第2話 魅惑の数字

 アンラックは「7」という数字が嫌いだった。

 いかにも幸運を表す数字だからだ。


 日頃から運が悪いと感じていたアンラックにとって、「7」は幸運な者との格差を広げる呪われた数字でしかなかった。

 だから、ハズレは必ず7番の箱に固定している。


 7番を選ぶような奴は、運に頼ろうとする愚かな連中だ。

 運よく精霊に見つけられて魔導師になった人間と同じく、運で生きる愚か者たちだ。

 運に恵まれず、実力で事を成してきた自分とは対極に位置する存在だ。


 特に自分で何かの識別番号を決められる場合に「7」を並べるような奴らがアンラックは大嫌いだった。

 「7」は偶然に揃うから美しいのであって、人為的に並べたら「運が良くなりたい」、ひいては「楽をして幸福を掴みたい」という性根が透けて視える下品な番号でしかない。

 魔導師に限らず、そんな奴らは死ねばいい。アンラックはそう思っていた。


 ただ、アンラックは猟奇的な殺人鬼ではないので、報酬という理由もなしに人を殺したりはしない。

 運に恵まれたくせにさらなる運を求める強欲な魔導師どもに死の鉄槌を下せれば、とりあえずその日のアンラックの溜飲は下げられた。



 そして今日もまたアンラックは新しい客を迎えた。

 えらく人相の悪い青年。いや、青年というよりは少年と呼ぶほうが近そうな若さだ。

 白いカッターシャツに黒いスラックス。役人のようにも見えるし、学生のようにも見える。


 しかし、アンラックにとって重要なのは年齢ではない。

 これがただの人間だったら普通に占うし、魔導師だったら副業のギャンブルゲームを持ちかける。


 ちなみにアンラックの占いは、言われたことを守りさえすれば必ず当たると評判がいい。

 それも契約強制履行の魔術のなせる業である。


「お客様は魔導師でいらっしゃいますか?」


「ああ、そうだ。それが何か?」


「ええ。実は魔導師のお客様限定で特別なゲームを提案させていただいておりまして」


 態度のデカい若造だと内心で舌打ちしながら、アンラックはルールを説明した。密かに《アンラッキー7》と名づけているギャンブルゲームのルールを。



(ルール)

 ① 客が1から9までの数字が書かれた箱から一つを選ぶ。

   箱に手を触れた時点で選択完了となる。

 ② 九つの箱にアタリとハズレが一つずつ入っている。

 ③ 赤い玉が入っていればアタリ。賭け値相応の願いが叶う。

 ④ 青い玉が入っていればハズレ。賭け値を失う。

 ⑤ 何も入っていなければ残りの箱からもう一度選ぶ。



「賭け値は基本的に命のみとさせていただきます。どうします? お受けになりますか?」


「ああ、命を賭けよう」


 アンラックは心の中でガッツポーズをした。

 この小生意気なガキを殺せることが嬉しかった。


「さあ、どうぞ好きな番号の箱をお選びください」


 アンラックは手を揉みながら若い客に促した。


 ハズレは7番に入っている。

 幸運の象徴たる「7」を最後まで選ばない客はそうそういない。

 たいていは三回以内、遅くとも五回以内には7番を選ぶ。


「2だ」


 そう言って、若い男は人差し指で2番の箱に触れた。


 2番の箱の蓋が勝手に浮き上がって箱の中を明らかにした。

 中には何も入っていなかった。


「ほう、これは魔道具みたいなものか?」


「ええ、まあ。知人の商人から買った魔道具ですよ。本来はパーティーなんかでちょっとしたゲームをするための玩具です」


 この世界には魔法はありふれているが、魔道具なるものは極めて珍しい。

 この魔道具は不覚にもキナイという商人の巧みな口車に乗せられて買わされたもので、実用性が乏しいにもかかわらず非常に値が張った。

 元を取るためにも副業にいそしまなければならない。


「さあさ、もう一度ですよ。残りの八つから一つを選んでください」


「8だ」


 即答だった。

 8番の箱も空だった。


「空なので、もう一度ですね」


 アンラックは勝利を確信してはいるものの、ギャンブルである以上、多少の緊張はどうしても残る。

 心拍が少しずつ、ほんの少しずつ早まっているのが自分でも分かる。


「9だ」


 またしても即答。

 三回以内に7番を選ばない、少し粘るタイプの客。


 だが、その後もこの客は空っぽの箱を次々に開けていった。

 そして、最後に残ったのは4番と7番。

 さすがに次は7番を選ぶだろう。4番は縁起が悪いとよく言われている数字――。


「4だ」


 アンラックが促すまでもなく、客は4番を選んだ。

 なんの迷いもなく4番に視線を落とし、わずかなためらいも見せずに箱に触れた。


「馬鹿な……」


 思わずこぼしたその言葉に、若い男がアンラックにいぶかしみの視線を送った。

 アンラックは慌ててポーカーフェイスをよそおい、箱に視線を落とした。


「あ、箱が開きますよ。ボックス・オープン!」


 4番の箱の中には赤い玉が入っていた。

 アタリである。


「お、おめでとうございます……」


 まあ、こんなこともあるだろう。

 客には命を賭けてもらったが、その客にアタリを引かれたからといって自分が死ぬわけではない。

 アンラックは客の願いを叶えればいいだけだ。

 それもアンラックが何かをする必要はない。契約強制履行の魔術効果によって、客の願いは勝手に叶えられるのだ。


「何でも願いを叶えられるんだったな?」


「ええ。賭け値の命の重みに相当する願いであれば、何でも」


 金か、女か、土地か。何でも好きなものを望めばいい。

 欲望を満たして、さっさと立ち去ってほしい。

 相手を殺せなかったアンラックにとって、この客といても自分の副業がバレるリスクを抱えているだけ。

 もうこれ以上関わりたくない。早くどこかへ行ってほしい。


「じゃあ、この世界のどこかで次に誰かが死ぬとき、おまえが身代わりになれ」


「え……?」


 アンラックの魔術は発動した。赤い玉が姿を現した時点で発動していた。

 いくら自分の魔術であっても、すでに発動完了してしまった魔術を取り消すことはできない。

 人相の悪い若造の願いが約束された。


 そして、その刻はすぐに来た。

 ふと気づくと、アンラックはイーターと呼ばれる人間を喰らう怪物の口の中にいて、ちょうど噛み潰される瞬間だった。

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