episode50「Project for Lovers」
シアとシュエットがどこかへ走り去った後、チリーとミラルはポツンとその場に残された。
お互いやや途方に暮れている感じで、現状をイマイチ把握出来ていないと言った様子だ。
「えっと……どうする?」
おずおずとミラルが問うてみると、チリーは一度腕を組んで考え込んだ後、小さく嘆息する。
「しょうがねえ。とりあえず適当にうろつくか。俺から離れんなよ」
言うやいなや、チリーはミラルの隣にくると、いきなり右手でミラルの左手首を掴んだ。
「……え?」
突然のことに目を丸くした後、ミラルはすぐに身体の内側が熱くなるような感触を覚えた。
「フェキタスの時ははぐれて面倒なことになったからな。ここも安心は出来ねェし、こうして握ってりゃ大丈夫だろ」
フェキタスシティは、ミラルが始めてチリーと共に訪れた町だ。あの時はまだ出会ったばかりで足並みもイマイチそろわず、いつの間にかはぐれてミラルがスラムに迷い込んでしまったことがあった。
確かにこうしていればはぐれることはないだろう。
「いや、あの……」
年頃の男女がこうして歩いてしまえば、それはもうはたから見ればカップルだ。
気恥ずかしくなるミラルだったが、振りほどきたいとは思えなかった。
以前のチリーなら、絶対にこうはしなかっただろう。こうしてチリーの方からミラルに触れてくれるのは、以前よりもずっと気を許してくれた証拠だ。
(……なんかそう考えると野良犬っぽいけど……)
苦笑しつつ、ミラルはチリーの顔を覗き込む。すると、チリーは数秒見つめ合った後、恥ずかしそうに顔をそむけた。
「……ンだよ」
チリーもまったく意識していないわけではないのだろう。この様子だと、今気付いたようにも見えた。
心臓の鼓動がやけにうるさい。上気して、顔が赤くなっているのがわかる。
チリーも少しくらいは同じ気持ちなのかも知れないと思うと、なんだか嬉しかった。
こんな時間は、この先あるかどうかわからない。これから待ち受ける運命が、普通の年頃の男女でいさせてはくれないだろう。
だから、今だけは……。
「……どうせなら手首じゃなくて、手の方を握ってほしい」
勇気を振り絞ってミラルが言うと、チリーは黙ったまま手を握り直してくれた。
***
「よっしゃーーーーっ!!!!」
一方その頃、離れた位置で物陰から見守っていたシア・ホリミオンは会心のガッツポーズであった。
「何よあいつ! 結構やるじゃない! これならなんの工作もいらないわね!」
シアは、チリーがもう少し距離感のあるやり取りをするのかと思っていたが、意外にもいきなり手をつなぎ始めたことに興奮していた。
やはり二人の間には、もう関係も情緒もしっかり出来上がっている。後は機会があればくっつくのも時間の問題だろう。それが今日でもなんら不思議ではない。
「しかし意外だな。シアはこういうのが好きなのか。言ってくれれば俺がいつでも手をつないでやったものを」
「馬鹿ね。こういうのはこうして見守るのが一番楽しいのよ。演劇の題目も小説も、語られるのはいつだって恋愛なのよ」
「な、なるほど……?」
あまりピンと来ていないシュエットだったが、とにかくシアが楽しそうなので適当に頷いてしまう。
これでチリーとミラルも関係が深まっていくなら、それはそれでシュエットとしても良いと思える。
「しかしだな、シア。チリーにはその……ティアナという女性がいたんだろう? ミラルさんも、それは気になるんじゃないか?」
チリーは過去の旅で、ティアナ・カロルという少女と出会い、彼女を守ると固く誓っていた。それはもう、ほとんど告白のようなものだったのかも知れない。
あの夜の盗み聞きの後、その関係性について熱くシュエットに語ったのはシアの方だ。
その手の話には疎いシュエットだが、なんとなく微妙な関係なのは理解出来ている。要は元カノを引きずった男と新しい女なのだ。ここまでスケールを落とせば、ヴァレンタイン騎士団の仲間内でもたまに聞ける話になるのでどういう状態なのかわかる。
「そーなのよねー。なのにあいつ元カノの話をまあ大事そうに話すんだわ」
肩をすくめ、呆れた様子でシアはため息をついて見せる。
「でもティアナってのは死んだ女なわけでしょ。あいつが今と、そしてこれから先見ないといけないのはあの子よ。その気がないならまあ別だけど、そうは見えないし」
一見面白半分でやっているように見えるシアだが、彼女なりにある程度今後を考えた結果ではあるのだ。
チリーとミラルには、一定以上の関係性に到達し、それをキープしてもらわなければ困る。微妙な距離感の男女は何かと揉めやすい。旅には付き合うし協力するが、痴情のもつれに付き合うのはあまり気が進まない、というのがシアのぶっちゃけた気持ちである。善意も打算も込み込みで、今回の作戦を決行するに至ったのだ。
それにやはり、恩人にはちゃんと旅が終わる頃には幸せになっていてほしい。
「とにかく、あのバカの意識から元カノを抹消するわよ!!!」
「……その物騒な物言いだけでもなんとかならないか?」
「なんない。性格の問題だから」
きっぱりと言い切られ、シュエットはとりあえず諦めた。
***
ザルファリの治安は、スラムに比べるとかなりマシだった。
後ろ暗い事情のある者が多いのは確かなのかも知れないが、それと治安の悪さは別にイコールではない。
バルーチャが力で作った秩序は機能しているようだし、フードをかぶっているとは言え、チリーとミラルが堂々と中を歩いていても誰に呼び止められることもない。もっとも、顔が見えて気付いた人間は関わりたくなさそうに顔をそむけることもあったが。
市場は、基本的に商人達が地べたに絨毯を敷いて商品を並べて座っている、と言ったものだ。明らかに品揃えが良い商人は大抵身なりが良い。
「なんか買うか?」
市場に並んでいるのは、服やアクセサリー、武器など様々だ。食べ物を扱っているところは少ないが、旅に役立つ保存食などを扱っているところもある。中には、
魔力を感知出来るチリーには、
かつてこのアルモニア大陸を支配していた魔法使い達が遺した魔力を持つアイテム、それが
「とは言っても、あまりお金もないのよね……」
ヘルテュラシティを出発する際、ヴァレンタイン公爵から当面の旅費はもらっているが、決して余裕があるわけではない。この先旅がどこまで続くのかわからないのだ。無駄遣い出来る金貨は一枚もない。
「……まあ、見るだけだな」
「冷やかしみたいであんまり気が進まないわね……」
ミラルが育った家、ペリドット家は商家だ。客引きになれるならまだしも、ミラル達は他人から見れば出来れば関わりたくないお尋ね者だ。それが冷やかしで露店の前をうろつくのはあまり感心出来なかった。
***
「……しまった!」
不意に、チリーとミラルを眺めていたシアが表情を変える。
「どうしたシア」
「あいつらお金ないわ!!!!」
「た、確かに……! 全然余裕ないじゃないか!」
シアの言葉に、シュエットも事の重大さに気づく。
「折角のデートでお金がなくて何も出来ませんでした~、じゃ百年の恋も冷めるわよ! 冷え冷えよ!」
「お、俺達で温めるんだシア……! だがどうやって!?」
シュエットの家、エレガンテ家は貴族だがだからと言って今手持ちが多いわけではない。借金取りに追われているシアなんてもってのほかだ。元はと言えばチリーとミラルを捕らえてゲルビア帝国に突き出して報酬金をもらうのが目的だったような女である。
このままでは全員冷え冷えなのだ。
「……よし、あたしに考えがあるわ。あいつが生きてれば、だけど……。シュエット、ちょっと見張ってなさい!」
「お、おう! なんだかわからんが任せたぞ!」
シュエットがそう答えるやいなや、シアは即座に駆け出す。
そうしてシアが目指した場所は、一見の小屋だった。
全速力で辿り着き、シアは一切の遠慮なくドアを開く。
「おわ、びっくりした! なんだよ!?」
中にいたのは、やや身なりの汚い小柄な男だ。彼はシアの知り合いなのか、シアの顔を見た途端ちょっと嫌そうな顔を見せる。
「よっしゃ! パウル生きてたわね!?」
「ひぃ! なんなんだよぉ……!」
家の中にずかずかと入り込み、シアはパウルへ近づく。走ってきた分の疲労もあってか、呼吸を荒げて迫ってくるシアがパウルには異様な程に恐ろしかった。
「金返しなさい……金貨ニ枚、前に賭場で貸したでしょ……!?」
「え? 今!? 三年以内に四枚で返せって話じゃ……まだ一年くら――」
「利息はチャラにしてあげるから、ニ枚! 今すぐ! ほら!」
「ひえぇ……」
尋常ならざる形相で迫るシアに恐れをなし、パウルは怯えながら革袋を取り出すと、中から金貨ニ枚をシアに差し出す。
すると、シアはにっかり笑うと金貨をふんだくった。
「サンキュー! 利息はマジでいらないから、またね!」
それだけ言い残し、シアはパウルに背を向けて凄まじい勢いでどこかへと走り去っていく。
その背中をぼんやりと眺め、パウルはその場にへたり込んだ。
「なんなのォー……?」
パウルがその理由を知ることは、恐らく今後もないだろう。
パウルの元を離れ、シアは大急ぎでシュエットの元に戻って来る。
「二人は!?」
「まだ市場をうろついているぞ! だが全く盛り上がってない!」
「ふふっ……調達してきたこいつの出番ね」
言って、シアはニ枚の金貨を得意げに見せびらかす。
「ど、どこから……!? まさか盗ってきたんじゃないだろうな!?」
「ちょいと取り立てて来ただけよ。あたしが犯罪やらかす女に見える?」
「見える」
即答したシュエットの頭に無言でげんこつを落とし、シアは金貨を手にチリー達の元へ向かった。
***
一方その頃チリー達は、特に何も買わないままただひたすら市場を歩いていた。正直もう、シュエットとシアとの合流を待っているだけのような状態だ。
しかしそんな時間を、チリーもミラルも少し堪能していた。
余裕のない旅を続けていたため、こうして時間や気持ちに余裕のある時間はそう多くない。追手に対する警戒はしなければならないが、普通の町を歩くよりは遥かに落ち着ける。ミラルとしては、ならず者になってしまった感が実感出来てしまってそこはあまりうれしくないのだが。
「あっ……」
ふと、ミラルは市場に並ぶアクセサリーが目に留まる。
華やかな宝石があしらわれたネックレスやブローチが並ぶ中、ミラルが惹かれたのは淡い緑色の宝石で作られた小さなイヤリングだった。
しかしすぐに、思い直してミラルは目をそむける。そんな余裕はない。
「……」
当然、その視線にはチリーも気がついた。
しかし財布を持っているのはミラルで、チリー自身は金貨はおろか銀貨や銅貨も一枚も持っていない。
買って良いと言うのは簡単だったが、ミラルは必ず拒否するだろう。
どうしたものかとチリーが考え込んでいると、突如チリー目掛けて何かが飛来する。
「ッ!?」
慌ててそれを手で受け止め、握りしめる。
「それを使いなさい!」
やや離れた位置から、エリクシアンであるチリーの聴力でならはっきり聞き取れる程度の音量でシアの声が響く。
訝しげに手の中を見ると、そこにあったのはニ枚の金貨だった。
意味がわからずシアの方へ目をやると、シアは雑にウインクだけしてどこかへ走り去っていく。
「……わけがわからん」
とは言え、一応意図だけは汲み取れた。なんとも言えない気分だが、とりあえず詳しいことはあとで問いただすことにしておく。
チリーはすぐに、身をかがめ、座っている露天商と視点を合わせてイヤリングを指さした。
「いくらだ」
「金貨ニ枚だよ」
思わず舌打ちしそうになるのを、チリーはグッとこらえる。この露天商、間違いなくチリーの手持ちを見透かしている。恐らく、シアから受け取って、確認しているところを盗み見たのだろう。
足元を見られるのは気に入らなかったが、どうせ今突然降って湧いたような金貨だ。ぐだぐだ言うのも面倒だったので、チリーは渋々金貨ニ枚を露天商に手渡し、イヤリングを受け取った。
「……チリー?」
一連のやり取りを、流れがわからないまま見ていたミラルはきょとんと首を傾げる。そんなミラルに、チリーはぶっきらぼうにイヤリングを突きつけた。
「……ほらよ」
「いや、ほらよって……さっきの金貨、一体どうしたの?」
「……急に飛んできた」
「そんなことあるの?」
あるのである。何故か。
「いいから受け取れよ。欲しかったんだろ」
これ以上言わせるな、と言わんばかりのチリーの態度に、ミラルは思わず笑いそうになってしまう。
それと同時に、もうどうしようもないくらい気持ちが高揚していくのをミラルは自覚する。
そっと大事に受け取って、ミラルはイヤリングを見つめる。
ほんの小さな、豆粒くらいの宝石だ。しかし、丁寧に磨かれた、透き通るような淡い緑色に吸い込まれそうになる。
「…………ありがとう」
これはきっと、かけがえのないものになる。すぐに身につけると、耳元で揺れる小さな輝きに、子供みたいにはしゃいでしまいそうになってしまった。
恥ずかしそうなチリーはもう何も言わなかったけれど、どこか満足気にミラルの隣を歩いていた。
***
イヤリングを買った後は、穏やかな時間が流れていった。チリーもミラルも他愛のない話に花を咲かせ、ザルファリの景色をのんびりと眺めながらゆっくりと歩いていく。
景色とは言っても露店や小さな小屋が並ぶばかりで、デートスポットとしてはあまりロマンスのある場所ではない。
しかしそれでも、ある程度安心して歩けるこの場所は、二人にとって心休まる時間を過ごすに足る場所だった。
ザルファリを眺めて、ミラルは思う。ここは力で作られ、力で守られた場所だ。ミラルがチリーと過ごしたこの一時も、バルーチャが力で成立させたものだと言える。
歩いている内に、集落から少し離れた、開けた場所に出る。空には、少しだけ赤色が差していた。
「……ねえチリー」
「ん?」
「私、頭の片隅でずっと考えてたの。ザルファリのこと」
貴族程ではないにしても、温室で育ったミラルにとって、力が支配するザルファリは未知の場所だ。
法のない場所では、力が法になる。野生の世界と同じだ。
話だけ聞いて一面的にものを見れば、ザルファリはひどい場所のように思えてしまう。だが実際にバルーチャと話をして、この場所を歩いて、ミラルはそれだけじゃないということをはっきりと理解した。
「私、本当に何も知らなかったんだなって、この旅の中ですごく思ったの。チリーに会う前と後で、見える景色がすごく違ってきたと思う」
チリーに助けられたあの日、ミラルは一度チリーが奪ってきた食べ物を拒絶した。
力で強引に奪った、間違ったものだと。
勿論、今でもあれが正しいだなんて思ってはいない。奪うことは、人間の倫理で考えれば決して正しくはない。
しかしあの時、ミラルが思う正しい方法で飢えがしのげたとは思えない。ペルディーンタウンの人達は、エトラが撃退された後もミラルを捕らえるつもりだったのだから。
たくさんの世界がある。
たくさんの価値観がある。
たくさんのやり方がある。
善悪は、たった一人の価値観で決められるものではない。
ザルファリというグレーな地は、ミラルにもう一度それを思い知らせてくれた。
ここにしか居場所がない子供を守る手段は、きっと力しかなかった。フェキタスシティではマテュー達を孤児院に預けることが出来たが、いつだってそういった正攻法で誰かが助けられるわけではない。
「辛いことの方が多いけど、私チリーと一緒に世界を見られて良かった。簡単なことじゃないと思うけど、これからもたくさん知りたい」
ミラルの中にある聖杯を巡る運命はきっと過酷なものになる。
魔力を直接操り、強大な
しかしだからこそ、”それだけ”の旅にしたくない。
旅の果てに、たくさんのものを得たと胸を張って言える旅にしたかった。
「……そうだな」
そう言って頷いて、チリーはそっとミラルの頭に手を乗せる。
「俺もお前のおかげで思い出せたよ。クソみてえだと思ってたこの世界も、悪いだけのモンじゃねェって」
旅の果てに何もかもを失って、一人眠りについた時、チリーはいっそ死ねればいいと思ってしまった。
世界は決して綺麗じゃない。濁りきった赤色の世界を、二度と見たくないとも思った。
だがそれを、ミラルが変えてくれた。
濁った赤だけが広がった世界に、たくさんの色を差してくれた。
いくつもの色が重なったオーロラのような世界が、やっと見えるようになってきた。
「旅が終わったその先のこと、少しだけ考えたぜ」
――――だから考えてほしいの、その先のこと。
賢者の石を破壊して、責任を果たしてそれで終わり。そう思っていたチリーに、ミラルはそう言った。
「俺はこの旅が終わった”その先”で、お前と今日みたいに過ごしてみたい」
戦いも、運命も、何もかも終わった先で、平穏を手に入れたい。
自分みたいな咎人が、そんな未来を望んで良いわけがない。そんな風に考えてしまうこともある。
それでも求めてやまなくなってしまった。この先の未来を。
「……うん、私も」
はっきりとそう応えて、ミラルはチリーの手を握りしめる。
「約束よ。きっと一緒に、この旅が終わった後も生きていく」
「……ああ」
終わりたいなんて気持ちは、とうに消えていた。
罪も、罪悪感も消えはしないけれど。全部連れていけば良い。この先の未来でも。
透き通ったイヤリングに、夕日の赤が透けていく。まるで受け入れるように……。
と、そのまま少しロマンティックな空気が数秒続いた後、チリーは小さく嘆息する。
「…………向こうでずっと見てるバカ二人とも、な」
チリーがそう言った瞬間、少し離れた位置の樹木の陰で二人分の人影が揺れた。
「……え? え!?」
戸惑うミラルに、バツが悪そうな顔を少しだけ見せた後、チリーは二人の方へ視線を向ける。
「……にゃーん」
「にゃ、にゃーんッ!」
「片方はともかく、もう片方のやたら野太くて発声の強い猫は普通いねえだろ。出てこいアホ共!」
チリーが怒声を上げると、数秒の間があった後にシアとシュエットが観念して姿を見せ、二人の元に歩いてくる。
「バカシュエット! アンタが下手くそなのに猫なんかやるから!」
「ハッハッハ! 次までに練習しておいてやろう!」
「次はねえぞ?」
のたまうシュエットに、圧の強いチリーの声がのしかかる。怯むシュエットを横目に見つつ、シアは恐る恐るチリーに声をかける。
「……あの、いつからお気づきで……?」
「里でミラルに俺の話したとこからずっと」
「えぇ……最初からぁ……?」
まさか泳がされているとは思ってもいなかったシアは、その場で情けなくへたりこむ。
「あのな、俺はエリクシアンだぞ。普通の人間より感覚は鋭いんだよ。シアはともかく、シュエットがバレバレなんだよアホ」
魔力を体内に宿し、普通の人間を遥かに越えた身体能力と生命力を持つエリクシアンは、当然視覚や聴覚も人間より鋭い。シアはある程度音と気配を消していたが、シュエットがいるせいで最初からチリーにはバレバレだったのである。
「す、すまんチリー! 盗み聞きはその……良くないとは思ったんだがなァ!? おおい、シアも謝れ!」
「はぁ!? なんであたしが頭下げんのよ!?」
「お前が一番頭下げるんだよ! どういう神経なんだ!?」
強引にシアの頭を下げさせようとするシュエットだったが、シアは頑として頭を下げない。それどころか、チリーに対して怒声を上げる。
「だって、水臭いでしょーが! そりゃ、盗み聞きは良くないとは思うけどさぁ!」
「……そうだな。悪かった」
「そーよそーよ! アンタもわる…………へ?」
ほとんど逆ギレなのを多少は自覚していたシアだったが、チリーの反応は予想とは真反対のものだった。
「お前らにもきちんと話すべきだった。悪かったな」
「あ、いや……うん……そーね。そーかも……まあでもあたしらもさ、悪かったし……」
かつての旅は、チリーにとってかけがえのないものであると同時に、逃れられない呪いだった。それがすべてで、その先なんてもう考えていなかった。自分の中に閉じ込めて、終わりにしてしまいたかった。
だけどもう今は違う。過去は過去だ。割り切って、前に進むことを決めたから。
「話す手間が省けた、くらいに思っといてやるよ。一々気にすんな」
真っ直ぐな瞳でこの先を見据えるチリーを見て、シアは一瞬呆気にとられてしまう。
「……何よ、最初から心配いらないじゃない……」
呟くような声音でそう言って、シアは嘆息する。どうやら、何もかも杞憂だったらしい。金貨のこと以外は。
「ふっ……そうだなチリー。俺達は背中を預け合う仲間だ。隠し事の一つや二つあっても構わんが……ない方が好ましい! ……あとほんとにすまん、悪気はなかったんだ」
「だから気にすんなって」
カラッと笑って見せて、チリーはシュエットの肩を叩く。
「俺のことはいいんだよ」
そしてそう言って、ミラルの方へ視線を向ける。
真っ赤な顔を恥ずかしそうに両手で覆い隠して、その場にうずくまって動かなくなったミラルの方へ。
「っ……!! っ…………!!!!!」
二人きりだと思って言った言葉や、見せた仕草がすべて見られていたのがやはり相当恥ずかしかったようだった。
「まずあいつに謝ってこい」
この後、二人はめちゃくちゃミラルに謝罪した。
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