35 筋トレにハマる理由



「カシ。ほいじゃあ今日もトレーニングを頼む」


 G7テーブルの椅子を引いた時に、玄関からマレウスのお髭がちらり。

 あれ、もうそんな時間だったか? あ、もうそんな時間ですか。


「ってか、マレウスから呼びに来てくれるなんて。先に納屋いたんだな」


「毎日の楽しみみたいなもんじゃからのお」


「最初はどちゃくそ嫌そうだったのにな」


「効果が分からんもんできつかったら続かんじゃろうが!」


「そりゃあそうだ。で、マレウスは主に上半身がでかくなったな」


 ポージングを取るマレウスの二頭筋ちからこぶを触る。うん。大仙くらいでかい。

 三頭筋にのうではどうだ? おぉ、かちんこちん。でかすぎんだろ。


鍛冶師スミスの腕は太ければ太いほど良い」


「女性の下半身もデカければデカイほどいい」


「じゃ。獣人アンスロじゃ、鉱人ドワーフじゃの脚は最高じゃ」


「やはりマレウス。話が合うな」


「お主もな。只人っちゅーもんはヒョロっちぃのを好むもんが多いと思っとったが」


「のんのん。デカければデカイほど、重たければ重たいほど良い」


 もちろん、脂肪でじゃなく筋肉でデカイのに限る。ここ重要な。試験に出るぞ。


 今のマレウスは6日トレーニングの1日休みというかなりハードなスケジュールでトレーニングをしてもらってる。

 

 マレウスの現在抱えている課題は「イップス」だ。

 メンタル的な問題や、頭からの指示で体が上手く動かなかったりした場合におきやすいアレ。

 だから今は若干遠回りではあるが、トレーニングで体の隅々に神経を伝達してもらいながらのメンタルケアをしている。

 

 実は筋トレっていうのはメンタルの改善に役に立つこともある。

 

 ◯セロトニン

 ◯ドーパミン

 ◯テストステロン


 この三つが分泌されることによって、精神の安定や意欲の向上が見込める。

 筋トレっていうのは小さな成功体験の積み重ねだ。


「じゃあ、今日は……ベンチプレスといくか。記録更新を目指して」


「任せてみぃ。今日こそは100キロ上げちゃる」


 この会話からも伺えるように、筋トレは『重量を上げていく』必要がある。

 今日は40キロだったから、次は42キロをあげよう。その繰り返しだ。

 過去の自分を超える。その体験ってのは楽しいし、自信にもつながる。


 これはオレの持論なんだが、ゲームにハマる理由が筋トレにはあると思ってる。

 子どもがゲームにのめり込む理由は楽しいから。

 で、なんで楽しいかというと「成功体験」が味わえるからだ。

 ボスを倒した。ステージをクリアした。現実世界じゃあ味わえないそれらを高頻度で味わえて、自分が成長していると実感できる。

 

 この「成功体験」が現実じゃあ中々味わえないし、訪れる頻度も少ない。

 もちろん失敗もするし、その失敗が成績とかにつながることもある。う〜ん、微妙。

 

 その点、筋トレっていうのは「失敗」っていうもんが少ない。

 怪我とかかな? もし重量が上がらなくても、次頑張ればいい。

 失敗に対して恐れる必要がないから、挑戦し続ける事ができる。


 たまに「ゲームする暇があれば、自分をレベルアップしようぜ」とかいう人がいるが、多分こういうことが言いたいんだろうなあって思ってる。

 

「さぁ、いくぞ。マレウス。100キロだ」


 ベンチ台に寝そべり、肩甲骨を寄せて下げる、胸椎をグッと斜め上に持っていくイメージ。胸椎がわからんかったらみぞおちの少し上っかわを斜め上(顔方向に)上げるイメージ。

 今回は重量を扱いたいから、脚も使うぞ。 

 脚の蹴る力を使いたいので力を伝えやすいポジションを探す。ちなみに、尻は浮かせない。

 

 ベンチ台の反対側に立って、マレウスの状態を確認。

 息を吸って、吐いて、吸って──ここだ。


 ラックアップを手伝い、手を離す。

 若干抵抗しながら胸にバーベルがつくと、目つきが変わった。


「ッグゥウウウウウウウウウッ!!!!」


「いけ!! マレウス!!」

 

「ヌゥアアアアアアアァァァァアアアアアッ!!!」


 ガシャンッ!!!

 マレウスの胸上にあったバーベルは、見事にラックの中へ。


「成功だ!!!!」


「はああぁつ……ふぅっ……やってやったぞ……!!」


 先程のキレイなフォームが崩れ、ベンチ台の上で溶けるマレウスを見て笑った。


 うんうん。

 100キロ行った時はめちゃめちゃ嬉しいよな。分かるよ。分かる。


「じゃあ次は105キロ行ってみるか」


「おう──って、は、はあっ!?」


「いや、行けそうだったぞ。やっぱり成長が早いな」


 拍手をしながらプレートをはめ込んでいく。

 

「まあすぐにってわけじゃない。インターバルは五分くらい取ろう」


「た、達成感は……もう味わえんのか?」


「味わいたいなら、これも成功したらいい。さ、あと四分とちょっと、しっかりと体を休ませるんだな」


「はあああ〜……」


 105キロは結局上がることはなく、今現在のマレウスのベンチプレスのMAXは100キロになった。

 その後はしっかりと補助をしながら胸と三頭筋をしばきあげた。


「あ、あのお……教官が、納屋に行けって」


「お。来たか。少年」


 マレウスのストレッチを手伝っていると、顔をのぞかせてきた。

 午前中の訓練で疲れてるだろうに、自ら来るとはやる気良し。

 

「トレーニング、よろしくおねがいします!」


「おう。でも、今日は早速トレーニングをするわけじゃあない」


「あ、あれか」


「そう。あれよ」


 マレウスの背中をグググと押すストレッチをしながら二人でニタと笑う。


「アレって……?」


「教えて差し上げよう。の前に、だ。オレが教えるのはイリアのような実践的なトレーニングじゃない。なんとなく聞いてるか?」


「あ、ちょっとは……。楽しい訓練、だと」


 ほお。そんな話を聞いてきたのか。だからちょっとウキウキしてるんだな。マレウスよ。可哀想な目でみるんじゃない。筋トレ楽しいじゃん。さっきまで盛り上がってたでしょ。


「オレが教えるのは筋トレ。人によっては楽しいし、楽しくない人もいる。イリアは楽しんでやってる。というか、ここに住んでる人で嫌いな人はいない」


 まあ、好きだって言う人もそんなにいないけど。

 おいおいマレウスよ睨むな。マレウスだってベンチプレス好きじゃん。


「そ、そうなんですね。よかった……」


「それで、だ。そのトレーニングをする前に、オレはキミのことを何もしらん」


「はい!……あ、そう、ですね」


「ふっふっふ。だから、今日やるのはカウンセリングだ!!」


 少年が声量にビビって身構えた。ごめんよ。

 

「安心すると良い。なにも怖いもんじゃあない」


「そ、そうです……?」


「そのお髭さんの言う通りだ。から、こっちに座ってもらって」


 ぽんぽんっとベンチ台を叩く。もちろん汗は拭き取った後だよ。

 

「それじゃあ行こうか。カウンセリングってやつを!」


「は、はいっ!! お願いします!!」

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