狐狼の血

「あっ、いや、ほんと美味しそうですよねえ~~!」

 正直に言うけどさ。

 油揚げ、まじで好き。めっちゃ好き。

 狐の性質的に別に好物ではないとか、そんなん関係ない。

 あたしがあたしとして、狐塚サキ個人の嗜好としてめっちゃ好きってわけ。

 それをこんな、さっくさくのじゅうじゅうの香ばしい最高のおつまみで出してもらって、テンションが上がらないわけがないじゃないですかと。

 あたしは尻尾を慌ててしまうと、姿勢を正し箸を取った。

「いただきます……!」

 箸が、ゆっくりと油揚げに向かって降りていく。

 その穂先はゆっくり、ゆっくりと油揚げに近づき……


 ざくっ、と音を立てて、油揚げを裂いた。


(はあっ……。いい音……)


 本当においしい料理ってなんていうか、匂いで楽しみ、目で見て楽しみ、音で楽しみ、舌先の感触で楽しみ、そして広がる味で楽しむ────五感全てで味わえるものなんだなって思う。

 裂けた油揚げのひとかけらを箸でつまみ、ゆっくりと口元に運ぶ。口元に近づくにつれて、醤油の香りが強くなる。

 ついさっきおつまみで軽くお腹を満たしたはずなのに、またぐぐぐっと食欲が胃の奥から湧き上がってくる。これを口にして味わいたいって欲望が止まらなくなる。

「それでは」

 あたしはゆっくりと────油揚げを口の中に納めた。

「んんん……⁉」

 予想通り、いや予想以上の醤油の旨味と、香ばしい油揚げの相性の良さ。舌の上で味わいを広げたそれを噛んでいくと、ざく、ばり、ばり、と歯ごたえ充分に良い音が口の中から響く。

 そしてそれと同時に、口に入れた瞬間は舌の上だけに存在していた油揚げの旨味が、口の中全体にふわああっ、と広がっていくのがわかった。ほどよい塩気、抜群の旨味。それらが口の中を支配する。

(最高……。最ッッッ高……!)

 ゆっくりと飲み下すと、あたしはサービスでもらったビールを手酌し、口の中で旨味とビールの苦味をぶつけた。ビールはいつだって、あたしが次の旨味に浸れるように口の中の余韻を連れていってくれる。だからあたしはキミが好き。

「おいしいです……!」

「でしょ? 電子レンジで水分飛ばして、トースターで焼き色付けるだけで簡単に見えるけど、意外とこのサクサク感のバランスが難しくってねえ」

 それでこのバランス感……⁉ 旨味⁉ と驚くことしきりだ。

 どうだろう、これ、家でも作れるかな。

 と思ったところで、家が神社だからそもそも電子レンジが使えないことを思い出した。社務所で神主さんいない時ならワンチャン……。

 そんなことを考えつつ、あたしはざくざくばりばりと食べ進めていき、あっという間に一枚たいらげてしまった。ビールも良い感じに飲み干して、だいぶ酔いがまわってきた気がする。

「ほんおに、あいがとうごらいます」

 あーやばい、呂律が回ってない。っず。

「それから最後に、これ、どう?」

「おー、アレ出すんか」

 おかみさんが今から出すメニューを、田辺のおじいちゃんは知っているらしい。気づいたらイラストレーターのおニイちゃんもこっちをじっと見ているのに気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る