Season0「The Return To The Origin」

episode35「The Return To The Origin」

 小さな箱庭の中で、大きな夢を見ていた。


 物心ついた頃には孤児院にいて、親の顔も満足に覚えていなかった。


 ルベル・Cチリー・ガーネットだとかいう大仰な名前は、貴族の子供としてつけられた名前だったが、自分のことを貴族の血筋だと思ったことなど、彼には一度もなかった。


 孤児院での生活は窮屈で退屈で、貧しい食事をみんなで分け合う暮らしにはうんざりしているというのが彼の本音だった。


 抜け出す方法もわからないまま、窮屈な世界に押し込められる生活が続く。


 外の世界に放り出されるよりはずっと良い。屋根と寝床があって、食事がある生活は、世界中に腐る程いる他の孤児に比べれば何倍もマシなハズだ。


 それでも疼くように、胎動する想いが燻り続けて――――十五歳になった春、少年は活路を見出した。



***



 場所はホールデンタウン。世界最大の大陸とされているアルモニア大陸の中にある、ルクリア国の最北に位置する田舎町だ。その中にあるたった一つの教会と併設される形で、数十人規模の孤児院が存在する。


「ねえチリー、賢者の石って聞いたことある?」


 あまり味のしない、薄いシチューをちびちびと飲んでいる夕食時、ニシル・デクスターはそんなことを言い始めた。


 ニシルは赤い短髪の、小柄な少年だ。年はチリーと大して変わらないが、頭一つ分程は小さい。あどけない顔立ちで、まだ十歳くらいだと言われてもあまり違和感はないだろう。

 くりっとしたブラウンの瞳が、僅かに輝いているように見えた。


「……賢者の石?」


 後頭部をぼりぼりとかきながら、チリーは適当に言葉を返す。


「っつーかよ。俺の名前はルベルだっつってンだろうが、何回言やァわかンだテメエは」

「”チリー”の方がかわいげがあるし、僕は好きだな」

「好みは聞いてねえよ……」


 チリーとニシルがこの孤児院に入ったのは、大体同じくらいの時だ。


 小さな町貴族であるガーネット家が没落し、チリーがこの孤児院に預けられたのが十三年前のことだ。そしてそれから数ヶ月くらい後に、商家のデクスター家が財政難を理由に次男であるニシル・デクスターをこの孤児院に預けたのである。


 二人は兄弟のように共に育ち、物心つく頃にはほとんど一緒に行動するようになった。


 ニシルがチリーのことをチリーと呼び始めたのは、名前を知ってからすぐのことだ。

 何度も訂正を試みたが、ニシルがチリーのことをルベルと呼ぶことは全くない。チリーも流石に訂正を諦め始めている頃合いだ。


「それよりも、賢者の石だよ」

「なんなんだよ賢者の石って、聞いたことねえぞ」


 孤児院の中は閉鎖的で、シスター達もあまり外の話はしない。そのため、孤児達は世間にかなり疎い。

 彼らにとっての世界は、この狭い箱庭の中だけだった。


「図書室に古い伝承の書かれた本があってね。そこに書いてあったんだ。ちょっと見に来てよ」

「お前字が読めたのか?」

「たまにシスターに教えてもらってるからね。断片的にだけど、読めるよ」


 ニシルはそう言っていたずらっぽく笑う。


 昔からなんとなく察していたが、ニシルはチリーよりも頭が回る。チリーも字については興味があったが、中々覚えられないのであまり真面目に学ぼうとはしていなかった。



***



 夕食を終えた後、チリーはニシルに連れられて孤児院の図書室へ向かう。


 図書室、というよりは物置に近い。

 大きな本棚が二つと、後は使われなくなったテーブルや椅子、他には掃除道具なんかもこの部屋の中にある。


 チリーにとっては、年に一度の大掃除の時くらいしか立ち入らないような部屋だ。埃っぽい臭いが充満していて、思わずむせてしまう。


 ニシルは慣れた足取りで本棚の方へ向かい、目的の本を探し始める。


「よく来るのか?」

「最近はね。読める字が増えたから、暇つぶしもかねて」


 言いつつ、ニシルは背伸びして本を引っ張り出す。

 タイトルの字はチリーには読めなかった。赤い装丁の、少し分厚い本である。


「アルモニア大陸史。この大陸の歴史が書かれている本だよ」


 得意げにニシルが表紙を見せると、チリーは露骨に嫌そうな顔をして見せた。


「読めねえ、埃っぽい、カビ臭い」

「チリーには三重苦だなぁ……」


 苦笑いしつつ、ニシルは本を開く。

 埃と臭いは嫌だったが、中身が気になってチリーは本を覗き込んだ。


 無数の文字が並んでおり、挿絵らしきものはあまりない。顔をしかめるチリーをチラ見して笑いつつ、ニシルは目的のページを探してペラペラと本をめくり始めた。


「……あった」


 そのページに書かれていたのは、遥か古代の歴史だ。


「遥か昔、この大陸には”魔法使い”がいたんだよ」

「魔法使い、ねえ……」


 かつてこの大陸を支配していたのは、魔法使いと呼ばれる存在だ。

 彼らは”魔法”を操り、超常の現象を引き起こしながら一つの文明を築き上げた。


「魔法使いはすごいんだよ。魔法の力で火を起こしたり、地面を隆起させたり、時には雷を落としたり……中には怪物に変身出来る魔法使いだっていたみたいなんだ!」

「ふーん……」

「うわ、興味なさそう」

「あんまねえからなぁ……」


 ニシルにとっては魅力的な夢物語でも、チリーにとっては眠たくなるような幻想だ。


 いくら魔法の力がかつて実在していたとしても、今のチリーに使えなければなかったのと同じだ。

 それに、魔法は既に人類から喪われている。今の人類は、魔法とは無縁の存在だ。流石にその程度のことは、チリーもシスターから聞いている。


「夢がないなぁチリーは」

「実際にねえからな、夢なんざ。こんな生活で夢なんかあるか?」


 不貞腐れたような態度のチリーに、ニシルは言い返せずに息をつく。


 結局里親が現れないまま、チリーもニシルも十五を越えた。本来なら二人共、そろそろ仕事の一つでも任せられるような年齢だ。それがこんな埃っぽい部屋に閉じこもって魔法だなんだと話すことに、チリーは正直げんなりしていた。


「……ないから、賢者の石の話をするんだよ」


 そう言って、ニシルは文字列を指差す。チリーには、その内容はまるで読めなかったが。


「魔法使い達がかつて遺した遺産、魔法遺産オーパーツにはまだ魔法の力が残ってる。もしかしたら、僕達にも使えるかも知れない」

「あるんだかないんだかわかんねえんだろ?」

「それは……僕達の未来も同じじゃないか」


 そう言われて、チリーは口ごもる。ニシルは、少し怒っているようにも見えた。


 言い返せないまま黙っていると、ニシルはそのまま言葉を続ける。


「中でも最大の魔法遺産オーパーツとされているのが……”賢者の石”だ」


 賢者の石。


 かつて魔法使いが作り上げた最大の魔法遺産オーパーツとされている伝説の宝石だと、この本には書かれている。


「賢者の石には、ありったけの魔法の力が込められてる。この力があれば、どんなことだって叶うハズだよ」

「……結局何が言いたいんだよお前は。まさか、その賢者の石を探そうだなんて言わねえよな?」

「……その通りだよ。僕は、この賢者の石を手に入れたい」


 まっすぐに、真剣な瞳でニシルはチリーを見つめる。


 冗談でもなんでもない、ニシルの真剣な言葉だ。チリーはそれに押し出されるように、後じさってしまいそうになる。


「僕は、この孤児院で終わりたくない。必ず裕福な生活を手に入れて、僕を捨てたデクスター家を見返してやりたいんだよ。チリーだって、似たような気持ちがあるんじゃないの?」

「……それは……」


 ニシルの言う通りだった。


 チリーだって、この孤児院で終わりたいだなんて思っていない。ホールデンタウンという小さな田舎の中で生涯を終えるなんてまっぴらごめんだった。


「探そうよ! 僕達で、賢者の石を見つけ出して、こんな場所で終わらない”何者か”になろうよ! それとも、チリーはこんなところでちっぽけなまま死にたいの!?」


 両肩を掴み、揺さぶってくるニシルを、チリーは見つめ返す。


「ンなわけねェだろ! 俺だって、こんなとこでカビて終わるなんて冗談じゃねェ!」

「僕だってそうだ! 僕はでっかい家と裕福な生活がほしい! チリーは、何がほしい? 賢者の石が手に入るとしたら、何を願う?」


 ニシルのその問いに、チリーは思わず拳を握りしめる。


「……力だ」


 呟くようなチリーの声を拾い上げて、ニシルは力強く微笑む。


「俺は、誰にも負けねえ強ェ力がほしい!」


 ガーネット家が強盗に襲われ、チリー以外が惨殺されたと聞いたのは、チリーが十歳になった頃だった。


 ガーネット家は力の弱い貴族で、残った財産も他家に嫁いだ叔母に掠め取られ、チリーだけがポツンと残されたのだ。


 そんな真相を知った時、チリーは幼いながらに深い絶望を味わった。


 力がなければ何もかも奪われる。命も、財産も。


 そして正に今、非力な自分は孤児院の中で細々と暮らし続けるしかないという現実に直面している。未来すら、力がなければ選べない。


「顔も覚えてねェけど、親父達は弱ェからぶっ殺された。俺はそうはなりたくねェ」


 誰にも負けない強い力があれば、不幸になることもない。どんな理不尽にだって、力で太刀打ち出来るハズだ。


 強い力で運命を切り開き、ほしい未来を選べるのだ。


「もし、賢者の石が俺に力をくれンなら……ほしい。邪魔する奴を全員ぶちのめして世界の頂点に立ってやる」

「……良いじゃん。最高だよ、それ」

「そうなったら、デケエ家立ててお前も一緒に住ませてやるよ。毎日肉食って、すげえベッドで寝れるようにしてやるぜ」


 チリーがそう言うと、ニシルはくすぐったそうに笑う。


「だったら……見つけにいかないか?」

「……どこにあるのかわかンねえのに?」

「うん……。でも、ない未来を待つより、あるかも知れない夢を追う方が、僕は良いと思う」


 それはあまりにも壮大で、途方もない夢だった。


 あるかどうかもわからない伝説上の代物を探して、理想の生活を手に入れる。誰が聞いても笑うような夢物語だ。


 チリーだって、つい先程までは話半分にしか聞いていなかった。


 だがニシルの熱意に押されて、それも悪くないと思い始めている。


 もし、叶うなら。


 最強の力を手に入れて、もう誰にも奪われないようになれるなら。


 きっとそれは、最高最善の未来だ。


「ねえチリー、勉強して、鍛えて、準備して……整ったらここを出よう」

「げ、勉強すンのかよ!」

「文字はちょっとくらい読めた方がいいよ」


 この狭い箱庭を抜け出して、外の世界に出る。


 そして賢者の石を探す途方もない旅に出るのだ。


 そう考えると、チリーの胸は少しずつ高鳴り始める。


 今を変えられるかも知れない。


 少なくとも、変わらない時間がただ過ぎゆくだけの日々は終わる。


「……そうだな。ちったァ勉強すっかァ……」

「いつかきっと旅立とう。僕ら二人で」

「……おう!」


 その場で握手をして、二人は固く誓い合う。


 小さな箱庭で見た大きな夢が、彼らの旅の起源オリジンだった。



***



 二人が賢者の石を探す旅に出ることを決めてから、二年の月日が経った。


 二人は学び、鍛え、シスター達を手伝いながら僅かな小遣いを貯蓄し、旅の準備を続けていた。


 そして二人が十七歳になった春のある早朝。


 二人はこっそりと孤児院を抜け出した。


 まだ薄暗い中、二人は壁を乗り越えて孤児院の外へと抜け出していく。


「二年間地道に掘ったかいがあったぜ」

「ほんとにね」


 孤児院の壁に、二人は二年間かけて穴を作り続けていた。その小さな穴が足場となり、二人はそれをよじのぼって孤児院を抜け出す。


 昇ったばかりの朝日が二人を照らす。


 旅立ちを祝福するような鮮やかな景色に、二人は心を踊らせた。


「行こうか……」

「……ああ」


 長い長い旅が始まる。


 この小さな始まりが齎す過酷な運命を、まだ二人は知らない。


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