第2話

K駅3番ホーム、2車両目。

私は今日もこの場所で裕太ゆうととひかりを待ち伏せている。

自分たちの世界に夢中のふたりは、私が毎日のように

同じ車両に乗っていることに気が付いていない。


軽くメイクしているとはいえ、

顔が劇的に変わったわけではないのに。


あんなに一緒に遊んでいたのに

ふたりは私に気が付かない。

私は裕太の“彼女”じゃない。

でも、あの場所に私がいてもおかしくなかった。

本当はあの場所に私もいるはずだった。


はじめてできた友人。

はじめてできた男友達。

私たちは幼馴染だ。


はじめて好きになった人。

それを奪った親友。

愛しい初恋の人と、尻軽女。


裕太の気持ちを知ってて、関係をはぐらかしていたくせに。

彼氏がいたくせに。

裕太と同じ高校に受かったと知った途端、

彼氏と別れて、裕太に告白してOKをもらった尻軽女のくせに。


なんで今、あんたが裕太の隣にいるの?

どうして私じゃないの?


昔、裕太と喧嘩して泣いていたひかりを慰めたのは私だ。

ひかりと喧嘩して落ち込んでいた裕太に謝るよう、説得をしたのは私だ。

私がいなかったら、お前らが付き合うことはなかったんだぞ。

真っ黒な感情が私の中で渦巻いている。


けど、その日、いつまで待っても裕太とひかりは現れなかった。

代わりに彼から連絡が来た。


「今日、親いないんだ。うち来ないか?」

夜の10時30分。私は今日、彼の誘いに乗る。


私は両親に友達の家に泊まると連絡して

彼の家に泊まった。

はじめて彼と体を重ねる。

こんなものか、と思った。


彼氏が出来たら、もっと幸せになれると思っていた。

昔漫画で読んだみたいに、毎日がキラキラと輝いていて

毎日が青春で、毎日笑顔になれると思っていた。

でも現実は、キラキラしていない。

いつも灰色で、時々真っ黒なんだ。


週明け。

学校に登校すると、ちらちらと男子たちが私の方を見てくる。


話しかけてくる女子たちも、

品定めするような目で私を見ている。


「やったんだ?」

という声が聞こえた気がした。


彼が言いふらしたんだろうけど、

普通こういうことは言わないんじゃないだろうか。

どれだけ私の前では優しくても、

やっぱりこういうところが好きにはなれない。


K駅3番ホーム、2車両目。

彼との関係を一歩進めても、

私はふたりを待ち伏せることをやめなかった。


夕方、駅にきたひかりはひとりだった。

ひかりは、きょろきょろと周りを気にしている様子。

裕太と喧嘩でもしたのだろうか。


その数分後、機嫌の悪そうな裕太が駅に来て、

私の横に座った。


裕太はかなり機嫌が悪く、勢いよく座ったものだから

私の身体が、びくっと震えてしまう。


「あー、すんません」

バツが悪そうに謝りながら、裕太が私を見る。


目が合った。


10年ぶり? いや、そんなに経ってないか。

でも相変わらず私好みの綺麗な目をしている。

髪も坊主ではない。サラサラのストレートだ。


「……あれ、わこ?」

これだけ長く見つめ合っていたら、さすがに私だと気が付くか。

「あー、うん。久しぶり。この駅だったんだね」

嘘をつくのがうまくなった気がする。

そう、私は彼の学校の最寄り駅がここだとは知らない設定なのだ。


「高校、どこだっけ?」

当たり障りのない会話。

「S高」

「まじかよ。わこなら、もっといいとこ行けただろ。頭いいのに」

「そんなことないよ」

だって、誰も受験しないような高校に行きたかったんだから。

S高は立地が悪く、偏差値も低め。

家から通うのに電車を2回も乗り換えなければならない。

遠すぎず、近すぎず、中学の元同級生が通わなそうな高校を

必死に探して、見つけたのがS高だった。

制服はまぁまぁ可愛い。


でも、そんな私に親はあきれて

今はほぼ放任主義だ。

昔はもう少し可愛がってくれていたんだけど


はじめは、帰りが遅いとか、学校にメイクをするなとか

言われていたけど、今はもう何も言わなくなった。

家での会話はほぼない。


裕太やひかりと仲が良かった頃は

私の家の空気も明るかった気がする。

気のせいではないと思う。


「わこだって、気づかなかったよ。この駅使ってなら、声かけてくれればいいのに」

「いや、今日はじめて会ったし」

「何言ってんだよ、俺ら幼馴染だろ」


私がずっと言われたかった言葉は

案外簡単に聞くことができた。


「え、いや、だって……」

体温が上がっていく。

「なに恥ずかしがってんだろ、事実だろ!」

昔のように私の肩を抱く裕太。


何かが満たされていくような気がする。

「幼馴染って言ったって、中学の時、ぜんぜん話してなかったし」

「それはわこが暗いっていうか、本ばっか読んでたからだろ?」

「休み時間暇だったんだもん」

「なんだよ、声かけてよかったのかよww」


歯を見せて大きく笑う裕太が、昔から大好きだった。


そのあと、私たちは駅で幼稚園や小学生の頃の思い出話に

花を咲かせた。

気が付くと、辺りは暗くなっていて、スーツを着た大人たちが

電車に乗ってくる時間だ。

混む前に帰りたい。


「じゃあ、そろそろ」

私が笑顔で電車に乗ろうとすると、裕太に引き留められる。

「もう少し話そうぜ」

「でも……」

「なに、俺が嫌いなの?」

「そういうわけじゃないけど」


私と裕太はカラオケ屋へ入る。

彼と同じ、慣れた手つき。

違うのは、裕太が悲しそうな目をしているということ。

裕太は私を見ていない。

でも裕太の温かな体温は、私の心を満たしてくれた。

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