episode31「The Origins Of The Legend」

 ウヌム族の里の被害は大きく、死傷者も出ている。しかしチリー達が駆けつけたことで、大ババ様を含むほとんどの者が救出された。

 余力のあるチリー、ミラル、シアと、里に残っていた動ける者を総動員して救助を行い、一段落する頃には完全に日が暮れていた。

 ウヌム族は少数民族だ。総数は百に満たない。そのため、少ない人数でも一通り救助することが可能だった。


 ゲルビア兵は全員が囚われ、現在は里の片隅で夜空の下、捕虜扱いされている。

 そして問題のエリクシアン達だが――――


「参ったな……まるで力が入らない」

「動物ッ! 動物触らせてッ! ねッ!? お願いッ!」

「…………」


 全員が他の兵同様に縛られていた。


 それもそのハズ、三人共ミラルによって根こそぎ魔力を奪い取られているからである。


 こうなってしまえば、彼らは人間と全く変わらない。能力もなければ、超人的な身体能力もない。そのため、致命傷を負ったまま魔力を吸われたエトラは、手当がなければそのまま死んでいた可能性が高い。


 彼らの魔力は、本当に空っぽになっている。チリーによれば、全く人間と見分けがつかない程だという。

 わずかでも魔力が復活すれば、チリーが探知出来る。ひとまず人間と同じ状態でいる内は、こうして念入りに縛って動けなくしておけば大丈夫だろうという判断だ。


「死にたくなければ静かにしていろ。本当はお前ら全員首をはねて里の入り口に晒してやりたいくらいなんだ」


 数の暴力に圧倒されて敗北したウヌム族だったが、屈強な男は多い。その内の一人であり、ゲルビア兵を見張る役目を任されたバルゴは、やかましい二人を見下ろして槍の刃先を向けた。


「な、なんて野蛮なんだッ! これだから人間は嫌ですねぇッ!」


 マーカスが悲鳴じみた声を上げると、即座に槍が突き出される。


「あーーーーーッ!?」


 槍が貫いたのは、マーカスの右耳だった。


 今まで耳があった場所から血を垂れ流しながら、マーカスは震えながら上目遣いにバルゴを見つめた。


「その野蛮な俺を、これ以上怒らせるな。耳で良かったな。手が滑れば頭だった」


 バルゴはそれだけ言ってマーカスに背を向ける。


「一応手当してやれ」


 そばに控えている女にそう伝え、バルゴは腕を組んで考え込む。


(……本当に人間になっているな……)


 聖杯の効力の説明は、持ち主であるミラル自身から聞いている。マーカス達がエリクシアンなら、とっくの昔に抜け出して反撃されているだろう。疑っていたわけではなかったが、それでも驚かずにはいられなかった。


「あ、痛いッ優しくッ優しく手当してッ! 駄目ですかッ!? すいませェ~~~んッ!!」


 マーカスの奇声を背に受けながら、バルゴは里を救った者達に思いを馳せる。

 赤き破壊神と呼ばれた少年、チリー。聖杯の少女、ミラル。ウヌム族と交流の深い、エレガンテ家のシュエット。そしてかつて里を抜け出したハズのシア。


「……妙な取り合わせの連中だ……」


 重症のシュエット以外は大ババ様の家に集まっている。明日、改めて礼を言おう。彼らが現れなければ、里はあのまま蹂躙されていた。

 そのためにもまずは今夜一晩、交代が来るまで見張りの仕事に耐えなければならない。


「け、毛皮とかないですかァ……!? 触らせてェ……ッ」


 まるで懲りないマーカスに、バルゴは人道を投げ捨てて本当に蛮族になりそうな思いだったが。



***



 里での救助活動や片付けの手伝いを終えたチリー達は、大ババ様の家へ集まっていた。現在、シュエットは眠っており集まっているのはチリー、ミラル、シアの三人だ。


 大ババ様は深い緑色のローブをまとった小柄な老婆で、顔つきはかなり厳しい。チリーはいつもと変わらない様子だったが、ミラルはどこか緊張した面持ちで、シアは相当気まずそうに目をそらしている。


 蝋燭の火を明かりにして、四人は毛皮の絨毯の上に座り込む。

 大ババ様は、三人を前にすると座ったまま深々と頭を下げた。


「お主らがここを訪れなければ、里は壊滅していたであろう。改めて礼を言わせてほしい」


 そんな大ババ様の様子に、既視感があってチリーは歎息する。


「……なんかこんなんばっかだな。偉い奴は意外と頭下げたいのか?」

「チリーなんてこと言うの!」


 とは言いつつも、ミラルも既視感はあった。

 クリフ殿下にヴァレンタイン公爵、そして大ババ様と行く先々で立場のある人間に頭を下げられている気はする。


 だがそれは、チリーが守るために力を使い続けている証拠だ。むしろこれは、誇るべきことなのかも知れない。


「里長にまでなれば頭を下げる機会は少ないのでな……。最早貴重な経験じゃて」


 頭を上げると、大ババ様は茶目っ気のある笑みを見せる。それを見てチリーもわずかに口角を上げた。


「特に、そこの馬鹿孫にまで頭を下げることになるとは思わんかったわい」


 と、大ババ様が口にした瞬間、一気に視線がシアに集まる。

 なんとなくわかっていたミラルはともかくとして、知らなかったチリーは目を丸くしていた。


「た、ただいま~……」


 空気を誤魔化すように笑うシアだったが、大ババ様の顔は先程とは打って変わって険しい。


「改めて自己紹介させてもらおうかの。わしの名はサイダ、シアの祖母じゃ」


 やや色黒で小柄な大ババ様――サイダと、色白で上背のあるシアはあまり似ていない。思わず見比べるチリーに、サイダはくく、と音を立てて笑う。


「似ておらんじゃろう。わしも正直血縁かどうか疑っておる」

「ちょ、ちょっとおばあちゃん! それはひど――――」

「勝手に里を飛び出して何年も帰って来なかったようなバカタレがわしの血縁であってたまるか! 危うく再会する前に往生するとこじゃったわこのアホンダラがッ!」


 突然怒号を飛ばすサイダに、シアは怯えながら縮こまってしまう。そんな二人の様子を見ながら、ミラルは軽く苦笑いする。


「……シアの件はあとで聞くとしよう。その前に、お主らの話を聞かせてくれんだろうか? 聖杯の少女と……かつて赤き破壊神と呼ばれた少年よ」


 サイダはそう言いながら、真剣な面持ちで二人を交互に見る。

 ミラルはコクリと頷くと、そのまま旅の事情と、この里を訪れた理由を話し始めた。



***



 サイダは、ミラルの話をずっと黙ったまま聞いていた。時折頷いて相槌を打っていたが、それ以外には一切口を挟まなかった。


「……なるほどな」


 一通り聞き終わり、サイダは頷きながらそう呟く。

 サイダの面持ちは異様なまでに真剣で、周囲の空気はどこか張り詰めているように感じてしまう。


「賢者の石は赤き崩壊レッドブレイクダウンで失われたものと思っておったが……ゲルビアの様子から察するに、まだ現存しておるのだろうな」

「……俺は、あの事件は膨大な力の塊が暴走した結果だと思っていた」

「それは……否じゃ」


 サイダがはっきりと断言するとミラルもシアも目を丸くした。チリーだけが、黙ってサイダの言葉を待っていた。


「賢者の石は、ただの力の塊ではない。破壊の意志を持って作られた魔法遺産オーパーツじゃ」


 ――――俺は全てを破壊するために生まれた。


 あの時、賢者の石を名乗る謎の存在からチリーが聞いた話は、恐らく真実だ。


 赤き崩壊レッドブレイクダウンはただの事故ではない。起動させたのがチリーであることに違いはないが、その破壊は暴走ではなく”何らかの意志”によるものだった。


「テオス・パラケルスス。それが賢者の石を生み出した原初の魔法使いウィザーズ・オリジンの名じゃ」


 テオス・パラケルスス。その名前には、ミラルは勿論、チリーにも一切聞き覚えのない名前だった。

 シアは微かに聞き覚えがあるのか、何か思い出そうと顔をしかめているが、思い出すにはもう少し時間がかかるだろう。


「我らが祖先、ウヌム・エル・タヴィト。賢者の石を生み出したテオス・パラケルスス。そしてテイテス王国の初代国王であるシモン・テイテス。彼らがかつて大陸を管理していた三人の原初の魔法使いウィザーズ・オリジンじゃ」

「シモン・テイテスって……!」


 ミラルの言葉に、サイダは深く頷く。


「お主がテイテス王家の血筋で間違いないなら、シモン様はお主のご先祖様ということになる」


 そこから、サイダはゆっくりと彼らについて語り始める。


 遥かな昔、この世界に”魔法”という概念が存在し、それを操る魔法使い達が世界を管理していた時代の話だ。


 ウヌム、テオス、シモンの三人はこの大陸で最も古い魔法使いとされている。これらの歴史は既にほとんど失われ、一部の家系やウヌム族のような少数部族の中にだけ残っている歴史だ。

 魔法の力は当時の人類の中でも一部の者しか持たず、今の時代の人間と同じ、魔法の使えない人間の方が圧倒的に多かった。彼らを支配し、管理、統括していたのが強大な力を持つ魔法使い達だった。


「争いは絶えなかったと文献には記されておる。特に、魔法使い純血主義のテオスの一派はな……」


 テオス・パラケルススは、所謂純血主義者だった。魔法を使える者だけを尊び、魔法使いだけの純血の世界を作り出すことがテオスの思想だったのだ。


「テオスの思想は当然、受け入れられるようなものではなかった。共存を望むウヌム様とシモン様は、テオスとは対立していたと記されている」


 ここまで聞けば、チリー達にも賢者の石が何故破壊を目的としているのか、なんとなく察しはついてくる。

 純血主義者のテオスが生み出した賢者の石が、破壊を目的としているのなら……それは魔法を持たない人類を殲滅するためのものだ。


「ウヌム様とシモン様は協力し合い、テオスを討ち取った……。じゃがその戦いでウヌム様は深く傷つき力の大半を失い、シモン様は亡くなられたとされている」


 そして賢者の石が、この世界に取り残された。


 残った魔法使い達によって賢者の石は封じられ、万が一の時に備えて制御装置が作られたのだ。


「賢者の石の制御装置――――それが聖杯じゃ。生前、シモン様が考案したものだ。それを生き延びた子孫と弟子が完成させた……」

「制御装置……」


 そっと、ミラルは自身の腹部に手をあてる。果たしてそこに聖杯があるのか確証はなかったが、それでも思わず触れてしまった。

 自分の身体の中に、太古の昔に作られた魔法遺産オーパーツがある。それも、賢者の石という災厄を制御するために。


「……待てよ。賢者の石は一度封印されたのか? テオスが死んだ後、壊しゃ良かったじゃねえか」


 食い下がるようにチリーが言うと、サイダはかぶりを振る。


「|壊せなかった(・・・・・・)のじゃ。遺された者達の力ではな」


 ウヌムやシモン程の力はなかったとしても、聖杯を完成させる程の力を持った魔法使い達が残っていたハズだ。それなのに、賢者の石は破壊出来なかった。


(……破壊出来るのか……? そんなモンを……ッ)


 歯を軋ませながら、チリーは拳を握りしめる。魔法使いに破壊出来ないものを、今の人類が破壊出来る道理は恐らくない。殲滅巨兵モルスですら、ミラルの力なしでは破壊することが出来なかったのだ。

 殲滅巨兵モルスの場合はオーバーヒートさせることが出来たが、賢者の石はどうなるかわからない。更に力を増して暴走すれば、それこそ本当に人類は殲滅される。


「……だったら私が、制御すればいい」


 そんなチリーの隣で、ミラルは静かに言い放つ。

 不安げなチリーの拳をそっと右手で包み込んで、ミラルは決意を口にした。


「賢者の石は、私が制御する。それがきっと、聖杯を持つ私の責任だわ」

「ミラル、お前――――」

「チリー、もうこれはあなただけの贖罪じゃない。私がやらなくちゃいけないことなのよ」


 シモン・テイテスの子孫であり、聖杯の継承者であるのならば……これは自分のやるべきことだ。少なくともミラルにはそう思えた。


 賢者の石を制御することが、具体的にはどういうことなのかまだわからない。しかしそれでも、二度と赤き崩壊レッドブレイクダウンのような悲劇を繰り返させないためにやらなければならないことだ。


 それにミラルはもう、覚悟は出来ている。


 聖杯の力を知り、チリーと共に進むことを決めた時からずっと。


「……」


 ミラルの真っ直ぐな瞳の中に、チリーは彼女の深く強い覚悟を見た。


 出会った時はまだ何も知らない少女だったミラルが、いつの間にかこんな目をするようになっていた。これは、自身を犠牲にしてでも何かを成し遂げようとする強い意志だ。


 そしてチリーは、そんなミラルと共に背負うと決めたのだ。

 責任も、運命も。


「その責任、俺の背中にも乗せな。俺は……」


 言葉の続きを紡ぐのに、一瞬の躊躇があった。

 この先を口にするということは、あの日と同じ誓いを立てるということだ。


 守れなかった、失われた誓いを。


 ――――同じ過ちを繰り返すつもりか?


 青蘭の言葉が、まざまざと脳裏に蘇る。


(……繰り返さねえよ)


 そう心の内で応えて、チリーは誓いを立てる。


「俺はお前を守り続ける。お前が責任を果たすってンなら、俺は最後まで傍で守り続ける」

「……ありがとう」


 高鳴る鼓動を落ち着けるように、ミラルは静かに言った。


「……お主らの旅に、どうかウヌム様のご加護があらんことを……」


 互いに見つめ合う二人に、サイダは祈りを捧げる。この二人が背負う過酷な運命に、一筋の光が指すことを願って……。




 そしてそんな三人の様子を、気まずそうに見つめているのがシア・ホリミオンであった。


 テオス・パラケルススってなんだっけ? という部分で躓いたままサイダの話についていけず、気がつけばシア以外の三人で盛り上がってしまって置いてけぼりの状態なのだ。


「あのー……盛り上がってるとこ悪いんだけどさ……」


 恐る恐るシアが声をかけると、ミラルもチリーも一瞬驚いたような顔を見せる。そしてやや気恥ずかしそうにシアから少しだけ目を背けた。


「結局、賢者の石がどこにあるのかわかんないわけでしょ? どーすんのよ」


 賢者の石と聖杯、その経緯と意図はサイダの話でわかった。

 しかし肝心の在り処は結局まだわからずじまいなのだ。


「それを今から探すンだろーが」

「計画性のない男は愛想つかされるわよ」


 意味深に視線を向けてくるシアに、ミラルはとりあえず苦笑いで返した。


「ふむ……それについてなんじゃが、一つ考えがある」


 そう言い出したのは、先程まで二人に祈りを捧げていたサイダである。


「わしが占おう!」


 そう力強く宣言して、サイダは腕を組みながら大きく頷いた。

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