40 イリアとの実践練習


 

「ほらっ、カシっ! 脚が止まってるぞ!」


「走るのなんてっ、久しぶりなんだよおおっ!!」


 ボディビルダーは走らない。

 お、なんか語感がいいな。どこかのアニメの番外編で聞いたことがあるような語感だ。


 ……はいはい、現実逃避ですよ。


 いや、本当にボディビルダーって走らないんですよ。

 走ってるマッチョを見たことがあるか? 走る力士なら見たことがあるけどさ。

 

「カシの体つきを見て、みな戦士だと思うだろう。が、体力がなければ何事もならん。そこを鍛えるのだな」


「イリア……イキイキしすぎじゃねえ……?」


 このトレーニングを受けた後に、レイがオレに「教官」って言ってきた理由が分かった。鬼教官だコイツ。

 

 話は戻るが、ボディビルダーってのは走らない。なぜなら過度な有酸素は筋肉が分解するからだ。

 でも、兵隊さんはムキムキだろって? ありゃあよく走るし、よくトレーニングしてるからですよ奥さん。

 が、筋肉を大きくするってところだけ切り取ると、やっぱり有酸素のやりすぎはよろしくないのである。

 

 でも、ボディビルとかフィジークとかの選手が大会のときにめちゃくちゃ痩せてるじゃん。

 あれは「食事」と「低強度の有酸素」をしてるからなのだ。

 筋肉が分解されないような緻密なカロリー計算。そしてウォーキングとジョギングの間くらいの有酸素運動。

 もちろん全員が全員コレって訳じゃないが、多くの人はこのやり方で痩せてる。


 え、だからなんだって? 何が言いたいんだって?

 オレが走れないことの言い訳だよ。オレは体力がないんだ。


「ぐえええ……」


「はい、走り込み終了! 次はすぐに素振りに行くぞ」


「…………地面って冷たいんだなあ」


 地面と結婚したいわ。優しい匂いがするし、あ、ダンゴムシだ。かわいい。

 マレウスのひげ触りたくなってきた。いい匂いするんだよ。絶対いい石鹸とか使ってるよなあ。

 

 現実逃避してるとイリアがオレを抱きかかえ、次の場所へ連行。レイは剣を持って、オレは戦斧を持っての素振りだ。素振りはまだ楽しい。


「うん。やはりカシは斧がいいな。力がある」


「そりゃあどーも」


「レイも最初の頃と比べると上達したな。カシのトレーニングのおかげか?」


「体幹、下半身、上半身。まぁ、軸がブレないようにってのを意識してる」


「ほお……やはりか」


 なにが「やはりか」だっての。すっかり玄人だな。

 まぁ、今のところ、イリアが一番筋トレしてるからな。

 この前、国王に酷いこと言われてしょげてたが、調子は戻ったみたいだ。


「それじゃあ、二人とも。実際に打ち合ってみよう」


 イリアは地面に置いていた木剣を蹴り上げ、拾った


「二人同時で構わん。来い」


「うぉ……」「っ……」


 素人目から見てもやばい。

 いつもデカイと思ってたが、目の前でこうして構えるともっと大きく感じる。初めて男性で大会に出る人を前にしたときと同じ感覚だ。逆三角形だから同じ身長なのに「えっ、2mあります?」って聞いたことがある。それと一緒だ。


「手加減はしよう」


「おっ、聞いたかよレイ」


「はい、先生」


「オレたちを舐めてるらしい」


「見返してやりましょう」


 構えて、ジリッと近づいていく。

 斧の構え方なんぞ分からんから、地面に寝かしてるが……こんなの下から振り上げますよって言ってるみたいなもんか。

 が、知らん。構え方ってなんじゃ。教わっとらんわ。


「ふぅ……すぅ……ッ」


 レイの呼吸に合わせて、同時に踏み込む。レイは右、オレは左。

 タイミングはバッチシだったと思った。なのに、最小限の動きで捌くイリア。さすがに冷や汗が垂れた。


 ──戦い方は知らんが、ある程度の予測は付けれる。


 問題があるとしたら、おれが握ってる戦斧がホンモノってことだ。

 下手に振ったらレイにも当たるし、レイの剣もホンモノだからオレの戦い方も慎重にならんといけん。

 よく一人に襲いかかるザコ敵を見て「一斉に襲いかかれよバカが」って思ってたが、こういうことか。

 同士討ちだな。はあ、よく分かった。が、分かったからこそ、オレは行くね。


「!?」


 レイにスイッチするように飛び出てイリアの首元を狙って、おもっくそ全力で振り上げた。

 手からすっぽ抜けることなんてないが、いきなりの全力にイリアも驚いた表情。

 でも、それも一瞬。すぐに嬉しそうに表情がトロけた。


「いいぞ。カシ。やはり、私が見込んだオスだ……!」


「オスて。男子おのこですよ、お嬢さん」


「オスはオスだろう──ッ!」


 振り上げで空いた上体に、イリアの左手が食い込む。

 よろける体の右側面から影がヌッと出て──イリアが脚で制する。

 レイの一撃が寸前で止められ、意図しない衝撃によって地面に転げる。


「バレてっ──て」


 その小さな体をイリアのデカイ脚が捉える。


「ギュ──っ〜!!?」


 上方向に飛んでいくレイに間髪挟まずオレもイリアに追撃を重ねる。

 横振り、木剣を避けて、飛んできた左手もギリギリのところで横から払った。


「っ、やっべぇなあチクショウ」


「避ける避ける!」


「当たったら骨が折れそうだからなぁ!」


「アッパコムが治療をしてくれるぞ!」


「なんの安心にもならんっての」


 あの左手に掴まれると死ぬイメージしか湧かん。

 あとその巨体を支える脚だ。さすが、獣人アンスロ。脚力や体幹が他の種族に比べて段違いだ。

 しっかりとした土台があるからこそ放たれる一撃は芯があり、威力がある。

 

 ってか、剣道で対面した経験があってもなんの役にも立たん。手と脚を出してくるヤツなんか居たら、審判に泣きついてるところだ。今すぐ「合議」とか言って話初めてほしいよ。

 でも──そうか、剣道の技術ってのはそれだけじゃないか。


「──!」


 思いついたことを試そうとした瞬間、イリアが咄嗟に飛び退いた。

 機器察知をした動物のように毛を逆立て、それでも愉しそうに。


「何するつもりだ……? 危ないニオイがした」


「そらあ……こんな体してるからな。やることっていったら」


 ──ドスンっ。

 あ、レイ落ちてきた。大丈夫か。


「っと、おい、レイ。立て」


「きゅ〜……ぅ」


「のびてら……イリア、終わりだ。レイが落ちた」


「……そうか、そうだな。とりあえずは手合わせは終わりにしておこう」


「良かった良かった……じゃあ、オレも──」


「意識があるんだろう? カシはまだ続けるぞ。そら」


 壁にかけていた木剣を投げて渡してきた。


「剣術も体験してみるといい。私に当てれるまで続けてみよう」


「……へいへい。あんまボコボコ殴らんでくれよ?」


「避けたらいい。当たればアッパコムが喜んで治療をしてくれる」


 そうしてまた打ち込みが始まった。


 夜には自分の筋トレとみんなのトレーナー業をして、予約をしてるお客さんのトレーニングも欠かさずに行う。

 エルの体調チェックとルポムの経過観察込みのトレーニング……レイのサポート。おいおい、詰め込みすぎだろ。

 これがまだ数日続くってマジで言ってんのか。


 まぁ、料理担当はカンナが興味があるみたいだからやってもらってるからなんとか回ってる。手先が器用なんだよな。あ、エプロン似合ってますよ〜。

 マレウスもしてみたいとは言ってたが、森人エルフと同じキッチンに立つのがなあって言ってた。

 日毎に変えて、ゆくゆく自分の飯は自分で作れるようになったら万々歳だ。食材はあるわけだからな。

 

 異世界って、大変すぎだな?

 

 そうして充実すぎる毎日を暮らしていき、あっという間に魔女を倒しに行く日になった。

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