37 ルポムの吐露


 そりゃあもう探し回った。

 マレウスの家は広いんだよ。鍛冶場とか炊事場。トイレとか大浴場とか。

 でもいない。脚早すぎんだよ。家の中にいないってことはどこに……。


「そこに隠れてんのか、どうしたよ。急に飛び出して」


 家の裏に屈んでいるとは、家の裏ってこんな感じか。ほっそ道。

 こういう丘の上に立ってる家の後ろって見たことなかったからそっちも気になるが、いやいや、今はルポムだ。 

 えーと、どうしようか。とりあえずはこうか。


「……なんで一緒に座ってんだよ」


「えっ」


「は?」


「膝の上に来るか……?」


「……バカが。オレはガキじゃねぇんだぞ」


 壁を背にして隣に座る。足のトレーニングをした後だから、屈むのがしんどいんだよ。

 

「たしか、ルポムは傭兵だったんだっけ?」


「あぁ。傭兵だった。それも、まぁ、頑張ってたほうのな」


 こっちを見た。お、口をモゴモゴしてる。


「オレの前で隠し事はできんぞ。どんなセンシティブなやつでもな。ズケズケ踏み込むから」


「血も涙もねぇのか」


「減量末期ならないかもな。でも、オレには筋肉がある」


「黙っとけよ……ホントに、調子が狂う」


 疲れたように笑う。


「……勇者なんだろ、アイツ」


「らしいな」


「魔女を倒しに行くって」


「って言ってた」


「その魔女にオレは負けたんだよ」


 寂しそうにそう呟いた。


「ルポムより強かったのか」


「…………違う。オレの方が、強かった」


 おや? 

 

「というか……その……なんだ。自分で、いうのは……恥ずかしいんだが…………庇ったんだよ」


「庇ったっていうのは、仲間をか?」


「あぁ。……傭兵は雇われてから戦地に行く。で、オレは一人じゃなく、傭兵のチームだ。雇い主はその森の近くに館がある貴族だった。魔女はオレじゃなく、他の奴らを狙い出したんだよ」


 そこから話を聞いていくと、ルポムの角が折れた話の全貌が分かってきた。

 仲間を庇い、角に魔女の攻撃が直撃。そのまま処置をすることはせず、皆を逃がすために最後尾を務めて、脱出。


 結果は惨敗。


 魔女と戦って負傷者こそ出たが、その戦闘で死んだ者は居なかったらしい。だが、その道中で二名が罠にかかり死亡したと。

 そして皆を庇って戦ったルポムだったが、角が折れたことで体が小さくなって、チームから追い出された、と。

 もちろん貴族からは報酬金なぞ出ず。稼げれなくなったルポムは露頭に迷う。そこでオレたちに出会ったらしい。


「いや、壮絶かって。やばいな。ってか、そのチームの人たちも残酷じゃないか?」


「……オマエは知らないんだよ。角が折れた有角人グランは非力で、体も小さくなる。存在意義がねぇんだ。現に、飯屋で絡まれる女も振りほどけんしな」


「にしても」


「只人に置き換えてみると、両腕と両足がなくなったみたいなもんだ。そんなヤツをどうしてチームに置いたままにできる? 依頼もこなせない。タダ飯くらいだ。それが有角人グランって種族だ」


「そうか……」


 ……この話……おもてぇ〜……。


 話を聞いた感想がそれかよって怒られるかもしれんが、異世界の話おもてぇ……。

 なにその話。庇った恩人の首を切りますってさ。いやあ……残酷か? 

 それともオレがぬるま湯でちゃぷちゃぷしてるだけ? ぬるちゃぷなのか?

 

 そうかって言ったけど、なにもそうかじゃねぇよ。

 うわあ、頭なでてぇ。よしよししてぇ……。慰めてやりてぇ……。


「…………ありがとうな。話してくれて」


「別に」


「いや、昔話をするってのは大変なんだ。うん。それだけで凄い」


「なんなんだよ。慰めてるつもりか?」


「慰めるくらいなら、オレは尻をひっぱたくぞ」


「そんなヤツだろうと思ってたがよ」

 

 ルポムはため息を吐いて、気持ちの入れ替えをした。

 

「寒いし、オマエもアイツのトレーニングがあるんだろ。帰ろうぜ。腹減ったし」


 この子は、本当に強い。

 こうやって切り替えてきたんだろう。

 多分、過去に自分も仲間をそうやって切ったことがあって。

 それが自分になっただけ、とかなんとかって思ってるんだろう。


 正直、重たい。

 でも、オレはトレーナーでありトレーニーだ。


「…………ルポムさ」

 

 重たいものを克服した時の達成感は人一倍しってる。


「一緒に魔女倒そうぜ」


「……なんでそうなる?」


「ルポムは魔女と戦ったことがあるんだろ? それに、角もだんだんと治ってきてる。完治はまだだろうがな。どうだ? 見返してみんか?」


「……そんな元気があるとでも?」


「元気があろうがなかろうが、できるもんはできる。モチベーションってもんに左右されるようなヤツじゃないだろ?」


 握った手を振りほどこうとしたから、逆の手で覆った。


「それにこれはルポムのためだけじゃない。勇者のためでもある」


「……おれは……でも、もういいんだって」


「納得できないこととか、面倒くさいからやりたくない。分かる。心のなかで既に決めてることを今更変えるっていうのは、疲れるし、自分のためにはならん。それも分かる」


 自分がAをしたいのに、Bをしろって言われるのはストレスだし。

 そのBってのが最善策であっても、自分にとってはそうじゃないこともある。感情ってのはそういうもんだ。


「だけど、角も治ってきてるし、力も前よりかはついてきた。魔女との戦いがトラウマになってるかもしれん。でも、ルポムは魔女に負けてねぇんだろ。角が折れたとしても、心までは負けてないはずだ」


「……」

 

「今、答えは要らん。このことは他の皆には言わないから、どの選択をしても良い。だから考えてくれ」 

 

「…………。なんで、オマエはそうやって」


「オレはオマエのトレーナーだ。トレーナーってのは、体作りだけじゃなく、精神面もサポートするのが仕事だ。でも、提案までしかしない」


 ルポムは口を噤む。が、瞳は大きく開いていた。

 握っていた手を緩め、頭に手をのせた。なでなで。


「あと、一度、角が折れた有角人グランが再び立ち上がったことは前例がないことなんだろ? だったら歴史作っちまおうぜ」


 ポンッと頭を叩くように撫でて、腰を立たせる。


「ほいじゃ。考えてみてくれ。オレは勇者のトレーニングをしに行くから──」


 その裾をルポムは掴み、グイと引っ張った。


「オレはオマエが嫌いだ……!」


「お?」


「だから、言うことを聞くのは癪だ……」


 え、なになに。オレ嫌われてたの? 

 無自覚なんだけど。


「まじ……? ごめん」


「……っ、でも、今回はっ……オマエの言う通りに──っ〜あーーーーー!!!!」


「うわ、え、なになに」


「するなって言え!! 惨めに逃げろって!! そう言え!! 魔女に負けたんだろって、角を隠して逃げたんだろって言え!!」


「はあ!? なんだよそれ」


「いいから!! 言え!!」


 なんでそんなに必死なんだよ。……でも、言えっていうなら仕方ないな。

 ルポムを家の壁に押し当て、満面の笑みで言ってやった。


「おい、ルポムぅ。オマエ、負けたんだって? 魔女によお」


 なんだよこれ。でも本人たっての希望だし。


「……」


「惨めに逃げたんだろうなあ? 角を隠して──つのをかくして……? 尻尾巻いて……。とかく、逃げたんだってな?」


「オレは負けてない!!」


「今回も逃げるんだろう? 角を〜……隠して? なぁ? せっかくもう一回よぉ、戦えるっていうのによお!」


「逃げるわけないだろ!!! ぶっ殺してやるよ!! クソが!!!」

 

 で、なにこれ。

 わあ、ルポムすごく嬉しそうな顔してる。

 なによ、そんな顔できるんじゃない。


「ふんすっ! まぁ? カシがそうやってできねぇって言うんだったら、仕方ねぇよなあ」


「はあ……」


「いや、見とけって。逃げねぇし、ぶっ倒してやるから。な? オマエの予想を外してやるよ」


 だから──といって首の後に手を回した。


「オレから、目ェ離すんじゃねぇぞ。カシ」


「…………」


「へーん。言ってやったもんね〜。ばーかばーか。誰が逃げるかよ! あー、すっきりしたあ!」


 ぴょんぴょん跳ねながら家の後ろから出ていくルポムは、最後に振り返って小悪魔のように笑った。


「勇者を鍛えるのもいいけど、オレもちゃんと鍛えろよ?」


 手をひらとさせて消えていったルポムを見送り、オレはズルズルと壁に寄りかかった。


「…………異世界、わかんねぇ……っ!!」


 結果、ルポムを奮い立たせることに成功したみたいだが、オレの中にはなんか変なもやもやが残ったままだった。ちゃんちゃん。

 

「……まぁ、ルポムがその気になってくれたんだったら、いいか」


 ──勇者を鍛えるのもいいけど、オレもちゃんと鍛えろよ?


「オマエを誘ったときから、そのつもりだっての」

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