第10話 始まる推理劇
月曜日の放課後。マサトくんの召集により、クラスの全員が集まった。ゆうこも鞄の中に道具を隠して、教卓に立つマサトくんをじっと見つめる。生徒たちにも先生にもジロジロと視線をぶつけられているのに堂々としていて、心から尊敬した。
「──まず。なんでお前らを集めたのか説明する」
マサトくんが口にするからこそ、言葉は重みを持ち嫌でも生徒たちの耳に入っていった。放課後特有の、だらりとした解散の雰囲気がビリッと引き締まる。
「夕姫ゆうこが盗難したとされる、体操服──それをとった真犯人が分かったからだ」
クラスがざわつく。担任が口を押さえた。
ざっと周囲を観察してみても、真犯人がわかったという言葉に動揺しつつも懐疑的な目を向ける人が多い。そうたくんも、知っているくせにそんな顔をしている。あまりの擬態にやはりゾッとした。
「夕姫さん……?」
「う……」
どういうことだ、とかゆうこが自分で認めたんじゃん、とか騒ぐクラスの中、信じられないような顔をした担任がこちらを見つめてきているのがわかる。
それが悪意のこもったものでないこと、そして心底からこの間の彼等の発言を信じていたことを表していて、胸の奥がぐるっと渦巻く。
「黙れ」
そしてそんな騒々しいクラスを一瞥で黙らせたのは、マサトくんだった。
「人の話を聞く前に、結論を急ぐな。違う事が証明できるから集めたに決まってるだろ」
「証明って、どうすんだよ!」
ガキ大将のさかえくんが叫ぶ。責めるような口調は威圧感があるはずなのに、静かに語るマサトくんの方がよっぽど怖かった。
「中村ありさ、木下栄、櫻木朔、中井颯太。立て」
そう言った時の反応は様々。
「え〜」
軽く笑いながら立ち上がるのはありさちゃん。むしろ何を言うか楽しんでいるように笑う姿は、ずいぶん余裕があるみたいだった。
「は!?」
動揺して思わず立ち上がったさかえくんは周囲からの視線に怯み、マサトくんに噛みつきはしないものの、不満げに不安そうに教卓を見上げている。
「……」
はぁ、とため息をついてクールに立ち上がったさくちゃんは、動揺もせず興味もないみたい。いつも通り、先生に発表する時みたいに背筋を伸ばしていた。
「えっ」
気弱そうに立ち上がったそうたくんは──あの金の瞳をうるうると揺らし眉を下げていた。まさか自分が呼ばれると思っていなかった、なんて演技が白々しい。
「それと──夕姫ゆうこ」
「!」
びく、と肩を揺らす。強制力のある声色に思わず身がすくみ、立ち上がらなければと思えば思うほど体が固まった。
「…………ぁ」
どうにか、腰を浮かす。立ち上がらなければ。立ち上がらなければ、いけない。
立ち上がらなければ──
「ゆうこじゃないの?」
誰かがひそりとつぶやいた。
それだけでゆうこは、青ざめて動けなくなる。
「なんか、全然立たないしさ」
「てか、様子おかしくない?」
「大体こないだ自分でやったって言ったじゃん」
「だってアイツのパパ、人殺しでしょ?」
ひそひそ、ひそひそ。
酷い言葉たちに、心が冷える。昨日与えられた暴力的なほど甘美な提案が脳の奥で飛び跳ねて主張した。
ちら、とそうたくんを見た。そうたくんもこちらを見ていた。眼鏡の奥、整った顔が笑みの形に歪む。細められた金は一瞬で、すぐに視線を逸らされたけれど。
「エイも言ってたじゃん」
「──犯罪者の子は、犯罪者なんでしょ?」
ヒュッ、と息を飲む。
耳元で声がした気がする。冷たい言葉ばかり直接届いて、直接ゆうこを殴りつけるみたいな、残酷な声が。そうたくんが、ほらねと笑った気がした。所詮綺麗事ですよと。
今までのゆうこだったら、もうこれから立ち上がれず罪を被っていただろう。
けれど。
(……ちがう)
けれどそんな残酷な言葉は、ゆうこの勇気に変わっていた。その言葉が嫌いで、そう言われるのが嫌で、不甲斐なくて。
だからゆうこはあの時、あの手を取ったのだ。
「夕姫ゆうこ」
澄んだ声が、耳に残る棘をぶわりと消して。勇気だけを残して、ゆうこに届く。
パッと顔を上げる。中腰のゆうこを、笑う事なくマサトくんは見つめていた。
「……はい」
椅子を引いた。掌はまだ冷えているけれど、目の前でゆうこの事を待つ男の子に、そんな弱音は言いたくなかった。
顎を引く。背筋をしゃんと伸ばす。いつも勇気をくれる、マサトくんの青色だけを見つめた。
──もう、他の誰も見ない。
「それでいい」
マサトくんが口の端だけで笑う。大人っぽい顔に驚いたけれど、すぐにそれが機嫌のいい証だとわかった。
「こういう時、どう尋問していいかわからないんだよな」
マサトくんは困ったように頭を掻いた後、単体ロジャーのように皮肉げに笑った。
「だからまず、なんでお前らを立たせたか説明するぜ」
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