第13話 軽蔑
ガタン、と椅子を蹴倒す音がした。
「ど……どうして、さくちゃん!?」
疑いようがない。または、小学生の知識では反論が出来ない証拠に、うさぎちゃんが悲鳴を上げる。さくちゃんと一番仲が良く、信頼していたのだ。当然だろう。
けれどさくちゃんはそんな彼女を一瞥した後、質問に答えることなく長い黒髪をサラッと揺らし、まっすぐとゆうこを見つめた。
「……お見事。正解よ、探偵さん」
「……」
「どうして、と言う顔をしているわね」
「さくちゃん!」
うさぎちゃんの言葉を全て無視し、ゆうこだけを見つめている。深淵のような真っ暗な瞳は随分と濁っていて、ゆうこの素の部分を怯えさせた。
「けれどその前に聞いていいかしら。貴女、いつから私が犯人だと知っていたの?」
淡々とした言葉が、クラスに降り注ぐように落ちる。マサトくんの言葉が個々に真っ直ぐ届くものであれば、彼女は雨のように染み渡るものだと思った。
外はすっかり夕暮れ時だ。図書室で泣いていた日のように、赤色をした光が窓から差し込む。まだ帰っていない他クラスの子供が遊ぶ声が、ここまで響いてきていた。
どうにか探偵ロジャーの仮面を被り直したゆうこが、片方の口角をニヒルにあげる。
「確信した、と言う点で言えば──木下栄くんの言葉を聞いた時かな」
「お、オレの……!?」
「そう。きみ、マサトくんに言っただろう? 私の後ろ姿を見た、と」
「い、言ったけど……え、あれってジジョウチョウシュだったのかよ!?」
驚いて叫ぶさかえくんに視線が刺さる。気付いていないのはお前だけだよ、と言いたげなそれには多分に呆れが含まれていて、ゆうこも喉の奥でくつくつと笑った。
「そうだよ。それで何人か、私を見たと証言した人がいたね? まぁそれについては嘘かどうか判断しづらいところだけれど」
できれば疑いたくないのだけれどねぇと眉を下げていく人かを見つめればサッと目を逸らされる。または不思議そうにこちらを見つめ返される。やっぱり、いくつかは本当のことだったらしい。
さくちゃんはそれで思い至ったらしく、腰に手を当ててはぁーっと息を吐いた。
「……そういうことね」
「理解が早くて助かるよ」
「全く、呆れたものだわ。ということは本当に茶番じゃない、これ」
クラスの聡い子たちはそれぞれ気がついた様子で耳打ちし合っている。
長い黒髪。長い黒髪は、さくちゃんとゆうこの唯一の共通点であり。
「この髪、確かにぼさぼさだったわ。急いでいたもの」
「それをいつもボサボサ髪のわたしと勘違いしたのだろうね」
「そういうこと……」
気が付かない子は──いいや。うさぎちゃんは、認めたくなさそうに弱々しく首を振った。
「う、嘘。うそだよ、さくちゃん。さくちゃんがそんなこと、するはず……」
「それ、夕姫さんの時にも言えたらよかったわね。小鳥遊うさこさん」
「!」
冷たい黒が、ようやく親友だった女の子を見つめる。そこには何の感慨も感情もこもっていなかった。
「幽霊でも何でもない生身の女の子を、寄ってたかって罵って。確証もないのに罪を着せて。そんな子と友達でいたいわけないじゃない」
「そ、そん……私は、そんな」
「いつだってそうじゃない。だって貴女、最初っから夕姫さんのこと気に掛けてたでしょう。トイレにも休憩にもいかず、グラウンドでみんなのこと見てたって知っていたでしょう」
嫌悪感を丸出しにした顔で。まるで、自分を見るような顔で、彼女はうさぎちゃんを糾弾した。
いや。多分。罵っているのは、うさぎちゃんじゃないんだろう。
「いつだって、貴女だけが助けられた! 貴女だけが夕姫さんを庇えた! それをつまらない感情で、他の子に嫌われたくないっていうだけで、貴女はいつも夕姫さんを見捨てたじゃない!?」
「わ、私は……っ!」
イヤイヤするようにうさぎちゃんが首を振る。周りを見て、周りの視線に怯えて、そんなつもりじゃなかったと言いかける。それがまたさくちゃんの気に障ったらしい。
すぅっ、と大きく息を吸って。
「だから私、あんたなんかだいっ──」
「はい、そこまで!」
ゆうこの大きな声に、言葉を止めた。
目を見開いたさくちゃんの頬は夕陽のせいだけでなく赤く染まり、多分きっと、額には冷や汗が流れていた。青ざめているうさぎちゃんだけに向かっていた顔がパッとこちらを向く。
「あー……何だね。別に動機は聞いていないんだよ諸君。言っておくが、犯した罪に対してどうしてそんなことしたんでちか〜と聞く時間は最高に無駄なのだよ。分かるかね」
「…………は?」
「というか正直どうでもいい。元々やりたくなかった犯人探しだって、君達がどーっしてもというからやってやったんだ」
クラス中の、何言ってんだこいつという視線を一身に受けながらゆうこはハンッとバカにするように笑った。
「そもそもわたし、君達に対して情とか特に無いからね? 急に仲良し修羅場ごっこされても困るんだ。勝手にやっておいてくれ」
ああ、めちゃくちゃ態度が悪い。ゆうこだってそんなのわかってる。でも探偵ロジャーになりきっていて、そういうストッパーがもう効かない。
「それじゃあわたしは帰るとしよう。あとは学級会なり何なりしたら良いのではないかね? 生産性があるとは思えんがな!」
額を抑えたマサトくんがちらっとこちらを見上げてくる。じっとりとした視線に目線を逸らす。足が震えていて、もうそろそろ本当にロジャーの振りも出来なさそうだ。
「先生。態度が悪いですよ」
「はっはっは見て分かる通りもう限界なのだよ足が震えてきているさっさと帰るぞ助手くん!」
「俺もですか。ああ、はいはい」
震える足を何とか叱咤してクラスの扉に向かう。何人かに声をかけられた気もするがもう知らない、もう無理だ。一刻も早く張り裂けそうな心臓を安心させてやりたい。
「それじゃ、あとは勝手にな」
そのマサトくんの言葉が終わる頃には、五年二組から脱兎の如く走り去っていた。
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