42 ただただマレウスがカッコいいだけやん


「くっら……」


 薄暗い。ここから先はさすがに灯りを付けないとな。

 教えてもらった付け方で、角灯に灯りを灯す。おいおい、臨海合宿の肝試しじゃあないんだぞ。


「罠とかは今の所ないわね。人の出入りもないみたい」


「で、マレウス。さっきのはなんだったんだ?」


「ホントにいい造りじゃと思っての。どの時代にできたモンかは分からんが、鉱人ドワーフが噛んどると思った」


「歯型でも付けてるの? 石ばっかり食べるからそんな体なのよ」


「うっさいわい。野菜しか食わん森人エルフと一緒にするな。鉱人ドワーフが作っとるってことは、ここはただの道だけじゃあないってことよ」

 

「……?──あ、そういうことね」


 カンナは石畳を突いていた棒を遊ばせて、しまった。

 

「ただの罠じゃなく、魔法が噛んでるのか」


「じゃ。が、フィート棒はまだ持っておくんじゃな」


「なんで、魔法の罠なんかじゃ”コレ”意味ないでしょ?」


「気付いたモンをはめる罠もワシなら用意する。一層から、二層。そういうもんじゃ」


 遺跡に当てていた手をグッと抑え、指をなぞる。


「……あれ、なにしてるんだ?」


「拙僧は魔法に通じておりませんので」


「アレは魔法じゃあないわ。鍛冶師スミスの技よ。スキル」


「熟達したスキルってのは、魔法と見紛うか」


 おおーーー、なんかいいなそれ。

 ってか、オレスキルと魔法の違いが分からんけど。

 まぁ、知ったかぶりをしておこう。お、レイも同じ口か? 分からんよな。


「すごい……」


 分からん凄いのを前にした時のやつじゃんソレ。分かるよ。


「この魔法の打ち込み方は……ミサカ山じゃな。あの山のもんは美味い酒を造るんじゃ。が、魔法の打ち込みに関しては甘々。ほぉ、遺跡全体を作りやすいように魔法を打ち込んどるんか。雑破な造りじゃのぉ、作り変えられても知らんぞ」


 作業するマレウスの隣に屈んでジィと見る。うん、分からん。

 MPのボードみたいなのがあるのか? 壁に向かって手をゆらゆらと。移動させて、止めて、他の所から引っ張ってきて。

 なにしてんだこれ。


「その魔法の打ち込み方でどこのヤツとか分かるのか?」


「分かるぞ。武器の作り方、魔法の打ち込み方、癖っちゅーもんがある。で、それに加えてこの遺跡は何百年前に建てられたんじゃろ? なら、よぉ分かる」


「すげえ……職人だな」


「なに言ってんのよカシ。マレウス、でしょ」


 ん、あ、そうか。王家に仕えたこともある鍛冶師の四男坊。

 柔和なおっちゃんのイメージが強すぎて、すっかり忘れてた。

 オレ、男の人がこうやって真剣な顔で取り組んでる姿見るの好きなんだよなあ。

 なんでなんだろ。子どものときって真面目に取り組まないのがカッコいいみたいな風潮があったからかな。

 それが回りに回って「いや、かっこよくね?」ってなったのか? 知らん。誰か教えてくれ。


 とかく、いまのマレウスはカッコいい。

 骨董品売り場の鑑定士みたいだ。あの小さな眼鏡みたいなのをキリキリするやつ。いいなぁ。ロマンだロマン。ここ切り取ってコマーシャルにしようぜ。


「見習いン時に色々と勉強したからの。ま、これは時代が古すぎてコーティングがされとらん」


「こーてぃんぐ」


「ン。知らんか。たとえば、じゃな。ワシが歯車のかみ合わせで動く道具を作ったとするじゃろ? でも、中身は見てもらったら困るわけじゃ」


「中身って歯車じゃないのか? それが」


「技術が知られるから、ですかな」


「そうじゃ。じゃから、コーティングをして外から見られんようにする。どんな魔法をどんな風にかけて、どこで作動させるかを分からんように。この技術はここら数十年のものじゃから、それより前でこうして残っとる魔法は箱物がされとらん訳じゃな」


「でも、マレウスさん以外……気が付かなかったのは?」


 レイの問に、マレウスはニカッと歯を見せた。


「そら、気が付かん仕組みを施しとる。昔には昔のやり方があるんじゃよ。視線の誘導なり、意図せんところに魔法をかける。で、見つからんようにする。ワシが入る時に上を見上げとったろ? ミサカ山は風景の切り替わる瞬間に一度、認識を阻害するような魔法を敷くのが昔のやり方じゃ」


 皆が息を飲んだ。この遺跡はたしかに、鬱蒼とした森林を抜けたらポツンとあった。

 まるで、森林の一区画を切り抜いてそこに当て込んだみたいに。

 が、それが……一番最初に打たれていた罠だったと。


「はっはっは。まだまだ若い若い。『そういうこともあるか』って小さな異変は、先手を打たれとると思わんとな」


 ひげを扱くと、遺跡の奥からモンスターが走ってこちらにやってきた。

 

「ゴブリン……っ!」


 先頭のルポムとカンナが武器を構えたが、マレウスは手を揺らめかせて遺跡をなぞる。


「冒険者じゃー傭兵じゃー騎士じゃー言うても鍛冶師が施した何百年と昔の《隠し》にすら気づけんとなると名折れじゃの」


「まだ言ってのかじーさん。はやく備えろ!」


「いいや、ちと試させてもらうぞ」


「はあっ!?」


「動くな」


 重みのある言葉がのしかかり、動きを静止。


「この手の遺跡は、戦争に使われとった砦かなんかじゃ。有角人グランの小僧が言っとった通り、攻め入るモンを弾くようになっとる。が、それをちくと弄ればこの通りじゃ」


 ゴブリンの武器が届く寸前に──ルポムの一歩先の天井から『天井』が落ちてきた。

 潰れる音。跳ねる血液。


「ええのお、技術っつーもんは」


 うっわああ……かっけぇ。

 

「あっ……ぶねぇなあ、クソジジイ……!! もう少しでオレも潰れる所だったろうが!」


「なんじゃあ? 止まれち言うたろうが。年配の言うことは聞くもんじゃぞ」


 ニヤニヤと笑い顔をのぞかせるマレウスにルポムは鼻を鳴らした。

 

「ン……そういえば、有角人グランの小僧。罠で二人死んだと言っとったか?」


「……ああ、それが」


「ふむ。不思議じゃのお……」


 今度は屈むと石畳に手を当て、人差し指を上から下へ引っ張った。

 

「じゃあ、この反応はなんじゃろうかっと」

 

 遺跡が揺れ、どこからか声が聞こえてきた。

 段々と近づいてくる声に耳を傾けていると、ガタンッともう一度大きな揺れを起こして──自分たちが入ってきた入り口の付近に音がなった。


「いちち……」「なんだ、一体……あかるっ……」


「!!!?」


 空から落ちてきたようなソレは、人。


「誰だ? 二人──……」


 言葉を言い終わるよりも先に、オレたちの横を風が駆け抜けた。


「お前らっ──」


「えっ」「んっ」


 落ちてきた二人に駆け寄り、抱きしめたのはルポム。

 よく見ると、その二人の頭には角が二本ずつ。ということは


「もしかして、死んだって言ってた有角人グラン……?」


「って、この声……もしかして隊長!?」


「え、どうしたんすかその姿っ!?」


「っ〜、生きてて、よかった……!!!」


 涙ぐむルポムと困惑する二人。目が合ったので会釈。

 なにが起きたのか分かってないみたいだ。


「マレウス、何したんだ?」


「落とし穴の罠の反転。それと別の通路に繋げて外に放り出しただけじゃ。遺跡全体が魔法を打ち込みやすくなっとるからのぉ、弄っただけでこんなこともできる訳じゃ」


 さらっと凄いことを言ってる気がするんだが?

 みんなもびっくりしてるじゃん。え、そんなことできるんですかって顔してるよ? 

 マレウス? せめてドヤ顔して。当たり前のことじゃが、みたいな顔しないで。

 

「なんじゃ。わしがなんかしたか?」


「……はあ、無自覚イケメンはこれだから」

 

「? じゃが、喜んどる暇はないぞ。そろそろ他のモンも降ってくる。おい、有角人グランの小僧。そこは、


 聞こえてきたのは、先程のモンスターと同じ鳴き声。ゴブリンだ。

 皆で遺跡の外に再び出て、武器を構えた。すると、きたときには無かった壁にできた大穴から痩せこけたゴブリンが放出された。

 

「うわっ」


「まじっ!?」


「いやあ、完璧に操作するのは難しいのお。間違ぉうて他の落とし穴とも繋げてしもうたわ。まぁ、ええじゃろう。さっきできんかった運動じゃと思えば」


「要らん要らん」

「このアホ鉱人ドワーフ!」

「余計な運動だな」

「こればっかりは擁護できませんな」


 皆からの悪態を浴びながら、マレウスは大仰に笑った。

 なに笑ってんだこのお髭はっ!!

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