Season4「The Legend Of Immortal Witch」

episode48「Overture」

 辺り一帯は、無数の死体で埋め尽くされていた。

 数え切れない程の破壊の残滓と、無数の死。その中心で、一人の人間が立っていた。

 黒いローブを羽織っており、見た目はほとんどわからないが、その体格は比較的華奢で女性のようにも見える。

「ひどいなぁ、急に襲ってくるなんて。びっくりしちゃった」

 声は、甲高い女のものだった。

 それもまだ若い少女の声だ。

「それで、あなたが隊長さんかな?」

 無数の死体の中から、一人だけ立ち上がる者がいた。

 大柄で、身長は2mを越える程だ。

 かなり筋肉質で、女との体格差は圧倒的だった。

 身につけていた鎧は既に崩壊しており、上半身はほとんど何も身にまとっていない。ただ、鎧代わりと言わんばかりに盛り上がった膨大な筋肉がその身体を覆っている。

 荒々しく乱れた肩までの黒髪を払いながら、男は堀の深い顔を怒りに歪めていた。

「その通りだ。我が名はゴルド・ガーランド――」

「あ! じゃあイモータル・セブンさんだ? タフなわけだね」

 ゴルドの言葉を遮って、女はローブの下で笑う。

「それにしても、さっきのでまとめて片付けちゃったつもりだったんだけどなぁ。ほとんど怪我してないんだね」

 女に対して、ゴルドは言葉を返さない。不愉快そうに眉間にしわを寄せるだけだ。

「まあ、折角生き残ったんだし、今日は帰ったら? 私もちょっと疲れちゃったし」

「巫山戯るな! 我が同胞達の恨み……今ここで、我の手で晴らさせてもらう!」

 声を荒げ、ゴルドが身構える。

 すると、女は嘲笑するように笑みをこぼす。

「そんなこと、出来ないと思うけどなぁ……。多分」

「どこまでも愚弄するか……魔女め! 貴様は陛下の言う通り、決して生かしてはおけぬ……ここで死ね!」

 次の瞬間、まるで城でも空から落ちてきたかのような轟音が鳴り響く。

 それと同時に、ゴルドの周囲の地面がへしゃげ、女はその場に這いつくばった。

識別名コードネーム重刑ジ・アトラス! 我の能力の前に、ひれ伏さぬ者なし……ッ!」

 識別名コードネーム

 ゲルビア帝国の研究所ラボにおいて、最初期に生まれたエリクシアンがつけられるものだ。識別名保持者コードネームホルダーは帝国内でも強力なエリクシアンであり、大抵は最強の部隊であるイモータル・セブンに配属される。

 イモータル・セブンの隊長の一人であるゴルド・ガーランドもまた、その一人だ。

 識別名コードネームはあくまで研究所ラボの中で扱われるもので、一般には知れ渡っていない。そのため、識別名コードネームとは別の通称も存在する。

 重撃のゴルド。魔力により、見えない力で相手を押しつぶすことからつけられた通称である。

(許せ同胞達よ……貴殿らの亡骸を巻き添えにしてでも……この魔女を押し潰させてもらう!)

 心の内で謝罪を告げ、ゴルドは更に強い魔力で女を押し潰す。

 だが、その感触には違和感があった。

 エリクシアンですら耐えられないレベルの力で押し潰しているハズなのに、女は這いつくばるだけで一向に潰れない。地面ですら派手に潰れて大穴になっており、ゴルドの同胞達はほとんど跡形もない。だと言うのに、女だけはただ這いつくばっているだけだった。

「へぇ、重力魔法が使えるんだぁ! すごいすごい! 流石はイモータル・セブンさんだね!」

 そしてゴルドは、信じられない光景を目の当たりにする。

「よい……しょっと」

 女は、まるで少し転んだだけだとでも言わんばかりに立ち上がったのだ。

 ローブについた土埃を払い、女はゴルドに視線を向ける。

「これって、使えるようになるまで難しいんだよね。私も、このレベルの重力魔法はちょっと今使えないかなぁ」

「あ、あり得ん……ッ!」

 ゴルドの能力は、相手を拠点ごと叩き潰す程の威力を持つ。大抵の建物は粉砕出来、どんな大群も一瞬で土に還らせるほどだ。

 それが、たった一人の女を潰せない。

「あ、ごめんね! ちゃんと効いてるよ! 防ぐの結構大変だから、身体起こすのに時間かかっちゃった」

 言葉を返さず、ゴルドは更に出力を上げる。周囲の環境への影響など、最早考慮している場合ではない。

 ズン、と重苦しい音がして、更に女へ見えない圧力がかかった。

 女は一瞬よろめきこそしたが、すぐに態勢を立て直す。

「使いこなしてるんだね。君くらい重力魔法が使えた人は、私の時代にもほとんどいなかったかなぁ」

 その光景に、ゴルドは驚愕を隠せない。

 しかしこのまま手をこまねいていても意味はない。魔力による圧力を維持したまま、ゴルドは女へと接近する。

 重刑ジ・アトラスの効果範囲は、ゴルドがある程度コントロール出来る。そのため、自身を対象外にすることも可能であり、能力を発動したまま行動することは理論上可能なのだ。

 しかしこの能力の出力を維持するのにはかなりの集中力と魔力が必要になる。自然と、女にかかる圧力は軽減された。

「もうちょっとお話してくれてもいいのになぁ」

 のんきにそんなことをのたまう女に、ゴルドの石柱のような腕が迫る。

 能力発動中に直接攻撃を行うのは、ゴルドにとっては初めての経験だった。

 当然訓練で何度も試してはいるが、実戦においては一度も経験がない。当然だ。重刑ジ・アトラスはどんな相手も一瞬で押し潰す。使えば戦闘は即座に終了する。こんな状況は本来あり得ないのだ。

 女は、ひらりと身をかわしてゴルドの一撃をかわす。

 そのまま二撃、三撃と振り回されるゴルドの腕を、女はいとも容易くかわしていく。

(かわすか……! ならばそれは逆説的に、物理攻撃は通用するということに他ならぬ!)

 ゴルドは即座に、辺り一帯にかけた重刑ジ・アトラスを解除する。

 そして今度は、能力を自分の右腕だけに集中させた。

 重刑ジ・アトラスは、辺り一帯を制圧する範囲攻撃だ。しかしゴルドはそれを極限までコントロールすることで、対象を極僅かな範囲にまで絞ることが出来る。

 上から振り下ろしている自身の腕に重刑ジ・アトラスをかけることで、それは尋常ならざる落下速度と重さを持つ必殺の一撃となる。

 当然、腕は無事ですまないがエリクシアンなら再起不能にはならない。

 女はすぐにその危険性を察知したが、その時にはもうゴルドの腕は眼前まで迫っていた。

 必殺の一撃が、筆舌に尽くしがたい異音を伴って女を襲う。

「っ――!」

 余裕ぶっていた女の顔に焦りの色が映るのと同時に、女の右半身が鮮血を撒き散らしながら爆ぜた。

(アレを僅かでもかわしたか……しかし!)

 これは明らかに即死だ。

 仮にエリクシアン同様の生命力を持っていたとしても、この状態からすぐには復帰出来ない。次の一撃で確実に粉砕出来る。

 あり得ない形にひしゃげた右腕を乱雑に下げ、ゴルドはすぐに左腕を振り上げる。両腕を負傷させるのは躊躇われたが、今ここで始末しなければ、この女は必ず帝国にとって脅威となる。

 しかしゴルドが腕を振り上げた、その瞬間だった。


回転する砂時計アルブマグヌ・ディスポーヴ


 次の瞬間、ゴルドは目を疑う。

「こ、これは……!」

 女が呪文を唱えると、その右半身が凄まじい勢いで再生を始めたのだ。

 まるで時間が巻き戻るかのように、女の右半身がローブごと再生していく。

「ッ……!?」

 そしてゴルドは、自身の状態を見て呪文の効果を”時間の逆行”だと確信した。

 何故なら、呪文に巻き込まれたゴルドの左腕が、”振り上げる前の状態”にいつの間にか戻っていたからだ。

「君、魔法使いの才能あるんじゃない? 多分だけど」

「面妖な……!」

 驚愕するゴルドを無視して、女は再生した右半身を適当に動かして確かめながら言葉を続ける。

「今、重力魔法の範囲を自分に絞ってかけたでしょ? 私正直、エリクシアンって魔法を粗雑に再現してるだけで、そこまで上手に扱えるとは思ってなかったから感心しちゃったな」

 勝てるわけがない。

 生まれて初めて、ゴルドはそんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 完全にこの世の理を越えている。

 時間の逆行など聞いたこともない。帝国にいるどんなエリクシアンも、こんな狂った力は持っていない。

 イモータル・セブンの隊長は、たった一人でも戦局を覆すことが出来るとされる。

 だがこの女は――――

(たった一人で国を落としかねん……ッ!)

 アルモニア大陸を実質的に支配している大帝国、ゲルビアですらこの女が本気で攻め込めばどうなるかわからない。

「さてと……私用事あるし、そろそろお暇させてもらうね~」

 軽い口調でそんなことをのたまって、女はゴルドに背を向ける。

「待――――」

古神の落涙ルブルパルヴマルツ・デュビハイブ

 ゴルドの言葉を遮って、女はチラリとだけ振り返ると詠唱を行う。

 すると、空中に幾何学模様の描かれた円が無数に現れた。

「――――ッ!」

 その中から現れたのは、無数の火球だった。

 燦々と燃え盛る火球が空中で無数の陽炎を生み出す。ゴルドはまるで、無数の太陽が照りつける別次元に迷い込んだのではないかと錯覚した。

 そしてそれが、ゴルドの感じた最期の感覚だった。

 火球が降り注ぐ。

 矢よりも速く。雨すら凌駕する速度で。

 またたく間に、ゴルドの巨体はズタボロになっていた。普通の人間なら消し炭になっていただろうが、エリクシアンであるゴルドの身体はある程度の原型を留めていられる程には丈夫だった。

 だが、それだけだ。

 身体を滅茶苦茶に貫かれ、心臓は勿論体内に形成されていた擬似魔力炉すら残っていない。魔力炉がなければエリクシアンはただの人間と変わらない。となれば、このような有り様で生きているハズもなかった。

 女はもう、振り返りもしない。

 先ほどまでの戦いなどまるでなかったかのように、スキップさえしながら歩いていく。

 ゴルドの力でひしゃげた歪な地面の上を、不気味なくらい楽しそうに。


 女の向かう方角は、三十年の時をかけて復興したテイテス王国のある方角だった。

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