58 あんたがそういう奴でよかったよ


「見に覚えっていうか……うん。あるけど」


「!! 本当か!……やはり、そうだったのか」


 あら、国王様とジュリアスが口元に手をあてて唸った。

 なんだよ。イリアもこっち見てるし。ルポムなんて絶句してる。

 

「勇者に聞いたところ、カシくん。キミが筋トレを教えてくれたって言っていたんだ」


「あぁ、教えたぞ」


「……そうか。よかった。本当に、良かった」


 国王様は立って、こっちにやってきた。それを目で追ってると、ガシッと両手を掴まれた。 


「カシくん。その筋トレを王国軍にも教えてくれないか?」


「へ……っ」


 真っ直ぐな目でこっちを見てくる。若干、潤んでもいる。

 イマイチ、話についていけてないんだが……?


「その、話は有り難いんですが……」


「なにが不満だ!? 出来得る限りのことは」


「ちょっと、なにがなんだか分からなくて。説明をしてくれると……」


「あ。ああぁ! なんだ、そうか、うん。分かったよ」


 断ると思ってたな? あと、力強いですよ国王様。


「本来、この隠されたモノアルカナに記された数字というのは個々人の能力を示すものとは説明通りだ。でも、この横に加えられた数字に関しては……初めてみるものなんだ」 


「そうなのか……? でも、そんな」


「いや、これは凄いことなんだ。この左にある基礎的な数値は、戦いの経験を実際に積んだりしないと上がらない、というのがいいのか……」


「ということは、えーと? 上がりにくい?」


 当たり前のことのようにも思えるけどなぁ。

 そんなに驚くことなのか?


「上がりにくいという表現がいいのか……」


「口を挟んで申し訳ないんだが、その各項目が上がる時の話なんだが、実践を積んですぐに上がるわけじゃないんだ。なんていうか……言語化がしにくいんだが。オレもそれを見るのが初めてだから正しいかは分からないが」


「いや、有角人グランの少年の言う通りだ。戦いを積んだからといって、すぐに上がる訳じゃない。段階があるというか。ある一定の基準を満たさないと上がらないというか」


「かといって、一気に上る訳じゃないというか」


「そう。こればっかりは体感だから仕方がないんだけどね」


 ん〜? もやもやする言い方だな。

 ジュリアスとルポムの話を聞いていると、RPGゲームのレベルみたいな感じなのかなと思ったんだが。

 

「私の中では、実践で戦える数値が左の数字だと思う。平均的なパフォーマンスの数値なような気がするが」


「「それだ」」


「あ。じゃあ、どれだけ練習したり、勉強したりしても、実践で生かすことができなかったら左の数値は上がらないってことか?」


「そう。そう!! それだ。まさに、それだ」


 はあ。なるほど。ということは、左の数字は「最低コレくらいのパフォーマンスはできますよ」ってヤツだな。

 練習では強いけど、本番で弱いとかあるもんな。それのことを数字で表してるってことか。

 ……じゃあ、本番に強いヤツとか、スポーツ神経がいいヤツは左の数字が上がりやすいってことにならないか?

 見えてきたな。


「ん、待てよ。でもそれだったら……ずっと岩を持ち上げてるヤツとかがいてさ。力持ちなのはそうじゃん。でも、多分戦闘とかになったらあんまり使えんかもしれん。となると、だ。そいつの言う実践ってのはどこで、数値はどんな風になるんだ?」


 そもそも、この力とか賢さっていうのはどの部分において言ってることなんだ。


「岩を持ち上げることじゃないか?」


「だったら、力は高い状態だと」


「それはおそらく、今回は省いている【職業】というところに関する数値な気がする」


「あ、じゃあ。岩を持ち上げるヤツの職業が例えば……なんだ? まぁ例え話だしいいか。岩を持ち上げる職業だった場合、力はとんでもない。けど、戦闘面においてはその数値は参考にならないってことか」


「職業が変わったら、また数値は変わるのはそうだね」


「はあ〜、おもしろいな」


 異世界、知れば知るほど面白いな。


「で、筋トレってのが数値に加わってるから不思議だなってなってるのか」


「そのとおり。見たことがないことだし、実際に勇者の話だと『力が発揮されやすくなりました』ってことだ」


「はい。筋トレをしたら、そのなんていうか。それこそ、パフォーマンスが向上した気がします」


「待て。それだと私もそうだ」


「オレもだ。カシに筋トレを教えてもらってから、動作の一つ一つが楽になった感じする」


「!! やはり、そうか」


 へぇ。そうなんだ。あ、筋トレを教えた時にイリアが力がみなぎるとかって言ってたな。

 もしかしてそれがこれなのか?

 ンにしても、なんで筋トレだけが別枠なんだよ。おかしいだろ。

 本来この異世界で意図していないことだったからか? たしかに筋トレの文化はこの世界にはない。

 筋トレの文化を広めるって書かれてるくらいだしな。ヨガとか教えたら、+ヨガって書かれるんかな。面白そう。


「話は分かった。で、王国軍への筋トレっていう話なんだが」


「引き受けてくれるか!?」


「なんで筋トレを教えてほしいんだ。力が強くなるってのはそうだろうが、なにに使うつもりだ」


「なにって、戦力さ」


「戦争に使うとなれば、オレは教えたくない」


 きっぱりと思いを伝える。すると、国王は優しく笑った。


「あぁ、違う違う。戦争はしないよ、仕掛けられない限りね。ここでいう戦力っていうのは、自衛能力のことだ」


「この国はそこまで大きくない。だから戦争をしても継続する能力が少ないんだ」


「カシは外からやってきたからな。知らなくても仕方がない。隣国との争いごとよりも異形の者たちとの戦いの方が多いんだ」


「こんな危なっかしい状況の中、戦争をふっかけてきたら周辺から総袋叩き。だから、みんな様子を伺うしかないんだ」


 陸続きの国のことはなんも分からんが、そんな感じなのか?

 日本は平和だったから、戦争反対〜ってただただ叫ぶだけで、内情を知らない。

 

「そういうことなら、手伝ってもいい」


「本当かい! 良かった!」


「でも、問題があるぞ」


「なんだい。話してみてくれ」


「みんなの体がデカくなって、国王……アンタが王じゃなくなるかもしれない」


「……それは?」


「筋トレを教えるってことは、体を鍛えるってことだ。すると体はデカくなる。この国は何年かに一度、体がデカイヤツが国王になるんだろ? 兵士の誰かがアンタよりも体がでかくなったら──」


「ははははははっ。その心配は要らないよ」


 大仰に笑い、オレの頭をぽんぽんと撫でてこう言った。




「誰もぼくより大きくはなれないからね。この国じゃあ──ぼくが最強だ」




「……」


 すごく優しく、温かい表情で放たれた言葉にゾッとした。

 あふれるほどの自信と余裕だ。

 この国の有角人グランとして頂点に立つ者の、圧倒的な強者の微笑み。


「そうか。ならいいや」


 あんたがそういう人間でよかった。


「うん。心配してくれてありがとうね」


「オレは優しいからな。でも、あぐらをかいてたら危ないかもしれんぞ」


「?」


「次の国王が選ばれるのが、大体一年後だろ?」


 その話を聞いた時にオレは密かに考えていたことがある。

 体がでかいやつが上に立てる国。最高じゃねぇかって。

 まずこの国で一番になれないと今後開く大会で優勝なんかできるかよ、って。

 

「その残りの期間で、あんたから国王の座を奪い去ってやるよ」


「ほお! それはおもしろい。キミがぼくを超えると?」


「いやオレじゃない」その人物の背中に手を当てた。「──ルポムだ」


「え。…………え? ぇっえ? うぇっ? なんっ」


「その一年って期間で、オレはコイツを新たな国王にするために鍛え抜く」


「なんっ、そんなはなしっ、きいて……」


 ルポムと国王の目が合う。力量を推し量るような目を向けられ、ルポムは開けていた口をキュッと結んだ。


「じゃあ、キミがぼくのライバルか。よろしく頼むよ。いい勝負をしよう」


 手を差し伸べられ、ルポムは少し空中で手を遊ばせると握った。


有角人グランとしての生き方は禅譲放伐が常だ。国王様と戦えるなんて光栄だよ」


 この国で一番体がでかい有角人グランと、角が折れて体が縮んだ有角人グランの戦いの約束。


「でも、なぜ、宣戦布告を?」


「アンタのもう一人がオレを殺そうとしてきた日に決めたんだよ。ちょっと、痛い目にあってもらいたいなって」


「ほぉ……それは──いい表情だね、カシくん」

 

 その後は、事務的な話を進めてその場は解散した。





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