星狩り

歩弥丸

『我が亡き後に洪水よ来たれ』とは誰が言ったのかしら

 お姫様は欲しがりでした。

 その国の騎士たちはお姫様の為なら何でもする連中でした。

「虹色に煌めく蝶々が欲しいわ」

と言われれば騎士たちは相争って南国に赴き、極彩色の蝶々の標本を取ってくるのです。

「如何でしょう、姫様」

 蝶々の標本を目の前にして、姫様は首を横に振るのです。

「ピン止めされた死骸を持ってきてなんて言ってないわ! 生きてる蝶々が欲しいの!」

 はてこれは困りました。そもそもこの蝶々の命は百日も無い。南国までは百五十日かかります。生きたまま南の果てを超えて王国まで蝶々を連れて来い、とは。

「何とかならんのか」

 大臣に問われた魔法使いは答えます。

「まあ、方法は無いではない。眠りの魔術を蝶々に掛け続けるんじゃな。切れる間もなく掛け続ければ、王国につくまで生きもしよう」

「ならばそなたが行け」

 魔法使いは弟子達十数人を引き連れて、慣れない船旅に出ました。嵐の海を超えて、南国に辿り着き、蝶々を捕まえ――それ自体冒険なのですが、ちょっと語る時間がありません。

 魔法使いと弟子達は代わる代わる眠りの魔術を蝶々に掛け続け、無事生きた蝶々を王国に連れてきたのです!


「素晴らしいわ! 眠りの魔術なんてくだらないと思ってたけど、これは奇跡だわ!」

「奇跡というかまあ、努力の産物ですな」

 魔法使いは苦笑いしますが、お姫様の絶賛はすぐに次の要求に飛躍します。

「今度は氷の海の泳ぐ鳥が欲しいの! あなたなら生きたまま連れてこれるんでしょう?」

 そうして魔法使いは、前回より大きな船を大臣に用意させて、嵐の海の更に南を目指します。そこには確かに泳ぐ鳥がいて、その先には氷に閉ざされた知られざる大地が――ああ、長くなるから省きますが。

 兎に角、蝶々の時と同じ様に、魔法使いは弟子達と眠りの魔術を代わる代わる掛け続け、氷の海の鳥を連れて帰りました。

 氷の海の鳥が、ペタペタペタペタと不器用に地上を歩く姿は、お姫様だけでなく王様も、隣国の王子様も魅了しました。

「かわいいのよ! あの鳥! おかげで戦争になりそうなギスギスなんて吹っ飛んだわ!」

「それは大袈裟なのでは……?」

「この調子で世界の珍しい生き物を集めれば、きっと王国は世界一の国になるわ!」

 お姫様に煽られるままに、魔法使いたちは世界を駆けめぐります。ある時は人の乗れそうな大鳥を、ある時は船より大きな大魚を、またある時は魔法使いなど一捻りで殺せそうな大熊を――いやよく生きてますね魔法使い様?


 こうしてお姫様の離宮は、ありとあらゆる世界の珍しい生き物を集めた楽園になりました。

「ここには世界の全てがありますな」

 おべんちゃらではなく、本音で魔法使いは言いました。

「足りないわ」

 お姫様は答えました。

「世界の全てをここに集めないと――いいえ、お空の星さえも集めないと!」

 魔法使いは目を丸くしました。

「やれるかどうかは分かりませぬが――やってみましょう。それまで、どうか姫様におかれては、眠りの魔術が我が全てと思い召されませぬよう」


 魔法使いは全ての弟子を集め、儀式を始めました。一日目は火をくべ、二日目にそれで鍋の湯をたぎらせ薬草を煮込み始めました。三日目に鍋に生贄のひよこを投げ込み、四日目に鍋の中身を弟子たちと飲み干しました。五日目からは、何やら丸と四角と星印を組み合わせた図を描き、その周りで歌い踊りました。

「お待たせしました姫様、我が奥義をお見せしましょう。天を御覧あれ」

「何かしら?」

 姫様が夜空を見ると、星がゆらめいていました。ゆらめいた星が次々に流れ星になりました。

「まあ綺麗!」

 しかし、目を輝かせていられたのもそこまでです。星は大きくなり、火に包まれ、次から次に城に、庭に、姫様の集めた全てに、国に落ちます。

 姫様の絶叫さえも、かき消されます。

「これぞ我が奥義――隕星招来メテオ・ストライク。我らを馬鹿にし過ぎましたな」

 魔法使いの言葉を最期に。

 そうして人類は永遠の眠りについた。

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星狩り 歩弥丸 @hmmr03

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