七発目の魔弾

ポテトギア

銀の弾丸

 宗教も何もやっていない俺が神に縋るなど、神側からすれば呆れる話かもしれない。それでも、俺は神に縋る。自室で跪き、どこにいるかも分からない神へ祈りをささげていた。


「神様、お願いします。どうかあいつを殺してください……」


 思い出すだけで怒りではらわたが煮えくり返る。親友であり同期でもあった俺の同僚をパワハラで自殺に追いやった上司が憎くてたまらない。


「あの憎き男に、どうか惨たらしい死を与えてください、神様……!」


 ゴトリ。

 背後から重いものが落ちる音がした。振り返ると、そこには一枚の紙。そして、真っ黒な回転式拳銃リボルバーが置かれていた。


「なんだこれ……本物?」


 神への祈りを中断し、俺は銃を拾い上げる。映画などでよく見るリボルバーだが、色は黒い。その銃を重石にするように置かれていた紙も広げてみる。


『お前の願いに応えよう。その銃で、憎き仇を殺すのだ』


 何気なく目を通し、数秒後に驚いて二度見した。

 何も無い所からいきなり現れた拳銃。「願いに応えよう」という言葉。それは間違いなく、神からの贈り物だった。


『弾丸は装填されている七発のみ。六発目までの弾丸は、お前の望んだ所に必ず命中する。七発目の弾丸は、お前助けるために放たれるだろう』


 紙に記された文字を最後まで読む。俺は何も分からないまま手探りで銃をいじり、シリンダーをずらして装填されている弾丸を取り出した。鏡のように俺の顔を反射する、美しい銀色の弾丸。神様の手紙通りなら、これは俺の狙った所に当たるらしい。七発目の説明だけ少し不思議な言い方だったが、俺の助けになるっていうのなら、六発目までと変わらないようなものだ。


「ありがとうございます!神様!!」


 俺は拳銃を握ったまま、涙を流して天を仰いだ。だが、すぐに気持ちを切り替える。神様への感謝はひとまず後だ。今はとにかく、この銃を試したい。

 あのクソ上司は刺し違えてでも殺したかった。だが、必ず当たるというこの弾丸があれば、危険を冒す事なく奴を葬れる。最高じゃないか。


 俺は部屋の窓を開け、黒い夜空へ向かって銃口を向けた。弾丸は七発もある。人ひとり殺すには十分すぎる数だ。なので一発目は試し撃ちだ。この弾がどこまで『必中』なのか確かめなければ。


 向かいのマンションのアンテナを視界に入れる。俺がいるマンションの四階からは少し見上げる形になる。

 しかし、照準はあえて上空へとずらしたままにしておく。そして、引き金を引いた。


 一発目。耳をつんざく銃声を聞いて肝が冷えた。

 しかし、そんな感想を述べている間に、俺が狙ったアンテナが撃ち抜かれ、半ばから折れた。

 放たれた弾丸が生きているかのように曲がってアンテナに直撃したのを、確かにこの目で見た。


「す、すげぇ……」


 わざと下手に撃ったのに、狙っていたアンテナを確実に撃ち抜いた。この銃と弾丸は、本当にどこにでもあたるんだ……!


「この魔法の弾丸があれば、あの上司だって殺せるぞ!!」


 憎しみに塗れていた数分前から一転。俺は友の仇を討てる力を手に入れて、ウキウキで明日出かける準備をした。もしかしたらここから銃を撃ってもあいつを殺せるかもしれない。けれど、念には念を入れなければ。明日は出勤せず、会社近くにあるビルの屋上からオフィスを狙おう。


 友よ、あの世で見ていてくれ。お前の仇は俺が討ってみせるからな。





     *     *     *





 翌朝。俺は今までの社畜人生で一番気持ちのいい朝を迎えた。今日をもってあのクソ野郎をこの世から消し去る事ができるのだ。気分が弾むのも無理はないだろう。


 俺は上司が出勤したであろう時間まで、銃を握りながら何度もイメージトレーニングをする。現時点で遅刻確定だが、仮病を使って半休を取ろうとしても相手にされないだろうし、今日ばかりは無断欠勤させてもらう。


 頭の中では何千回と殺して来た相手を、ついにこの手で葬れる。ゲームの発売日が待ちきれなかった学生時代を思い出すな。すごくそわそわする。やっぱり早めに行って待機しておこうか。


 そう思って、出勤するサラリーマンに紛れるために身支度を整えていた時。インターホンが鳴った。

 荷物は頼んでいないし、朝に顔を合わせるような関係の人なんていない。誰だろうか。


「……ッ!?」


 覗き穴に顔を近付け、心臓が止まるかと思った。警察だ。玄関の前に警官がひとり立っていた。


 俺は反射的に、後ろ腰のベルトに挟んでいる魔弾の銃に手を当てた。

 俺が銃を持ってるのがバレた……?いや、これは昨晩に神様から貰ったんだ。闇取引や密売なんかとは違う。バレるはずも無い。


 となると、もしかして……


 もう一度インターホンが鳴った。心臓が跳ねる。

 事情が事情だ、居留守を使ってしまおう。今はマズい。人を殺そうとしているのが動揺として顔に出たりして、勘付かれたら面倒だ。

 きちんとクソ上司を殺し終えた後、魔弾の銃も封印して、まっさらな人間に戻ってからなら警官とも余裕をもって話せるはず―――


 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!


 今度こそ心臓が飛び出るかと思った。けたたましい電子音の発生源はベッドの上に置いていたスマホ。絶対に聞き逃さないようバカみたいなボリュームに設定しているこの着信音は、間違いなく会社からだ。無断欠勤したのだから電話がかかってくるのも当然だろう。


 急いで部屋に戻って着信を切り、電話の向こうにいるであろう上司にムカついてスマホをベッドに叩きつける。あの野郎め、人生最期の日まで俺を苛立たせやがって。


 このマンションは壁が薄い。着信音は玄関の向こうにいる警官にも聞こえただろう。

 居留守は使えない。俺は一度大きく深呼吸をして、仕方なく玄関のドアノブを回した。

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