狐高の人

 それじゃあ待つかと、改めて店内を見回す。

 商売繁盛のだるま。

 今時あまり見ないだろって感じの、古いフォント使ってるカレンダー。

 壁に貼られたメニュー書きはどれも油と陽射しで変色して、独特の味わいがある。

 ああ、やっぱり落ち着く。もう半年通っているうちに慣れ親しんだ風景だけに、なんだか見回して改めて視界に収めるだけでも落ち着くものがあった。

 その風景の中でひとつ違和感といえば、カレンダーの横に貼ってあるきれいなポスターだった。

「おかみさん、このポスター……」

「あーそれな! 今年の町内会の稲荷神社でやる祭りのやつ!」

 田辺のおじいちゃんが二本目のビールに顔を赤くしながら、代わりに答える。なるほど今年の祭りの告知だったら、最近貼ったきれいなポスターなのもうなずける。

 この全体的に古めかしい空間の中で、ひとつだけきれいなポスターがぽつんと存在しているのはなんというか、異質といった感じがあった。

「ってか、何これ」

 ポスターに描かれていたのは、狐耳の巫女さんだった。料理の例えでよく使われるような《きつね色》の髪からぴょこっと狐耳が飛び出し、巫女装束を着ている。

 おまけに吹き出し付きで、

「みんな! 来るのじゃ~~!」

 って台詞が添えてある。

 みんなって。来るのじゃ~~って。

 なんかこう、何で人間はあたしらのこと、そういう属性をつけたがるんだろうかとほとほと疑問に思う。こういうのってどこが発祥なんだろうか。

 ○○じゃ~~、なんておばあちゃんみたいな……というか、今時おばあちゃんだってそんな喋り方しないだろ、っていう。

 ……まあ、これはこれでかわいいんだけれども。

「それな、そこの兄ちゃんが描いたんだよ」

 田辺のおじいちゃんがハハハと笑いながら、箸でおニイちゃんを指した。お行儀悪いよ?

「あなたが?」

「あっ、えっ、あ、ハイ!」

 急に声をかけられてびっくりしたのか、おニイちゃんはうグッ、とだし巻きを飲み下した後に、思いっ切り咳き込んだ。

「大丈夫? ごめんね急に」

 あたしは立ち上がって背中をさすってあげる。こっそり神通力で精力も注いであげた。

「だ、大丈夫です。どうも」

 おニイちゃんは遠慮がちにあたしに頭を下げる。大丈夫そうだとわかると、あたしは席に戻った。

「イラスト描けるんだ、うまいね」

「ええ、まあ。デザイン会社で働いてまして」

「すごいなあ……!」

 そんなおしゃれな仕事もしてみたいなあ、とあたしが思った時、

「はい、サキちゃん! お待たせ」

 おかみさんがおつまみを運んできた。ビールもついている。

「えっ、ビール……」

「ビールもおまけ! 折角新メニュー試してもらうんだしね」

「なんかほんと、ありがとうございます」

 そしてあたしはおつまみに視線を移す。そこには、

「おっ……おおおおお⁉」

 意外なチョイスがお出しされていた。

 四角いお皿の上に乗せられ、かつおぶしがふりかけられ、香ばしく醤油の匂いを漂わせるそれは────



 さっくさくじゅうじゅうの、油揚げだった。



「お、おかみさん……! これは⁉」

「それがねえ、昔お豆腐屋さんやってて、今は店をたたんでショッピングモールの食品売り場の主任してる浦上さん、いるでしょ?」

「ああ、はい」

 浦上のおばさんと言えば、ここで何度か顔を合わせている相手だ。

「こないだ久々に来てくれたんだけど、この油揚げ使ったおつまみ教えてくれたのよ! 折角だからやってみようと思って」

「それはそれは……!」

 ここで、ついでだから説明しておく。

 よく狐の好物は油揚げ、なんて言われるけれど、あれは別に狐が動物として油揚げを好んで食べるって生態があるわけじゃない。そもそも人間の作ったものだしね。

 じゃあなんで狐が油揚げが好きかって言われているかっていうと、本来狐の大好きなネズミなんかの小さな動物の素揚げを神様のお供えにするには宗教的に見て殺生はよくない、ってなって代わりに油揚げを供えたから、なんて言われている。

 だから、狐であるあたしも別に猫にまたたびってくらい油揚げが好きってわけじゃ……


 さくさく。


 好きってわけじゃ


 じゅうじゅう。


 わけじゃ


 わけじゃ……


「コーーン! コンなん最高すぎるじゃないですかあ!」

「えっ⁉」

 あっまただやべえ! となり、あたしは慌てて身体をまさぐる。


 尻尾が出ていた。

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