51 看病しにきたら……なんだこれ



「で、看病しにきたが」


「おぉ! 来たか! ここに座るといい! 匂いを嗅がせてくれ!」


「看病とは」


 ノックをワンツースリーフォー。この部屋はイリアの部屋だ。

 散らかってはいないが、それは物が少ないからだろう。

 言われたとおりにベッドの横に座ると、隣にペタッとくっついてきた。


「えーと、イリアさん?」


「しっ……静かに」


 匂いを嗅がれるの、なんかしらんが緊張するんだよな。

 それも自分よりもデカイヤツに。大型犬に襲われる子猫の気持ちだ。

 危害は加えられないのは分かっているが、本気を出されたら危ないって感じ。


「ウム。やはり、カシの匂いは落ち着くな」


「熱はないのか?」


「あぁ、こんなんで疲れる体じゃあない」


「それはそれは」


 じゃあ看病じゃあないな。

 獣人アンスロはいわば、獣の人型って感じだ。

 匂いを嗅ぐ文化ってのがあるんだろうが、そういえば、イリアはなんの獣人アンスロなんだろうか。


「……ニオイを嗅ぐってことはさ、イリアは犬?」


「む」


「あぁ、いや……気になっただけだ」


 今更だな。ベレー帽の下を見たいってのは。 

 

「なんでもない。忘れてくれ」


「うむ。なんだ? 隠し事か? トレーナーは隠し事はダメだぞ」


「ンな訳ねぇだろ」


 ベレー帽の上からポンポンッと叩いておく。


「んじゃ、元気になったみたいだし、下に降りるなりゆっくりしといてくれ。飯は食えるんだろ?」


「あ、あぁ……」


 イリアは本当に大きな犬みたいだな。尻尾も生えてるらしいが、ズボンの中にしまい込んで見えないようになってるし。

 だから、獣人アンスロって言われても全然そうは思えない。街で獣人アンスロをたまに見るが、ほんとに耳なり尻尾なり生えてるもんな。

 動物の耳とか触るの好きだからな、触らせてもらえたらいいんだけど……人だしなぁ。


「じゃ。あと、部屋の電気くらいつけとけよ〜」


 てをひらとさせて、カンナの部屋を覗こうとして、


「あと元気なら、筋トレな。夜中なら入れ込めるから暇な時に声かけてくれ……って」


「むぉ……」


「なに布団を噛んでんだ。歯の生え変わり?」


「違う! だいじょうぶだ。うん、ははは……」


「……?」


 よく分からんな。

 さすがにトレーナーだからといって歯磨きまで面倒をみるつもりはないし……。

 まぁ、大丈夫って言ってるから大丈夫だろう。



     ◇◇◇

 


「はい、看病しにきましたよ〜っと」


「あ、カシだあ……」


「!? どちら様ですか」


「カンナよ……かんな……」


「マジでしんどそうじゃん」


「くらくらするっていったでしょ」


 念の為に氷枕を持ってきておいてよかった。

 氷枕のセットおっけー。吊るして、べちゃってならないようにって、

 

「汗すご。立てるか?」


「あせっ……? あせぇ」


「カンナのふわふわした姿面白いな」


「おもしろくないわよ」


「急に出てくるじゃん」


 とりあえず立たせて、服を捲るように伝える。

 相変わらずキレイな背中だこと。


「汗拭くぞ」


「ン」


「キレイな背中だな」


「アンガト」


「声ちっさいから何言ってるか分からんが、水分摂らないとだな。水……よりもポ◯リとかがいいんだが」


 風邪を引いた時にポ◯リがいい理由は栄養があって、水に比べて体の外に排出されにくいってのがある。

 体の中を潤してくれるし、栄養もあるし、最高だね。なんとMPストアに……あるんかい。『オカケン』スゴイ。

 ポチと購入。ペットボトルそのままで出てきた。捨てるのに困るな。


「ほら、コレ、飲めるか?」


「ン……なに、これ」


「水よりもいいヤツ。あと何本か用意しておくから、喉が乾くまえに定期的に飲んでくれな」


 よし、背中の汗拭き完了。じゃあ次は前だが……。


「前は自分で拭けるか?」


「むぉ……」


「あ、飲んでんのか──って、おいおいおい!」


 ゆっくりとこっちを向いてきたので、脇腹をガシッと掴んで固定。

 ギギギギギと膠着状態に。なんで力強いんだよふざけんな。


「あせ、ぬめぬめする。ふいてよぉ……」


「馬鹿言うな。正気に戻った時に殴られるのはオレだぞ」


「殴んないもん」


「いいから、拭いておくれ。それかイリアかエルを呼ぼうか?」


 イリアは元気……だったか? エルの方がいいか。エルの汗も拭いてたしな。やってもらってたエルの方が、やり方が分かるだろう。


「…………アンタが、いいのよ」


「? なんか言ったか?」

 

「…………」


「カンナ?」


 顔を伺うと、ガシッと腕を掴まれた。


「へ?」


「アンタが!!! やればいいでしょ!!!」


 そのままお腹に手を持っていかれて、ペチッとあたった。

 そして、正面を向くカンナ。


「ほら、拭いて!」


 バッと顔を背けたが、服を胸元が見えないところまで上げていたことに気付いた。


「……お腹回りだけだぞ。胸とか鎖骨あたりはしないからな」


「うん……」


 雑念を捨てろ。そう、これは必要なことだ。

 オレはトレーナー。オレはトレーナー。

 女の人のお腹なんて腹筋トレーニングとか、スクワットの補助で触れたことあるし。

 ……直はないっての。

 チラと顔を見る。にこにこしてる。絶対、熱が覚めたら思い出して後悔するやつだ。

 なんて言って怒られるかなぁ。お嫁に行けない〜とか? はぁ〜……。


 へそ辺りに汗が溜まっていたので、手拭きで拭う。上に行けば行くほど汗が滴り落ちてくる。

 やっぱり、一番は胸元だよな。蒸れるし……物があるし。


「はい。あとはカンナが自分でやるんだぞ?」


「うぃ」


「手拭き渡したから」


「うぃ」


「あと、水分補給も忘れないようにな」


「うい……ありがとね、カシ」


 のろのろと脇下や胸元の汗を拭いて、手拭きを渡してきた。

 

「じゃあ横になれ。氷枕の設置するから」


「ありがと……ありあ、と……」


 うつらうつらしてるカンナ。体力的に限界だったんだろうな。

 今思えば、朝が苦手って言ってたのに、あの日は朝からだったから体に無理いって来てくれてたんだろう。


「しっかり休むんだぞ。今はしっかり寝て、元気になったらたくさん食べる」


 氷枕を設置し、額についていた汗を拭う。

 すると、カンナはその手を掴んで、口元に運んでいった。

 ちゅっ。


「!?」


 少し青ざめた桜色の唇の感触を残す指先。滴る唾液。


「へへ……カシの手、おっきい……」


「〜…………っ。オマエ、オレに絶対キレんなよ……」


「すぅ……すぅ……」


 調子のいいヤツめ。


「おやすみ。はやく元気になれよ」


 枕元にスポーツドリンクを置いて、部屋を後にした。

 

「……手を洗う……風邪が伝染るとよくないしな」


「主人殿?」


 廊下でアッパコム登場。不思議そうに見てくる。


「……なんか、悪い気がするが……手を洗ってくる」


「あ、はい……? いってらっしゃいませ……」


 オレが風邪を引いたらどうしようもないしな。うん。


「…………はぁ」

 

 刺激が強いっての。

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