亡霊少女と廃校者のピアノ
第1話 廃校舎のピアノ
「廃校舎?」
マサトの声に読んでいた本から顔を上げると、不安げな顔をしたうさぎちゃんが頷いた。
ゆうこの扱いは、体操服事件から随分変わった。その最たる例こそ昼休みだ。
ゆうこの席の周りにマサト、うさぎちゃんの二人が机をつけて座っている。今までのひとりぼっちとは比べ物にならないくらい温かくて、楽しい時間だ。
「そんなのあったか?」
「図書館のあたりにあったはずだよぉ。ゆうちゃんの方が詳しいとおもうけど……」
「うん、あったよ。わたしも司書の先生から話を聞いたっきりだけれど」
マサトの不思議そうな顔にうさぎちゃんが頬を膨らませる。ゆうこはそれに苦笑しながら、知っていることだけに答えた。
「うんうん! それでねぇ、そこが最近噂になっててぇ……」
「どーせオカルト話だろ?」
「なんで決めつけるのぉ……!」
否定はしないらしい。
「そ、そうなんだけどぉ。でも今回は、今までとは違う……信ぴょう性が高いんだからぁ!」
「お前毎回それ言ってるだろ」
「ま、マサトったら。うん、凄いお話なんだね。聞かせてくれる?」
「ゆうこは小鳥遊に甘いよなぁ……」
うさぎちゃんはオカルト話が大好きで、いつもその話をしている。ゆうことマサトにあまり会話がないのもあるけれど、毎回昼休みは彼女の話に付き合っているのだ。
マサトは飽き飽きしているというそぶりを見せていけれど……なんだかんだ、うさぎちゃんのする話を楽しんでいるのは知っている。
「一番最初に見たのは、三組の斎藤くんなんだけどねぇ。夜遅く、理由があって廃校舎に行かなきゃいけなくなったの」
「なーんで夜の廃校舎に用があるんだよ」
「別の事件の気配がしてきたね……」
「もうっちゃんと聞いて!」
茶化すゆうこ達に怒ったあと、うさぎちゃんはそっと声を顰めた。
「廃校舎にはね、ピアノがあるでしょお? 大きいやつ……あれの音がしてきたんだって」
「あるのか?」
「あると思うよ。図書館も少しそうなんだけれど、物置がわりに使われているから……」
「そう! そのピアノが夜に鳴り始めて……だから斎藤くん、恐る恐る見に行ったの。そしたら──居たんだって!」
ばあっ、と脅かすように身振りするものの、マサトは手持ち無沙汰にくるくるペンを回すばかり。
「……なにが?」
「お、ば、け! 女の子のおばけ!」
怒り気味に言い張るうさぎちゃんは可愛らしい。いつもマサトにこうして遊ばれているのに気付いていないのも含めて。
「わたしピアノ弾けないよ?」
「ゆうちゃんはお化けじゃないのーっ!」
ゆうこが首を傾げて見せると、二人ともふざけないでーっとうさぎちゃんが本物のうさぎのように地団駄を踏む。かわいい。
くすくす笑っていると、揶揄われたことに気づいたのかうさぎちゃんが頬を膨らませた。
「ふふふ。うさぎちゃん、ごめんね。本気じゃないよ。許して」
「良いよぉ……ふたりとも、ぜんぜん真面目に聞いてくれないじゃん」
「当たり前だろ。目撃証言だけなんだから、信ぴょう性もなにもない」
「見た人たくさんいるのに……」
「そもそも、オバケって判断した理由がわからないじゃない?」
ロマンチストなうさぎちゃんに比べて、ゆうことマサトは結構リアリストというか……こういう話を信じない人たちなのだ。
うさぎちゃんがさらにむくれてしまう。それが可愛くてにこにこして見ていると、マサトがでも、とあごをさすった。
「その証言が本当だとしたら、危なくないか?」
「如月くん……!」
「生徒だか他人だかはわからないが、少なくとも女の子、って呼べる年齢の人間が廃校舎にいるんだ。不審者だったら不法侵入、生徒だったら……」
「ああ。確かに。あそこは床が抜けやすいし、かなりボロだもの。ガラス片を踏んでしまったり、知らずに抜けた床で足を切ったら……子供じゃどうしようもできないね」
大人であれば簡単に助けを呼べるかもしれないが、子供はそもそも携帯を持ち歩かない。誰にも連絡できる手段はなく人知れず廃校舎で大怪我を負ってしまうかもしれない。
そうやって真面目な顔をするゆうことマサトに、うさぎちゃんがもうーっ! と大声を上げた。
「お化けかもしれないじゃん!」
「ないな」
「ないね」
「なんで二人はそうなのーっ!」
ぷんぷん怒るうさぎちゃんを堂々と宥めながら、マサトをチラッと見つめる。マサトもゆうこの視線に気づき、ため息を吐いた。
「本当は担任に任せたいんだが」
「まぁまぁ……。お化けだったらうさぎちゃんが喜ぶから……」
「分かったよ。注意喚起がてら、夜の廃校舎に忍び込めばいいんだろ」
うさぎちゃんの目が輝く。
「ほ、ほんとっ!?」
「ふふ。よかったね、うさぎちゃん」
マサトが大きくため息をついたけれど、うさぎちゃんは一つも気にしていなかった。
亡霊少女とミツギ小学校の怪事件 @hayamannbo
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