episode32「I'm Not a Rabbit」
ウヌム族の長老、サイダ。彼女には、一族に昔から伝わる占いのノウハウが蓄積されている。
元々ウヌム族における占いとは、
「ウヌム族は既に魔法を失った一族じゃが、その血の中にはまだわずかに魔力が流れておる」
「血、か……」
サイダの言葉を聞いて、チリーは自身の血のことを思い出す。自身を賢者の石だと名乗った赤い人影。アレは、チリーの中にある賢者の石の魔力が形を成したものだ。
「魔法は使えずとも、魔力を用いて真似事をするくらいのことは出来る。わしの占いもその一つじゃ」
「……おばあちゃんはこの里で一番血の中の魔力が濃い……らしいわよ。よく知らないけど」
適当に補足するシアをチラリと見て、サイダは小さく頷く。
「魔力は血液の中で生成され、体内を循環するとされておる。それは恐らく、エリクシアンも同じじゃろう」
魔法使いの時代、血液の中で魔力を生成出来る者達が魔力を操り、魔法使いとなった。現在、その力を受け継ぐ者はいないとされている。
エリクシアンとは、エリクサーの効力によって、なんらかの形で体内で魔力を生成出来るようになった者のことを言うのだろう。
「血中の魔力の濃度が高ければ高い程強い魔力を持つ。チリーと言ったな、お主の濃度は今の時代では考えられん」
「わかるのか?」
「多少は、な」
今のところ、チリーは自分以外に魔力をはっきりと探知出来た者を知らない。エリクシアンでさえ、誰もが相手の魔力を探知出来るわけではないのだ。
「魔力の探知は技術じゃ。わしらウヌム族の中には、極僅かな魔力を操作するために、
サイダの言う通りなら、チリーだけが魔力を探知出来た理由にも説明がつく。
チリーが魔力を探知出来るのは、体内の魔力を操作出来るが故に、魔力に対して敏感になっているからなのだ。全てのエリクシアンがそれを出来るわけではない辺り、これはチリー自身の才覚なのかも知れない。
或いは、膨大過ぎる魔力を制御するために、結果的に身についてしまった力なのかも知れなかったが。
そこまで考えて、チリーは口を開く。
「……俺の体内の魔力は、賢者の石の力だ。
チリーの言葉に、ミラルが顔色を変えた。
「奴は俺に言った……全て破壊しろってな」
「話が出来たの!?」
「よくわかんねえけどな……。マーカスとの戦いの時、一度だけ奴と話す機会があったんだ」
恐らくアレは、意識の中の世界だろう。あの赤い人影との会話の時間は、現実では数十秒に過ぎなかったのかも知れない。
肉体的には死にかけていながらも、意識を保っていたからこそ偶発的に起こったことだとチリーは解釈している。
「だが俺はこの力を破壊に使うつもりはねえ。奴が何を言おうが、どう暴れようが、俺はこの力でミラル達を守る」
強く拳を握りしめ、チリーは改めて固く決意する。この力を、破壊のためだけに使うわけにはいかない。
チリーの話を聞いて、ミラルは驚きながらもどこか安堵するような気持ちも抱いていた。
あの赤き破壊神と呼ばれる血の力は、チリーの意志ではない。
チリーの中に流れる賢者の石の力が、破壊の意志を持って暴れた結果なのだ。
「……良かった」
思わず小さく呟いて、ミラルは胸をなでおろした。
***
サイダの占いは、明日の朝行われることになった。
占いにかかる時間は長く、サイダによれば今回の場合は半日程かかる見込みとなっている。
ミラルとシアは、ひとまずサイダの家に泊めてもらうことになった。チリーは、シュエットと共に別の家で世話になっている。
しばらく悪天候の中で野宿をしてきたミラルにとって、屋根のある場所、それも布団の中で眠れるというのはあまりにもありがたい話だ。
「はいこれ」
そのまま眠ってしまおうと思っていたミラルだったが、不意にシアから何かを手渡される。
とりあえず受け取ると、シアが蝋燭を近づけてきた。ミラルが手渡されたのは、真っ赤な液体が入った小瓶だ。
「これって……」
「治癒の秘薬よ。アンタの傷も酷いんだから、飲んでおきなさい」
「ありがとうございます……!」
「礼ならおばあちゃんに言ってよね。あたしは持ってきただけだから」
やや気恥ずかしそうにそう言うシアに微笑んでから、ミラルは小瓶の蓋を取る。
中の液体は見るからに粘度が高い。液体というよりはジェル状の何かのような印象を受ける。揺らすとぷるんと揺れるその液体を、本当に口に入れて大丈夫なのか段々不安になってくる。シュエットはこれを問答無用で口の中に流し込まれていたのだ。
「……蝋燭持っとくの疲れたからはやく飲んでくんない?」
「あ、はい……」
諦めてミラルは、血のように赤い液体を口の中に流し込む。入ってきた瞬間、強烈な苦味と臭みを感じたが、なるべく無視して強引に飲み下す。
舌の裏側に苦味が絡みつく。
口の中が気色悪くなり、喉に引っかかるような苦味が最悪だった。
思わず咳き込むミラルを見て、シアはいたずらっぽく笑う。
「……それ、クソまずいわよね」
「……へ、平気です……」
効力はわかっているし、恐らくこれは貴重なものだ。まずいとかくさいとか、そういうことを言いたくなくてミラルはどうにかやせ我慢をして見せる。それが面白かったのか、シアは笑みをこぼす。
「まずい時はまずいって言いなさいよー。作ったおばあちゃんだって、アレよりまずいものは知らないって言うくらいなんだから」
薬効がメインなら、味まで配慮する必要はない。ないのだが、正直もう少しどうにかならなかったのか思ってしまうまずさだ。
「そ、そうなんですね……」
「……コメントよりも顔でリアクションするタイプなのね、アンタ……」
本人は気づいていないが、顔をしかめて顎を引き、なんとか苦味に耐えようとした顔のまま、口元だけで笑みを浮かべているせいでひどい表情になっている。手段があれば後世まで残したかったが、面倒なのでシアは諦めて寝ることにした。
その後、ミラルは一応水だけもらって口の中をゆすぎ、気絶するように眠りについた。
***
サイダの占いは翌朝、それもまだ日が出ていないような時間帯に始まる。
里の更に奥にある祭殿にこもり、
サイダの占いは、部外者の立ち入りが禁じられている。故に、孫のシアでさえも祭殿の中には入れない。
ミラルが目を覚ます頃には、既にサイダは占いの真っ最中だった。家の中にはシアしかいない。
「おはよ。包帯、取ってみたら?」
起きぬけにシアにそう言われ、ミラルは治癒の秘薬を飲んだことを思い出す。
あのまずさまで思い出しそうになったところで軽くかぶりを振り、ミラルは恐る恐る左手の包帯に手をかける。
正直なところ、ミラルは包帯を取った自分の手をなるべく見ないようにしていた。
包帯を外すのが怖くてしばらく躊躇ったが、ミラルは意を決して包帯を外す。
「あっ……」
そこにあったのは、
慌てて右手の包帯も外し、ミラルは見るからに完治している両手を見て思わず涙した。
「わ、私の手……治ってる……っ!」
怪我については、なるべく弱音を吐かないようにしていた。
シュエットの方が酷い有様だったし、チリーはエリクシアンとは言えいつだって傷だらけになっていた。
そんな状況で、自分の火傷で弱音を吐くような姿は、なるべくチリー達には見せたくないと思っていた。まして、この傷跡は自分の決断が原因だ。後悔はしていなかったし、後から嘆くような情けない真似はしたくなかった。
それでも。
醜く焼け爛れた両手が、十代の少女にはあまりにも惨たらしいことに変わりはない。
その傷跡が、跡形もなく消えたのだ。
思わず感涙するミラルに、シアはニッと笑って見せた。
「女の手は芸術よ。ちゃんと大事にしなさいね」
「はい……ありがとうございますっ……!」
身体を起こし、たまらず飛びついてくるミラルを抱きとめて、シアはその頭に手を乗せる。
(こんなお人好しの、それも恋するお嬢ちゃんの手が、あのままで良いわけないでしょーが)
そのままそっとミラルを抱き寄せて、シアは目を伏せた。
***
「わぁ……!」
シアがミラルに用意した朝食は、りんごやナッツを盛り付けたサラダに、食パンとジャムだ。パンもジャムもこの里で作られた手作りのもので、その物珍しさが更に食欲を掻き立てる。
「このジャム、何で出来てるんですか?」
「この辺りで採れるベリーで出来てるわ。小さい頃はよく摘みにいかされたわね……」
甘酸っぱいベリーで出来たジャムは、素朴な味わいのパンと互いに引き立て合う。ラウラの家で食べたはちみつを塗ったパンも贅沢でおいしかったが、こちらはこちらで味わい深い。
フルーツも野菜も新鮮で瑞々しい。集落から少し離れた位置に、りんごの菜園があるため、ウヌム族の朝食ではりんごは一般的だ。種はエレガンテ家との交易で手に入れたものである。
「これ、盛り付けってシアさんが?」
「他に誰がいんのよ」
「……すごく丁寧ですね」
ちょっと意外、と言いかけたのをミラルは飲み込んだ。飲み込んだつもりだったのだが、顔に出ていたようでシアはじっとりとした目をミラルに向ける。
「アンタほんっと顔に出るわね……。気をつけたほうが良いわよ……」
「あ、はい……」
そんな会話を続けながら、ミラルとシアはゆっくりと朝食を楽しむ。シアはなんだかんだで面倒見が良く、旅の間の話も相槌を打ちながら聞いてくれた。
「それでね、ラズリルったらチリーのことうさぎさんとか言うのよ!」
「アレがうさぎぃ? まあ、確かに毛並み白いし似てるわね……」
シアがそう答えた瞬間、家のドアが勢いよく開く。
「お、俺はうさぎじゃねえッ!」
中に入ってきたのは、何故か少し怯えた表情のチリーと、後ろで眉をひそめるシュエットだった。
「あ、チリー。おはよう」
「俺は……うさぎじゃねえ……ッ!」
「どうしたの!? なんかごめんね!?」
チリーにとって、マーカスとの戦いはほとんどトラウマになっているようだった。
***
シュエットは、あの後再び治癒の秘薬を飲んで一晩眠ることで今度こそ万全の状態になったらしい。
里に来る前は自分で歩くことも出来なかったシュエットだが、今は堂々たる振る舞いでよくわからないポーズをキメている。
「俺が万全の状態になったからには、もう心配はありませんよミラルさん。後シア」
「おまけみたいにゆーな」
「ついでにチリー」
「俺はうさぎじゃねえ」
「……言ってないぞ……」
ちょっと青ざめているチリーを、シュエットが揺さぶってどうにか正気に戻す。
とりあえずチリーが落ち着いたのを確認してから、シュエットは用件を話し始めた。
「チリーと話したんだが、大ババ様の占いを待つ間にウヌム様の洞窟を見に行かないか?」
「ウヌム様の洞窟?」
ミラルが問い返すと、シュエットは一度頷いてから説明し始める。
「ウヌム様は、この里の近くにある洞窟で最期の眠りにつかれた。その時のご遺体は、まだ洞窟に残っている」
ウヌム・エル・タヴィトはこの地で眠りについた。彼の遺体は今も洞窟の中で朽ちずに残っている。
「ウヌムが残した碑文があるっつー話だ。解読してェからお前も来い、シア」
ウヌムが残した碑文は、古代文字で書かれている。現在、ウヌム族で古代文字を解読出来るのはサイダと、直接教えを受けたシアだけだとチリー達は聞いている。
「はぁ? 命令してんじゃないわよ。あんなカビ臭い場所、誰が行くもんですか!」
と、反射的に応えた後、シアは一度腕を組んで考え込むような仕草を見せた。
「と、言いたいところだけど。アンタ達には恩があるし、しゃーないから付き合ったげるわよ」
気恥ずかしそうにそう言って、シアはやや躊躇いがちに頭を下げる。
「……里と、おばあちゃんを助けてくれて……ありがと……」
囁くような小さな声音だったが、シアにとってはそれが精一杯だ。
それをはっきりと聞き取って、三人は顔を見合わせて微笑む。
「そんじゃ、行くか」
チリーの言葉に頷いて、四人はすぐに家を出た。
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