かがみの狐城

「いなり寿司、なんだけど」

「いなりィィィィ⁉」

 いやだからね、狐だからっていなり寿司が好きとかそんなベタなパブリックイメージ的なキャラってわけじゃっていうかいやもう正直めっちゃ好きですいなり寿司ありがとうございますほんと……!

「ありがとうございます、いただきます」

 とは言えここは冷静に。あたしはめちゃくちゃ上がっているテンションを抑えて、いなりをいただくことにした。

「どうぞ!」

 小さなお皿に、小さないなりが三個、ちょこんと乗っている。かわいい。

 半分に切って開いた油揚げに酢飯を詰めた、シンプルな長方形型のいなりだ。

「それでは……!」

 ビールが良い感じに回ってきていてちょうど〆の炭水化物が欲しかったのもあり、あたしは箸でいなりをつまんでそれを一口で味わった。

「ん、うん……⁉」

 美味しい。

 だがそれだけではない。

 美味しいのはもちろんだが、油揚げの甘み、酢飯のほのかな酸味の後に、独特の辛味というか、刺激のある味がじんわりと広がる。この味わいは……

「もしかして、ガリ……ですか、これ?」

 あたしは飲み下した後に、おかみさんに聞いてみた。

「さすが! その通り。刻んだガリをね、シャリに混ぜてるのよこれ」

「へえ……」

「これ、今度のお祭りで出そうと思ってね」

「あーほんとですか? いいと思います!」

 そこまで言って、あたしははたと気がついた。

 稲荷神社でやるお祭りに、いなり寿司を出す。

 そのいなり寿司に、刻んだガリを入れる。

 ガリの材料は? ショウガだ。

 ショウガは英語で? ジンジャーだ。

 いなりに、ジンジャー……。

「稲荷神社ジンジャー……ってこと⁉」

 あたしがそう言った瞬間、田辺のおじいちゃんが爆笑した。膝を叩きながら笑っている。

「シャレが効いてるだろ⁉ 俺が考えたんだ」

「おじいちゃんちょっと待ってよ~~! オヤジギャグ~~!」

 あたしもつられて笑いながら、改めてお皿に残ったいなりを見た。

 うん、美味しいし悪くないよね。

 あたしは残り二つのいなりを口にすると、改めてガリ入りいなりの旨味を楽しんだ。これが今年のお祭りに備えられると思うと、稲荷神社側としてはなかなかだと思う。

 そして、

「ごちそうさまでした……!」

 改めて、あたしは感謝を込めてそう言った。食材の命と、料理を出してくれたおかみさんへの感謝。きっちりと言うと、こっちも気持ちがいい。

「じゃ、今日はこれで」

 あたしはカウンターに向かうと、おかみさんに今日のお代を払った。……言っとくけど、葉っぱのお金とかそういうアレじゃないからね? そんな失礼はしないからさ。

 ……いやまあ、一応葉っぱのお金も持ってるんだけどね。最近は電子マネー決済が多くなって、ごまかしが昔より効かなくなったんだけれども。

「おーサキちゃん帰るんか? 気をつけてなァ」

「ありがとー、おじいちゃんこそ飲み過ぎには気をつけてよね」

「ハハハ! そりゃそーだわ! そう言いつつもう一本、いただいちゃってますがネ」

「も~~……」

 引き戸に手をかけた時、あのイラストレーターのおニイちゃんが目に入った。

「あの」

「あっ、ハイ⁉」

 えー、そんなビビる? ちょっと傷つくんですけど。

「あのポスター、上手いと思いますよ。お仕事頑張ってくださいね」

 それでも、思ったことは素直に伝えておきたかった。のじゃ~って何、って思うけど、かわいいし悪くないとは思う。狐のパブリックイメージには合致してるし。

 まあ、まさかここに本人がいるとは思わないだろうけどさ。

「それじゃあまた!」

「サキちゃんありがとうね!」

 おかみさんのその言葉を背に、あたしは《みけつかみ》から出た。外はさっきより薄暗く、ちょっとずつ星もきらめき始めている。

 夜が、始まる。

「おいしいおつまみとお酒でほどよく満たされたところで、帰りますかァ」

 ビールの酔いも回っているし、今日は心地よく眠れそうだ。あたしはしばらく歩いた後に、コーーン! と叫び────狐に戻り、タタタタッと神社まで駆けていった。

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