下品な数字に死の鉄槌を

日和崎よしな

第1話 魔術師の副業

 簡素な小屋の中、薄暗い室内には紫色の布がかけられた長方形テーブルがあり、その上には九つの立方体の箱が並んでいた。


 テーブルを挟んで入口側の椅子には、気の弱そうなタレ目の男がちょこんと座ってそわそわしている。

 その対面には、黒いフードを目深まぶかに被った男がフードの奥から不気味な眼光を覗かせていた。


「さあ、この1から9までの数字が書かれた箱から一つを選んでください。アタリとハズレは一つずつ。赤い玉が入っていればアタリ、青い玉が入っていればハズレ、空はもう一度です」


 タレ目の男が箱の前で手を水平に移動させ、どれを選ぶか悩んでいる。

 しかし一度手を引っ込めると、顔を上げて向かいのフードの奥と視線を合わせた。


「アタリを引けば、本当に願いが叶うんだな?」


「ええ、もちろん。あなたが賭けたものの重みを越えなければ、何でも叶いますよ。手を触れた時点で選んだことになるので、選択は慎重にしてくださいね」


 タレ目の男はじっくりと悩んだ末、「7」と書かれた箱に手を触れた。


「これにします」


「では、ボックス・オープン!」


 フードの奥で白い歯が光る。

 箱は魔法の道具らしく、誰かが開けずともふたが勝手に開いた。

 タレ目の男が箱の中を覗き込む。そこには青い玉が入っていた。


「残念、ハズレです」


「うぐ……」


 タレ目の男は小さな呻き声を上げたかと思うと、胸を両手で押さえてうずくまった。

 そしてそのまま動かなくなった。


「賭け値の命はいただきましたよ」


 黒いフードの男は冷ややかに見下ろしながらつぶやいた。

 彼の名はアンラック。

 各地を転々としながら占い師をしているが、それは表の顔であり、彼には裏の顔があった。

 それは、魔導師狩りの魔術師という顔。


 魔導師と魔術師という名前は似ているが、両者はまったくの別物である。


 魔導師というのは、精霊と契約することで、火や水、風といった種々のエレメントのうちの一つを魔法として使えるようになった人間のことをいう。

 魔法は基本的に発生型か操作型かに分かれており、発生型はエレメントを無から生み出すことができるが、それを操ることはできない。

 操作型はエレメントを生み出すことはできないが、既存のエレメントを念動力で動かすかのように自在に操ることができる。


 一方の魔術師というのは、人間の感覚や深層心理に影響を及ぼす能力である魔術を使う存在のこと。

 一人の魔術師が使える魔術は一種類のみで、例えば人を強制的に眠らせたり、すごい者は他人の未来を見ることができたりもする。


 そして、魔術師アンラックが使える魔術は、契約強制履行というものである。

 それは、口約束だろうがメモ書きだろうが、相手に自分との約束を強制的に守らせるという能力。


 今回、客の男は命を賭けてギャンブルゲームに挑んだ。

 もしアタリを引けば命一つの重みに相当する願いを叶えられたのだが、ハズレを引いたために命を失ったのだった。


 アンラックがなぜ占い業のかたわらでそのようなギャンブルゲームをやっているかというと、それが副業だからである。


 魔導師を殺せば、とある秘密組織から報酬をもらえるのだ。

 死体もその組織が処理してくれる。


 アンラックは魔導師が心底嫌いなこともあって、その副業にはかなり前向きに取り組んでいたのだった。

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