第11話 晴れた疑い

扉と窓が締め切られ、逃げ場のない五年二組。教壇に立ち、五人を見回すマサトくんだけがこの場を支配していた。木漏れ日が教室に降り注ぐ。少しずつ空の光が紅くなっていく中、マサトくんは教卓からとあるものを取り出した。

「木曜日の放課後。お前らが帰った後、掃除用具入れでこんなものが見つかった」

ざわ、とクラスに動揺が伝播する。それはあの日、ゆうことマサトくんで見つけた体操服袋だったから。

「……が。当然、これは小鳥遊のじゃあない。これは職員室に保管してもらってた、『忘れ物』の体操服袋だ。

分かるか? 犯人は自分で、証拠を残してくれたんだ」

全くありがたい事だぜと笑う。どちらが悪役かわからない笑みだったが、クラスの視線は握りしめられた体操服袋にいっていた。

あの体操服は、現在行方不明の小鳥遊うさこのものではない。

──では。あれは、いったい誰の?

「そして事件は起こった──あの日の翌日、体操服を忘れた四人がいるな?」

ありさちゃんは楽しげに、さかえくんは青ざめて、朔ちゃんはやっぱり冷静に、そうたくんは怯えたフリで。

各々姿勢を正す中、クラスの視線はゆうこに注目していた。

「血液ってなかなか落ちないよな。特に結構放置されて染みついたやつは。染み抜き使うにしても、翌日に持ってこれるなんてありえないだろ?」

見せつけるように袋から体操服を取り出すマサトくん。最初にゆうこを絶望させた白は、今は確たる証拠として存在していた。

「え……ねぇ。ゆうこって金曜、体操服持ってきてた……よね」

「う、ん……ちゃんと、白い奴」

犯人はゆうこじゃない。ゆうこには確固たるアリバイがあり、状況的にあり得ない。

「そう。犯人は夕姫ゆうこじゃあない。じゃあ犯人は誰か──この四人のうちの誰か、だ」

静まり返ったクラス内に、さくちゃんの冷たい声が通った。

「……何か、明確な証拠があるの?」

──正気か? ゆうこは思わずそちらを見る。さくちゃんはいつも通り、冷静な顔をしていた。

「そ、そうだよ! 俺らん中の誰かが犯人っていう証拠、出せよ!」

便乗してさかえくんが文句をつけるけれど、ありさちゃんは何も言わない。そうたくんは呆れたように小さくため息をついていた。

「お、おい。お前ら、マジで言ってるのか」

嫌われ者のゆうこならともかく、仲良し五年二組の仲間内で盗みの烙印なんて押したくも押されたくもない。

ゆうこが犯人ではない、この五年二組の中に犯人がいる──できれば、それで終わらせたかったけれど。

「……ん〜……ま、いんじゃね?」

ありさちゃんがいつも通り適当そうににへっと笑う。『みんな仲の良い、良い子な五年二組』という小さな世界が崩れることに怯える生徒の中で、一際楽しそうに。

「てか、ありえんくない? ウチらがゆうこのこと疑っといて、自分らが疑われたらなあなあで言い逃れってさ」

「中村……?」

「アタシはさんせーい。そーたくんはどう思ってっかわかんねーけど」

容疑者の一人だ。疑われているというだけで相当精神にくるはずなのに、ありさちゃんは享楽的にカラカラと笑っている。

そうたくんは怯えた顔を貼り付けたまま、ゆうこが昨日したようにぎゅ、と胸元で手のひらを握りしめた。

「ボ、ボクは……は、は、はっきりさせた方が、良いと、思います……」

(ひぃ……)

金眼が雄弁に、その方が面白そうだと語っている。相変わらずゾッとするほど擬態の上手いそうたくんは見た目だけで言えばふるふる怯えていて、可哀想だった。

暫し、沈黙。生徒たちはゆうことマサトくんの言葉に注目しているようで、教師すら何も言えず固まっている。容疑者四人の総意だ。今更部外者が、もうやめようなんて言えるわけがない。

唯一止められるうさぎちゃんは俯いたまま動かず、止める気配はない。

沈黙は、マサトくんの長い長いため息で破られた。

「……はぁぁあ〜……」

「……」

けれどゆうこは動かない。じっ、とマサトくんの目を見つめると、マサトくんは仕方なさそうに視線を動かした。

「おい、小鳥遊うさこ。お前はどう思う」

「ひぇっ!?」

急に話しかけられたうさぎちゃんは青い顔のまま顔を上げる。

「わ……私は……」

うさぎちゃんの大きな目が、ゆうこの長い前髪を、その奥のゆうこの目を見つめる。久々に目があったなと思えば、キッ、とうさぎちゃんは前を向いた。

「全部、はっきりさせたい! ……ゆうちゃんの時だけ責められるなんて、ちゃんちゃらおかしいよ!」

「うさぎちゃん……」

意思の強い大きな目は、ゆうこの大好きな目だった。ふわっとボブの薄茶が揺れる。母に外国の家系が入っている彼女は色素が薄く、可愛らしい。


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