44 スゥゥゥゥウウウウッじゃないが?



「じゃあ、お主ら分かっとるじゃろうが……ただの遺跡の攻略じゃあないぞ?」


「分かってるって」


「隊列じゃあいうもんはそのまま。が、ここ、最奥の魔女がおるっちゅー場所まではワシに応じてもらうぞ」


 反論はなし。当然だ。ここ、この迷宮の長は今やマレウスになっている。

 遺跡にある魔法を上書き、逆に遺跡内にいる者たちにとって不利な状況になっている。


「が、ワシもこうして操作するんわ久しぶりじゃからのお。……お、間違えたわい」


 歩いている先、ズンッと壁が倒れてきて、床ごと回り、回転するように刃物が見えて、また壁が出てきた。

 

「そこの壁は回転するみたいじゃのお。ほお〜……面白い造りじゃ」


「おい、クソジジイ……なんかいじるときは先に言えっての……」


「悪い悪い。危ないことはせんと誓おう」


「十分危なかったが?? くそっ、まぁいい。俺らがここに来た時よりは楽だからな」


 そうして進んだ先、ルポムと並んでいたカンナのフィート棒が沈んだ。

 ──カチッ。


「え」「は?」


 ゴゴゴゴゴゴゴッッゴオゴゴゴゴゴゴゴゴと遺跡が揺れる。

 そうして聞こえてきたのは──水の音。


「これ、まずくない……?」


 行く先の二手に分かれる曲がり角から濁流がぶつかり、うねり、こちらにまで襲いかかってきた。


「うああああぁあああああっ!!?」


「逃げろ逃げろ逃げろ!!」


 一目散に来た道を逆戻りし、先程の回転する壁にまで到達。

 

「マレウスっ!!」


「任せられたッ!!」


 水が届く手前に壁が回転し、床ごと回って……それでも水の勢いの方が速い。

 そこで一人が前に歩み出て言った。


「マレウス殿は、その仕掛けを繰り返してもらいたい」


「アッパコムッ!?」


 持っていた錫杖を思いっきり、地面に突く。


「ホーリーシールド」


 押し寄せる水が半透明の壁にぶちあたり、仕掛けによって下に落ちていく。それを数秒間続けると、水が全て消えさった。


「ふむ。奇跡を使うことになるとは……ですが、これで前に進めますね」


 みんなキョトンとした顔を浮かべた。が、壁が消えたことで届いた匂いに皆鼻をつまんだ。

 濁った水だからと思っていたが、想像の三倍は臭かった。吐きそうになる。


「うぇえ……くっさ……」


「イリア、大丈夫か? 獣人アンスロは鼻も効くだろう……って、死にかけの顔してる……」


 小麦肌が青ざめると変な色になるんだな。


「カシ、ちょっと、服を、くれないだろうか」


「服……? いいが」


 着ていた服を脱いで渡す。すると、思いっきり顔をうずめた。


「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ〜……!!!」


「えっ、えっ、えっ、えっ????」


「ちょっ、あんた、なにを──」


 かいだまま、服を顔から離れないようにくくりつけた。

 カンナどんびき。オレもドン引き。回りの大人たちも面妖な顔で見つめている。

 

「うん。これで良し。ありがとうカシ」


「えっ、あ、えっ……?」


「カシの匂いが好きでな。これなら耐えられるんだ」


「〜!! 獣人アンスロって、いつも、そうよね!!!!!」


「……? なに怒ってるんだ、カンナ。はやくいくぞ」


「……アンタもアンタよ、ばーか」


 なんでオレまで怒られる?

 マレウスよ、なんでそんな顔で肩を叩くんだい? アッパコムも。

 ルポムに関しては可哀想な目でこっちをみてくるし。

 レイはオレの上着がない状態の体を見て、盛り上がってるし。えいっ、大胸筋むきっ。


「きゃ〜っ……」


 そんな乙女みたいな反応されるとは困ったな。しっかりと、指と指の間でこっちみてるし。

 うんうん。ってか、寒いな? 遺跡の中、微妙に肌寒いんだよ。


「というか、耳長よ。しっかりと警戒しろち言うたろう」


「ひ、久々すぎて力加減を間違えたのよ。でも、そんな力強くしてないつもりなんだけど……」


「……ふん。踏み抜くと発動する仕掛けか……鉱人ドワーフの仕掛ける罠なら、あんなデカデカとした仕掛けも少しの力で作動するようにするか……耳長が重たいから発動したわけじゃあないか。……ないな」


「なによ、このっバカ鉱人ドワーフ!」


「ほっほっほ。語彙力の欠片もないのお。数千年生きてきて、そんなもんか!」


「いいや、重たければ重たいほど良いってもんだぞマレウス」


「お。よかったのぉ、耳長。カシはオマエが好みじゃそうじゃ」


「……うっさいわね。で、次はどこに向かえばいいの?」


「曲がり角を右で、広間に着く。そこの広間にはモンスターがたくさんいた」


 ルポムの記憶をたどり、曲がり角を曲がって少し進むと確かに広間についた。が、モンスターがいない。構えていた武器を緩める。

 ここは外の明かりが差し込んでて、居心地が良さそうだ。日光浴もできるな。


「まぁ、そうじゃろうな。有角人グランの傭兵どもが倒し尽くした後じゃと思うたわい」


「次は?…………ねぇ? 聞いてるの?」


「……血が残ってる。死体もある。肉がついてる」

  

 ルポムが見つめていた先には、ゴブリンの死体が転がっていた。

 それも、オレが知らない死体までも。人間ではないことはたしかだ。


「あれは……オークの死体か」


「じゃな。まぁ、住心地は最高じゃろうな。知識がないと苦労はするじゃろうが」


「違う。それじゃない。オレたちが殺してない死体だアレは」


「……共食い。他の侵入者。ともあれ、不穏な空気ですな」


 アッパコムが両手を合わせる。死体に祈りを捧げているようだ。食べるのか? いただきますじゃなかったみたいだ。


「コレは祈祷ですよ。命あるものは必ず死ぬ。ですが、不浄なモノに取り込まれたり、邪なモノに魅入られると不死者となるかもしれません」


「へえ〜……食べるのかと思った」


「ハッハッハ! 豚はとかく、小鬼の肉なぞ毒でしょうや。といっても、コレは只人の神官どのの受け売りですがね」


 ウィンクされて思わずドキリ。アッパコムかわええ。トカゲなのに。

 おれ爬虫類カフェとかまじで嫌すぎて行ったことなかったけど、こう見ると爬虫類も悪くないと思うな。

 まぁ、アッパコムは爬虫類じゃなく、竜の血筋がどうのこうのらしいが。ぶっちゃけ歩いて喋って賢いトカゲにしかみえん。

 異世界への見識がまだ浅いんだよ。なにかしら違いがあるんだろうけどな。知らん。


「結局、誰が倒したんでしょうか……」


「そうねえ……まぁ、敵だったなら知識があると思うわ」


「……?」


「アレだけドッタンバッタンしてたんだから、気づくでしょ。音のなる方へ走ってくる阿呆じゃあないってことだけは分かるわ。それか、耳が聞こえない、とか」


 レイに説明するカンナの声をオレも盗み聞き。ふむふむ。そうなのか。

 いやあ、オレさ。オークみたことないから、すげぇでけぇ豚の死体だってびっくりしてただけだったわ。

 逆に今までの流れでそこまで予測を建てられるのって凄いね。


「単に、道に迷子になっとるだけかもしれませんよ?」


「オレは魔女が日光浴をしにきて、襲われたから殺したに賭けるね」


「ンな訳がないじゃろ。魔女じゃぞ。生粋の殺し屋じゃ」


 へえ、魔女ってそんな感じなんだ。あの緑の泥みたいなのをくっくっくって笑いながらかき混ぜるやつを想像してたのに。あの下からプカプカ気泡が浮かんでるの何なんだろうなアレ。沸騰してるのを混ぜてんのかな。


「道に迷子になってる敵だったら倒すのが楽ね。それか、罠に引っかかってもう死んじゃったか」


 肩をすくめるカンナに、イリアは考えるように顎に手を当てた。

 オレの服を顔にくくりつけたままな。そろそろ返してくれ。寒いんだ。


「いや、ここから先は罠はないだろう。オークの背丈で移動できる通路しかない、と思う」


 イリアが先を示す。4つの道に分かれ、どれもがかなり天井が高い。まるでトンネルだ。

 ここって遺跡だよな? 広くね? 外から見た時もデカイとは思ってたけどさ。


「警戒するのに越したことはないけど……」


「どれが正解の道だ?」


「真ん中」


「4つだが」


「いいや、真ん中だ。あの先には仕掛けしかない」


 ルポムは皆を端に寄せて、広場の中心を脚でコンコンッと叩く。

 

鉱人ドワーフのおっさん。この遺跡、操作できるか?」


「ン。できるっちゃあできるが……なんじゃ?」


「あの4つの道の行き先にある仕掛けを同時に押して欲しい」

 

「……承知した」

 

 マレウスが遺跡をなぞると、小さな音でカチッという音が重なった。

 すると、広間の中央が大きな物音を立てて開いていった。

 

「すげえ〜……地下駐車場みたい」


「「「「「「え?」」」」」」


「え? あ、え? 地下駐車場……」


 ガタンッと遺跡全体が揺れると、広間の中央にぽっかりと大きな穴が空いた。

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