AMI

チャーハン@カクヨムコン参加モード

AMI

「やめてやめてやめでぇ!! 殺さないでぇ!!!」


 人の気配が全く無い廃ビルの中で、上半身を縄で縛られている男が涙を流していた。人為的に禿げさせられたのか、頭皮の至る所が鮮血色に染まっている。頬やタンクトップやパンツからはみ出ている腕や膝には内出血した様な痣が散見された。


「もう辞める! パチンコだって競馬だって賭け麻雀だって全部辞める! だから命だけでも助けてくれ!! お願いだぁ!!!!」


 男は唾をまき散らしつつ目の前に立つ黒髪の人物に懇願する。黒髪の人物は白色のワイシャツの襟にかかった髪を回しつつため息をつく。その人物は目の前にいる男など全く考えていなかった。


「アンタがどうなろうが知らないよ。ただ俺は、依頼を達成するだけさ」

「やめ――」


 パンと音が響く。瞬間、頭蓋が割れるような音と鮮血が辺りに飛び散った。血生臭い匂いと腐乱臭が辺りを覆いつくし、不快感が蔓延する。そんな中、引き金を引いた人物は右手に持った硝煙を出している拳銃をポケットにしまった後、左腕で返り血を拭っていた。



「苺サワーを一つ」

「あいよ、甘党さん」


 返り血のついたスーツを着た人物が一人、バーの店内で飲み物を頼む。硬そうな風貌とは似つかわしく無い甘そうな飲み物を選んだことに対しマスターがちょっかいをかけるが、男は笑みを浮かべながら「別にいいじゃん」と口を尖らせていた。


「それにしても、AMI。相変わらず調子が良いじゃないかぁ」

「ヴェルック。お前も調子が良いそうじゃないか」

「ハハッ、お前よりはまだまださ!」


 ヴェルックは返り血がついたAMIのスーツを眺めつつ烏龍茶を飲む。か――っと声を出しながら短く整えられた笑みをこぼす姿は純粋無垢な子供のようだ。銀色の短髪と黒色の逞しい身体から目を背ければの話だが。


「ところで、AMI。次の標的は誰だ?」

「あ――今の所は分からないな。」

「そうか。じゃあ今は暇ってわけだな。折角だしダーツとかどうだ?」


 ヴェルックはダーツを投げる真似をしつつAMIに質問する。


「はっ。別にいいけどよぉ。俺がやったら全勝しちまうぞ。この酒飲みが」

「別に飲んでねぇよ。というかお前酔ってんじゃねぇか」

「はぁ? 別に俺は飲んでねぇみょ」

「何だよその語尾……はぁ、取り合えずこれでも飲め」


 ヴェルックは呂律がまわらなくなったAMIに対して黄色の水を手渡した。AMIは手に持つと同時にキンキンに冷えた黄色の水を喉元に流し込む。


「ふごっ!? か、辛いぃ!!」

「ギャハハハハ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶAMIの姿を眺めながらヴェルックが大声をだす。


「アンラッキーセブンって自販機の4桁の数字を揃えた時に出てきた飲み物飲ませたけど辛いんだぁ。そりゃ飲まなくてよかったな。マスター、あの飲み物は何なの?」

「………………あれはマスタードをふんだんに混ぜた水だ」


 マスターから回答を聞いたヴェルックは両手を叩きながら笑っていた。それに対しAMIが顔を真っ赤にしながら鬼の形相を見せる。


「ヴェルック……てめぇ後で覚えてろよ」

「おお、怖いねぇ。まぁ、折角だし代金は払っといてやるよ」


 ヴェルックはマスターに代金を支払った後、バーを去った。一人残されたAMIは鬱憤を晴らす為に苺サワーを一気飲みした。


「おいおい、大丈夫か?」

「ぶはぁ――大丈夫だぁ。俺はこう見えて最強の殺し屋ばぁ」

「ダメじゃねぇか」


 マスターが心配そうな表情を浮かべながら質問すると、AMIは顔を赤くしながらぶっきらぼうな返事をした。どうやら酒が完全に回ってしまったらしい。


「はぁ、仕方がねぇな。取り合えず部屋まで送ってやるから立て」

「あぁ――ん? 別にまだまだいけらぁよ。ほらほらついでついで~~」


 AMIは半目だけひらいたような笑みを浮かべつつ戯言を口にする。この言葉に耳を貸していたら埒が明かないなと考えたマスターはAMIを家に送り返すことにした。


 店を一旦「Closed」にしてからマスターがバーの扉を開く。辺りは既に暗くなっていた。車通りも少なくなっていることから既に深夜帯なのだろう。取り合えずAMIを送り返そう。そんなことを思っていた時だ。


「ぐが――――ぐがぁぁ――」


 AMIが立ちながらいびきをかきはじめた。器用ではあるが、歩いてくれないとなると運ぶのが面倒になる。そう考えたマスターは腕を引っ張るが、AMIは全く歩こうとしなかった。


「はぁ……仕方ないなぁ」


 マスターはAMIをおんぶして帰ることにした。人通りが無いため変な関係とも疑われる可能性がない。体に少し負担はあるが体重が比較的軽いため運びやすかった。

 

「それにしても、軽いなぁ。こいつちゃんと飯食ってんのかな?」


 マスターはおんぶしている相手の生活習慣を少々心配しつつ、AMIを家まで送り届けた。マスターが知っているのは、そこまでの経緯だった。


「なぁ、マスター。教えてくれ。AMIはいなくなったのか?」


 静けさ満ちるバーの中、ヴェルックは真剣な眼差しで質問したのだった。

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