつつ、シアは気持ちはわかると雑な同意を示す。

「あはは……」

 あまりにもスケールの小さい例えに後ろで苦笑するミラルだったが、チリーとシアの言い合う光景には少しホッとしていた。

 チリーの過去を思えば、案外このくらいの感覚で接する相手がいた方が良いのかも知れないと思える。過去の傷を腫れ物のように扱うよりは、こうして少しずつ馴染ませてしまった方が良いだろう。

 喪ったものは多く、引き金を引いてしまった罪の十字架はあまりにも重い。どうせ自分で抱え込んでしまうのなら、誰かがそばでなんてことないようにしてくれた方が楽になれるかも知れない。

 そんな風に出来ない自分が、ミラルは少し悔しいと思えたくらいだ。

「心配するなチリー。俺も全然知らん」

 ヘルテュラシティから滅多に出ることのなかったシュエットも、ザルファリについては何も知らない。

 堂々とした表情で肩を叩くシュエットに、チリーはジトッとした目線を向けた。

「……なんか、お前と一緒にされるとムカつくな……」

「なにィ!? 折角人がフォローしてやってるのになんだそれは! 俺も不貞寝してやるぞ! 三十分くらいな!」

「勝手に寝てろアホ!」

 声を荒げながらも、チリーはどこか楽しそうに見える。

 ミラルと出会ったばかりの頃は塞ぎ込んでいたチリーも、最近は明るい表情を見せることも増えてきた。

 この先、どんな旅路になろうとも、旅の終わりで全員一緒に笑っていたい。強く願うだけでなく、そのための努力を決して惜しまない。

 一人で固く決意していると、不意にチリーがミラルへ視線を向ける。

「何ニヤニヤしてんだよ……」

「うん、なんか眺めてるのが楽しくて」

「勘弁しろよ。こっちは喧しくてしょうがねェ」

 照れくさそうに本心を隠す姿が、妙に微笑ましかった。

「で、このザルファリってのはなんなんだ?」

 やり取りが一段落したのを見計らってから、チリーが話をザルファリへ戻す。

「まあ、流れ者の集落ってところね。アンタみたいなお尋ね者や、あたしみたいなのが身を潜めてることが多いわね。詳しい経緯はあたしも知らないけど」

 シアの話によると、ザルファリという集落が出来たのはほんの十数年の間の話らしい。

 ゲルビア帝国の侵略により、戦災から逃げ延びた者達が身を寄せ合ったのがザルファリの始まりだという。

「ほら、この辺りって微妙にデリケートじゃない? 不可侵のテイテスと、ゲルビア友好国のアギエナの間だから、ゲルビアからはあんま手出しされないのよね」

「なるほど。それでゲルビアからのお尋ね者にとっては好都合ということか」

 頷きながら調子を合わせてシュエットが言うと、シアはそーゆーこと、と相槌を打つ。

「まあそれでも認知はされてるから、長居すると流石に捕まるわよ。年に何度かは連中もここに顔出すし」

 つまるところ、ザルファリはグレーゾーン故にある程度は見逃されている、と言ったところだろうか。流石に帝国側も、本格的に捜索している場合はここへも乗り込んでくるようだ。

 今のところ、ゲルビア帝国が滞在しているようには見えなかったが、長居すればチリーとミラルも見つかることになるだろう。

「シアさん、詳しいんですねぇ」

「当たり前よ。あたし住んでたんだから」

 平然と言ってのけるシアに、ミラルは一瞬ぎょっとしたが、すぐに納得する。

「あ、借金……」

「そゆこと。アンタをゲルビアに突き出せば帳消しにしてくれるって言われたんだけどね。惜しいことしたかしら」

 シアはウヌム族の里を飛び出した後はゲルビアに流れ着き、博打で負け続けて借金だらけになっているのだ。

 彼女がチリー達に会う前はバウンティハンターをやっていたのも、借金を返済するためである。

「お前、その……どのくらいあるんだ……借金は」

「覚えてない」

 恐る恐る問うシュエットにぴしゃりと言い放ち、シアはややわざとらしく話題を元に戻す。

「ザルファリの連中はアンタらの顔見ても驚かないし、ゲルビアに突き出したりもしないわ。少し休んでいかない? あたしもう野宿無理」

 うんざりした顔でそう言うシアの隣で、ミラルは小さく頷いて同意する。

 なるべくなら、屋根と布団のある場所で眠りたいものだ。

「なんでそう言い切れンだよ」

 ふと、チリーの視線が鋭くなる。

「ここの連中も大抵はお前と同じで金に困ってンじゃねえのか? そんなとこに賞金首がのこのこやってくりゃ、突き出すだろ」

「あー、それは大丈夫よ。一応ね。ここにもちょっとした掟があるから」

 ザルファリにはならず者が多い。それでも一つの集落として成り立っている以上、ルールは存在する。

「お互いに絶対に詮索はしない。勿論身柄を売るのもダメ。喧嘩は両者合意の元ならオーケー」

「ただの口約束じゃねえのか? 破ったらどうなるって話でもねえんだろ?」

「……破ったらぶち殺されるわよ」

 低く、ドスの聞いたトーンに、近くでミラルとシュエットが肩をびくつかせる。

「誰にだよ」

「……”ザルファリ”に、よ」

 パッと聞いてもよくわからないシアの言葉に、他の三人は顔を見合わせた。



***



 シアに案内され、チリー達は集落の中にある一件の小屋にたどり着く。どうも、ザルファリに来たら挨拶をしなければならない相手がいるようなのだ。

 その小屋は木で作られた簡素な作りの小屋で、最低限雨風をしのげる程度と言ったところだろうか。かなり年季が入っているが、よく手入れされているように見える。

 たどり着くやいなや、シアは入口についているボロ布のカーテンを開いて中へ入っていく。

「バルーチャ、いるー?」

「その声はシアか。入ってくれ。連れもいるな? 全員入ってくれ」

 シアが手招きするので、チリー達も中へ入っていく。

 小屋の中は、ほとんど何もなかった。

 薄汚れた毛布とカーペット、あとは最低限の調度品がある程度である。

 部屋の中央には、長く黒いドレッドヘアの男があぐらをかいていた。

 体格の良い男で、長い前髪は真ん中で分けられている。浅黒く健康的な肌色で、引き締まった体つきの初老の男だった。

 目を閉じ切っており、シア達のことは恐らく視覚的に見えていない。しかしその顔ははっきりとシア達の方へ向けられていた。

「紹介するわ。彼はバルーチャ・ザルファリ。ここを取り仕切っている男よ」

「そんな大層なものじゃない。何もないところで悪いが、適当に座ってくれ」

 そこでチリー達は、ようやくシアの言葉の意味を理解する。

「なるほどな。掟を破ればこいつにぶち殺されるってわけか。ったく、もったいぶった言い方しやがって」

 バルーチャをあの時あえてザルファリと呼んだのは、シアのちょっとした悪戯心だったのだろう。あの言い方ではややこしくてわかりにくかったが、集落の名称ではなく”バルーチャ・ザルファリ”を指しているのだとわかれば納得出来る。

 恐らく地名の由来も彼からきているのだろう。

「確かにこいつなら大抵の奴は始末出来そうだな。シュエットより強ェだろ」

「俺を引き合いに出すのはやめてもらえないか?」

 不満げなシュエットを放置しつつ、チリーはバルーチャを観察する。

 視力はないようだが、一切隙がない。恐らくどこからの攻撃にでも瞬時に対応出来るだろう。視力以外の感覚が研ぎ澄まされているのかも知れない。

 どことなくラズリルの雰囲気に近い。恐らく何度も、殺しの修羅場をくぐり抜けてきた人間だ。

「……驚いたな。エリクシアンか」

 チリーに顔を向けつつ、バルーチャは感嘆の声を上げる。

「よくわかったな」

「お互い様だ。佇まいでわかるだろう? 君にはまるで勝てる気がしない」

 バルーチャはおどけて肩をすくめて見せながら、小さく笑みをこぼす。

「よし、聞かれる前に先に言っておこうか。聞きにくいかも知れないしな。俺の目は戦争中にやられた。見えない。だが他の感覚でわかる。音や臭いでな。ちなみにどうやってやられたかは……聞かない方がいい。蝿の羽音を聞いてる方がマシに感じるくらいの話になるぞ」

 流れるように喋り続け、バルーチャは一息つく。

「あと俺は、偉いわけじゃない。ちょっと人より腕っぷしが強いだけだ。取り仕切ってるというと……少し語弊がある」

「よく言うわよ。聞いた話じゃ、百人以上は鉄拳制裁で埋葬したって」

「昔の話だ。最近はここも治安が良い。みんなが約束を守ってくれるからな。あと埋葬はしていない、すごくボコボコにしただけだ」

 このザルファリと呼ばれる地が集落として成り立っているのは、このバルーチャという男が力でルールを押し通しているからなのだろう。

 そこだけ聞けばとんでもない男だが、纏っている空気は妙に温和だった。

「俺は頭が悪くて、きれいなルールは作れない。ここの連中もみんなそうだ。だから、わかりやすく力を使うしかなかった」

 バルーチャは、力をルールとして割り切っていた。最低限のルールを作り、破れば制裁を加える。極めて簡単だが、それと同時に野性的で、残酷だ。同時に多少合理的でもある。

「つまり俺が死ねば、ここは無法地帯になるよ。その時はシアがなんとかしてくれ」

「冗談じゃないわよこんなとこ」

 シアが素っ気なく答えると、バルーチャは薄く笑う。

「……」

 バルーチャの話を聞いて、ミラルは考え込む。バルーチャのやり方は、決して褒められたものではない。ただ方向性が違うだけで、やっていることはゲルビアとほとんど変わらないだろう。

 自身のルールを強いるために力を用いること、それ自体を是とすることは出来ない。だがその一方で、この地ではそれが最適解であることも理解出来た。

 ザルファリはどこまでもグレーな地だ。白黒はっきりとつけないのが、正解の時もあるのかも知れない。

 そんな風に考え込むミラルの様子を察して、チリーはミラルへ視線を向ける。

 しかしその視線だけ受け取って、ミラルは首を左右に振った。

 以前のミラルなら、こんなやり方は納得出来なかっただろう。今だって、快くは思わない。

 だが、この地にはこの地のやり方がある。簡単な気持ちで口を出して良い問題ではない。

「少し動揺しているようだな。君達からすれば、俺も悪党みたいなものだろう」

「あ、いや、そんな……」

 心の内を見透かされ、ミラルは慌てて否定しようとする。

 そのやり方に疑問が残るだけで、ミラルは決してバルーチャを悪党だなどとは思っていない。

「ふっ……まあなんだ。バルーチャは良い奴なんだろう? なら問題ないじゃないか」

「はは、そう言ってくれるのは嬉しいが……暴力だけで人を律する人間を良い奴とは言わないよ」

 シュエットにそう答え、バルーチャは自嘲気味に笑う。

 バルーチャ自身、あくまで自分のやり方を善だとは考えていなかった。

 ただバルーチャには、これしかやり方がなかっただけなのだ。

「俺は……」

 バルーチャが言いかけると、突如バタバタと外から足音がする。

「バルーチャ!!」

 中に入ってきて、大声でバルーチャを呼んだのは数人の子供達だった。

「バルーチャ、また海の向こうの話してよ!」

「イレオーネの戦士、ゴルーグはあの後どうなったの?」

 騒がしい子供達にバルーチャは微笑んで見せた後、チリー達に申し訳無さそうに頭を下げる。

「すまない。次の客が来てしまった。この子達には、よく俺の故郷の話をしていてね。今日はその続きをせがまれている」

 子供達は、見慣れないチリー達に気づくと、すぐに不安そうにバルーチャへ視線を向ける。

「心配ない。彼らはお客さんだ。何も悪いことはしないよ」

 バル―チャがそう言って諭すと、多少安心したのか子供達の興味はすぐにバルーチャへ戻る。

 そんな子供達に、バルーチャはふと愛おしそうに口元を緩める。

「…………ここにたどり着くのは、何もならず者だけじゃない。俺は、この子達のような孤児を守りたかったんだよ。やり方を、間違えてしまったのかも知れないがね」

 この地、ザルファリは行き場のない者達の吹き溜まりだ。

 国や町を追われた者、帰る場所がもう存在しない者。様々な事情を持った者達がこの地を訪れる。

 どこの国でもないこの場所には、ルールが存在しなかった。ただ一つ、”弱肉強食”の原理だけを除いて。

 ルールがなければ、作るしかない。それも、弱者を食い物にする卑怯者を従わせるルールを。その答えが、バルーチャにとっては力だった。

「……すみません、私、何も知らずに……」

 ミラルが謝罪の言葉を告げようとすると、バルーチャは首を振る。

「君が謝ることは何もない。気にするな」

「ねえ、はやく話してよ!」

「ああ、すまない。今から話すよ」

 子供達に囲まれるバルーチャに別れと感謝の言葉を告げてから、四人は小屋を後にした。



***



 バルーチャへの挨拶をすませ、チリー達はとりあえず一晩だけこの集落に滞在することを決めた。この集落ではバルーチャの存在が抑止力となっており、滅多なことは起こらないだろう。お尋ね者であるチリーとミラルの現状を考えれば、むしろここの方が気楽に過ごせるとさえ思えてしまう。

 小屋を離れ、チリー達は再びメインストリートらしき場所を訪れる。

 まだ昼時なのもあり、市場が盛んに開かれている。小さな町や村よりも栄えているようだ。人の出入りが激しい点も大きく影響しているだろう。

 身なりの良い商人もちらほら見られる。交易場所としてはちょっとした穴場なのかも知れない。

「……よし!」

 しばらく歩いてから、シアがややわざとらしく意気込む。

「それじゃあたし、賭場に行ってくるから! アンタらもくるー!?」

「行くわけねえだろ」

「それはちょっと……」

 チリーとミラルにノータイムで返されるシアだったが、特に気にする様子はなかった。

「シュエットは興味津々よね!?」

「いや、あるわけな――」

 言いかけるシュエットを強引に捕らえると、シアはその口を無理矢理手で塞ぐ。

「あるわよねぇ?」

「もがッ……もごッ……!」

 必死でもがくシュエットだったが、その耳元でシアは他の二人に聞こえない程度の声で何事か囁く。それを聞いた瞬間、シュエットはピタリと抵抗をやめた。

「あるわね?」

「ああ、俺、ギャンブル、大好き」

 突如様子のおかしくなったシュエットを怪訝そうに見るチリーとミラルだったが、シアは即座にシュエットの手を取るとそのまま駆け出した。

「じゃあねーーーー! 日が落ちる前にまたここに集合ー!」

 わけのわからないまま置いていかれ、チリーとミラルはしばらく唖然とした表情でその背中を見送る。

「……なんだったんだ?」

「さあ……?」

 互いに顔を見合わせて、チリーとミラルはキョトンと首を傾げた。



***



 チリーとミラルから距離を取り、シアは適当なところでシュエットと共に建物の影に隠れる。

「……それでシア、一体なんなんだ? 急に二人きりになりたいなんて……まさか俺のことが大好きなのか? 良いぞ、俺は」

「んなわけないでしょ」

「えぇ……? じゃあなんなんだぁ……?」

 心底がっかりした様子で、情けないへの字眉を見せるシュエットに、シアはため息をつく。

「アンタと二人きりになりたいんじゃなくて、あいつらを二人きりにしたいのよ」

「……なんで?」

 どうもシアの意図が掴めず、への字眉のままシュエットは困惑する。

「…………聞いたでしょ。あいつの話」

 シアがそこまで言って、ようやくシュエットは真剣な表情を見せた。

「……ああ」

 チリーが、ミラルに自身の過去を話したあの日……シアとシュエットは途中から盗み聞きをしていたのである。

 夜中に出歩く二人に気付いたシアは、面白半分でシュエットを誘ってあとをつけ、二人の話をこっそりと聞いてしまったのだ。

 ちょっとした逢引程度にしか考えていなかったシアは、チリーの口から次々と出てくる真面目な話に、罪悪感と居心地の悪さで頭痛がするような思いを味わうはめになった。

 隣で感情移入し過ぎて泣き始めるシュエットをどうにか抑え、シアはこっそりとその場を離れたのだった。

「ちょっとくらいはさ、あいつらにも水入らずで息抜き出来る時間が必要だと思うのよ」

 正直、ザルファリでの休憩を提案したのも半分くらいはそれが理由だった。

 聞いてしまった罪悪感も大きいが、単純にミラルに協力したい、というのがシアの本音だ。

「大体、あれで付き合ってないってなんなのよ! あんなこう……ぎゅーってしてさぁ!」

「確かに言われてみればそうだな。ミラルさんは、俺とチリーで迷っているのか?」

「……アンタって幸せよね」

「?」

 シュエットのよくわからない自己肯定感の高さは今に始まったことではない。とりあえず、シュエット自身にはチリーとミラルをくっつけることに抵抗がなさそうなのがわかったのはシア的には大きな収穫だった。

「とにかくやるわよ……題して、第一回、チリミラさっさとくっつけ大作戦っ!」

「お、おお……? おー!」

 とりあえず勢いに押し切られるシュエットであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The Legend Of Re:d Stone おしく @ohsick444

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ