第15話 コンロはちゃんと爆発した

 教会に行くと、記憶の通り大騒ぎになっていた。礼拝堂よりも奥の方で煙が上がり、周囲の住人が興味津々な様子で集まってきている。別の国から来たらしき旅人たちは怯えた様子を見せていたが、帝国の人間にとっては爆発音など日常茶飯事だ。



「誰か喧嘩でもしたのかしら?」


「教会の奴ら、血の気が多いからなあ」


「この間広場が吹っ飛んだのも、教会の連中が突然試合を始めたからじゃなかったか?」


「試合を始めたのは祭官だったが、地面を吹っ飛ばしたのは通報聞いてやってきた警備隊長だぜ」


「豪快でいいわよね、隊長の暴れっぷり」



 和気藹々と盛り上がる野次馬の声をくぐり抜けて、シャイラは礼拝堂に足を踏み入れた。祭官たちが慌ただしく駆け回っている。中には服のところどころが黒く焦げ付いている者もいた。そこに混じって、コーニが薬の瓶を抱えておろおろしているのを発見する。



「コーニ!」


「あ、シャイラ。おはよう」


「おはよう。騒がしいね」


「そうなんだよ。シャイラは……、荷物多くない?」



 コーニは目を丸くしてシャイラの手元を見た。右手に食事の入った大きなバスケット、左手に縄で吊るしたアネモネの鉢。確かに教会に出入りする荷物ではない。重さは特に気にならないが、毒性のあるアネモネを食べ物と一緒にするわけにもいかず、別々に運ぶことになった。



「ちょっとね」


「アロシア様の用事ってホントに謎だね……」



 コーニはあまり突っ込まずにいてくれた。僅かに眉を下げ、困ったように笑みを浮かべる幼馴染。



「コーニは診療所の仕事?」


「うん。厨房が爆発したって聞いて、とりあえず薬を持ってきたんだけどね。居合わせた人たち、皆かすり傷だけで済んだらしくって、ほとんどやること無くなっちゃったんだ」



 詳しく話を聞く限り、特に前回と変わったところはないようだった。



「手当は後で、って言われたから僕は待ってるけど、シャイラはアロシア様の所に行くの?」


「どうだろう。いつも通り呼ばれるまでは待ってるつもりだけど……」



 そう言いかけた所で、アロシアの従者が大股で歩いてくるのが見えた。シャイラの前では常に機嫌の悪い男だが、両手の荷物を見て更に顔をしかめた。



「なんだ、それは。妙なものを持ち込むんじゃない」



 自分が育てた花を「妙なもの」と言われては、シャイラもいい気はしない。



「許可は得ています。何か問題がありますか」



 フィスクが良いと言ったのを、この従者に覆す権利は無いはずだ。そんな気持ちで従者を見返すと、隣にいたコーニも小さな声で庇ってくれる。



「自然物である植物を、精霊を信仰する者がぞんざいに扱うのは、あまり良くないと思いますけど……」


「……失礼いたしました、コーニ様」



 〈精霊の子〉であるコーニに言われれば、従者も頭を下げざるを得ない。「謝るのは僕じゃなくて、」と慌てるコーニだったが、シャイラは小さく首を振って止めた。彼はシャイラに謝ることなどしないだろう。



「あの方がお呼びだ。さっさと行け」



 アロシアの従者は、変わらない横柄な態度でシャイラに言い放ち、コーニに礼をしてから教会の奥へ戻っていった。



「ごめんねコーニ、もう行かなくちゃいけないみたい」


「忙しそうだね。仕事、頑張って」


「うん、コーニも」



 手が塞がっているので代わりに軽くバスケットを揺らして、シャイラは早歩きで塔へと向かった。






「荷物が、多くないか」



 跳ね上げ扉を開けたフィスクの一言目が、それだった。もはや苦笑するしかない。



「ええと、うん、ごめんね」


「……先に花を」



 言われた通りに植木鉢を持ち上げる。フィスクは思いの外優しい手つきで花を受け取り、部屋に入れてくれた。


 そしてバスケットもさっとシャイラの手から取り上げて、はしごを登ろうとしたシャイラ自身の体も引き上げてくれる。



「手伝ってくれてありがとう。手間をかけちゃってごめんね」



 この部屋に入るための梯子は、シャイラが手を伸ばしたよりも少しだけ高い。一人でも上り下りできないことはないし、前回はそうやって食事などを運び込んでいたが、手伝いがある方が助かるのは確かだ。


 フィスクは無言のまま、ふいと目を逸らした。



(お礼はあまり、素直に受け取ってくれないんだよね)



 シャイラは床に置かれていた植木鉢を持ち上げた。鉢に回していた縄を解いて、テーブルに移動させようとして気が付く。


 ベッドに程近い壁際に置かれていたテーブルが、窓のすぐ傍、日の光が当たりやすい場所に動かされている。



「テーブルの場所が……」



 驚きがそのまま声に出た。対して、フィスクは何でもないように言う。



「花なら、光に当てる必要があるだろう」



 窓からの光が差し込む場所に、シャイラはそっと鉢を置いた。赤いアネモネの花が、光に照らされて笑っているようだった。


 ふと隣を見ると、フィスクが目を細めてアネモネを眺めていた。ぴんと張り詰めた糸が緩んで、あどけない少年の顔が覗いている。


 こうしていると、十五歳のシャイラとそう年齢も変わらないように思える。だが、精霊は長寿であるとも、そもそも寿命すらないとも言われている。書物によって記述が違うのでどちらが正しいかは分からないが、人間の感覚で見た目から年齢を推測することは難しいだろう。


 段々と、彼に尋ねたいことが増えていく。年齢は、好きな食べ物は。料理以外の趣味は。なぜここにいるの。どうして死んでしまうの。


 フィスクはアネモネから視線を外して、バスケットをその隣に置いた。



「これは?」


「今日のお菓子……、のつもりだったんだけど、張り切って作りすぎちゃったんだ。でも、厨房が使えないしちょうど良かった」



 本当は、それを知っていて準備してきたのだけれど。



「爆発したんだったか」


「コンロの魔道具だって」


「魔力のことなど、大して分かっていないのに使おうとするからだ」



 瞬きを一つ。フィスクを見上げると、ハッとしたように眉をしかめた。


 彼が自分から、何らかの情報を口にしたのは初めてだった。このまま深く尋ねてもいいのかと、シャイラは戸惑う。


 それを察したのか。フィスクは一瞬だけ口ごもって、小さくため息をついた。



「……魔道具に使われているのは、魔物の体の一部だろう。奴らが死んで落とす魔力の核を加工している。だが、どれだけの魔力が込められているか、核を外から見ただけでは分からない」



 教えてくれるらしい。シャイラは体ごとフィスクに向き直った。



「それじゃあ、何も分からずに魔道具って作られてるの?」


「基本的には、魔物を討伐した者の自己申告。魔物の強さと魔力の量は比例するから、それで等級が判断されている。だが、それもただの経験則でしかないし、討伐する魔物が常に全力を見せるわけでもない。だから時々、魔道具が想定と違う挙動をする」



 淡々とした説明に、もう感情は籠っていない。しかし、ふとした瞬間に口を滑らせる程度には信用を得ているらしい。


 フィスクはバスケットの蓋を上げて、中を覗きながらぽつりと零した。



「何も聞かないんだな」



 咄嗟に言葉を返せなかった。どう反応するのが正しいのか分からず、シャイラは曖昧に微笑む。



「聞いていいなら、聞きたいことはたくさんあるよ」



 フィスクはふつりと黙って、壁際の通信具に近づき手を伸ばした。



「……スコーンとサンドウィッチなら、飲み物が必要だろう」



 通信具に向かって一方的に要件を告げるその背中は、変わらず超えることのできない壁を突き付けられているようだった。

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