魔弾の射手
「すいませーん!着替え中だったものでして」
ベルトの後ろ腰辺りに挟んでいる魔弾の銃を意識しないよう気を付けながら、扉を開けて警官の前に立つ。適当に着崩しておいたので、服を急いで着て来客を迎えたように見えるだろう。
「どうされました?」
「中途半端な朝の時間にすみません。実は昨晩、この付近で銃声らしき音が聞こえたと通報がありまして」
「そ、そうなんですか」
やっぱりか。
夜中に銃をぶっ放したんだ。さぞ遠くまではっきりと聞こえた事だろう。
「ここへ来る途中に見つけたんですが、向かいのマンションのアンテナが折れてましてね。さらに、道路には銃弾が落ちていたんです」
冷や汗が止まらない。昨日何気なく試し撃ちしただけで、もうそこまで見つけているとは。
「角度から考えて、このマンションのどこかから撃たれたのではないかと当たりを付けてまして。ひと部屋ずつ声をかけている所なんですよ」
「そんな事が……朝から大変ですね」
まだセーフだ。俺が犯人だとバレた訳じゃない。ここはひとつ、渾身の演技でかく乱するとしよう。震えそうな声を全力で整えながら、俺はたった今思い出したかのように声を上げる。
「あっ、そう言えば!隣の407号室の人が何か変な事を言ってましたよ」
「変な事?」
「このマンション結構壁が薄いんで、夜に大声で話していると隣の声が聞こえて来るんですよ。それで、先週だったかな。隣の方が『銃』とか『売人』とかって言葉を興奮気味に話してたのが聞こえちゃったんです。もしかすると……」
「なるほど。情報提供ありがとうございます」
「いえいえ」
軽く会釈をして、警官は隣の部屋へと歩いて行った。俺はにこやかに会釈を返し、警官を見送る。
そして、無防備な後ろ姿に銃口を向けた。
二発目。銃声がマンションの廊下に反響する。
魔法の弾丸は素晴らしい。素人でも確実に脳を撃ち抜ける。威力もただの銃弾より優れているようで、頭蓋骨を易々と貫通した。
振り向く間も無く、警官は倒れた。とめどなく流れる血が廊下に広がった。
「お前も友人を見捨てた警察の同類だ。クソッタレめ」
街中で銃声が聞こえた。それは別に、殺人現場を目撃したとかでもない。聞き間違えかもしれないのだ。なのに、半日と経たないうちに警官はやって来ている。
こんな事には有能な癖に、明らかに暴力を交えたパワハラを訴えても、証拠が無ければ何もできないと突っぱねたのだ、この街の警察は。そう考えると腹が立つ。だから殺した。
つい衝動的に撃ってしまったが、まあいいだろう。貫通した弾丸は神様から授かった特別製。いくら調べようとも俺の身元が割れるわけがない。俺は鍵をかけて、すぐさまこの場から離れた。
時刻は午前九時。サラリーマンが少し遅れて出社しても不思議じゃない時間だ。警官が『何者か』に撃たれていた時に俺は既に部屋を出ていた、という事にすれば問題ないはず。
魔弾の銃がある事をしっかしと確かめ、俺は何食わぬ顔で駅まで歩く。
人を殺したというのに、それほど取り乱す事も無かった。思った以上に、人殺しって楽なんだな。
* * *
三発目。銃声と同時にドアの金具が砕け散る音が重なり、鍵がかかっていた屋上の扉が開く。
「よし、たどり着いたな」
ターゲットのいるオフィスにほど近い雑居ビルの屋上。俺はカモフラージュの通勤鞄を床に置き、ベルトの後ろ腰から魔弾の銃を引き抜いた。
上司がいつも座っているデスクの背後にある窓がギリギリ視認できる角度だ。歴戦のスナイパーでもなければ狙撃できないような位置取りだが、
「じゃあな。地獄へ落ちろ、クソ野郎」
四発目。心地いい銃声に身を委ねつつ、弾丸の行く先を見守る。
まるで生きているかのようにひとりでに曲がり、窓ガラスを突き破ったのが見えた。
そこからどうなったかはここからは分からないが、この魔弾を信じるならば、確実に死んでいる。
「うーむ……実際に見てないからか、イマイチ達成感が湧かないな……」
せっかくだ。もう一発お見舞いしておくか。あのクソ上司にはオーバーキルがちょうどいい。
「さっきのはダチの分。そしてこれは、俺の怒りだ」
五発目。先ほどの四発目が通った軌道をなぞって飛び、再び同じ窓から侵入する。
一度目は心臓、二度目は頭を狙って引き金を引いた。これでほぼ確実に死んだだろう。
「見てたか?俺はやったよ」
空の上で見ているであろう友人にグッとサムズアップ。ようやく、胸がスッとした気分になった。屋上に腰を下ろし、大きく息を吐く。
さてと。後は騒ぎになって人が出て来たり、救急車が来たら成功だ。それまで待ち続けるというのも意外と退屈だが……
「君、そこで何をしてる!」
「……っ!」
背後からの咎める声に、俺は勢いよく振り返った。警官が一人、警戒するように俺を睨みつけていた。
「また警察かよ……めんどくさいな」
二回もの銃声。破壊された屋上のドアノブ。そして俺の右手がしっかりと握っている、黒いリボルバー。もはや言い逃れはできないだろう。言葉より先に銃口を向けた。
「悪いな。死ね」
六発目。警官が無線機で応援を呼ぶより速く、銀の魔弾が警官の心臓を食い破った。
血を吐いて倒れる警官の横をすり抜け、俺は屋上から離れるために階段を降りる。今すぐにここから離れたら、今死んだ警官もマンションの奴と同じように俺がやったとはバレないだろう。
目的は達した。憎き友の仇は無事に殺せた。ならばもう、一発しか撃てない魔弾に用は無いだろう。どうにかして安全に処理する事ができれば、俺はただのサラリーマンに戻るんだ。会社は相変わらずブラックだが、あのクソ上司がいないだけで圧倒的に過ごしやすくなったのは間違いない。
「今日はもう帰って……いや、警官の死体が近くにあると面倒だよな。誰かが通報して片付くまで、ネットカフェにでも行くか。そこでゆっくり、無断欠勤の言い訳を考えよう」
大きな仕事を終えた俺は、この上なくスッキリとした気持ちで雑居ビルを出る。階段を降り、歩道に出た直後―――
「出たぞ!」
「取り押さえろ!!」
大勢の武装した警官が、俺を待ち構えていた。
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