29 お手本のような方たちで


「……!」


 二人の女性は目を丸くして吹き出した。

 

「ハッハハハハハッハアッ! なに、それぇ。おもしろ〜い。カンナちゃん、その体で男を手玉に取れた訳なんだ」


「さぞ、かわいい声で泣くんでしょうねぇ。鈴を転がすように、キレイで、初な少女のようにね」


「そうだな。カンナはいい声で泣く。うん。それは間違いない」


「ぷっ、はははははっ。カシさんってそういう人? 結構面白い」


「特に、。うん」


 ぴたと表情が固まった。

 カンナも目尻に涙を浮かべたまま、静止している。


「とれー……にんぐ?」


「スクワットをした時のカンナはそりゃあ、初な声を上げていたもんだ。許して、って声をあげてな。普段の姿からは想像ができないようなかわいい姿だった」


 その後にしたブルガリアンスクワットなんか、もう、最高だったな。

 長い耳がピンッと立って、真っ赤になって、息も絶え絶えで。うん。


「そ、そう〜……恥ずかしい姿を見せちゃったんだあ?」


「恥ずかしい? 何が恥ずかしいんだ。必死に頑張る姿ってのは何よりも輝いて見えるもんだ」

 

 腕を組んで頷く。頑張る姿は素晴らしい。


「特に、カンナは「嫌だ」「無理よ」って言いながらちゃんと最後までやりきるからな。良い根性してんだ」


「……カシ」


「そ、そうだ! カシくんはそのトレーニングってのを募集してるんでしょ? わたし、気になるなぁ〜!」


「うんうん! 私もいい体になりたいし?」


「でも、女って鍛える必要なくない? カンナちゃんは必死に頑張ってるみたいだけどさ。もしかしてカシくんに取り入ろうと必死なんじゃ?」


「そうそう。あ、カシくんのことを悪く言ってるんじゃないのよ。ただ、ほんとうにその女は辞めといた方がいいってことを伝えたくて」


 ぎゅむっと腕を胸元に引き込んできた。温かい感触に包まれる。


「ね? だから、カンナとなんかは」


「いや、二人はいいよ」


「えっ。おカネは払うよ? もちろん。ね?」


「う、うん。なんで不満なの? 同じ只人じゃない」


「そういうのじゃなく、その前の段階で無理なんだ。オレが」


 手を引っこ抜いて、手を払った。

 立ち上がって、カンナを横に置く。


「ふたりとも。オレが嫌いなタイプの女だ。他人を蹴落として、自分を高く見せようとしてる」


 肩を抱き寄せて、オレは軽く頭を下げた。


「だから、ごめんなさい。帰ろっか、カンナ」


「う、うん……」

 

「なによっ、結局、その女のことが気に入ったからってだけでしょ!?」


「何様なのよアンタは!!」


「急に出てきて悪口を言う女性よりも、ずっと隣に居てくれて頑張ってる奴を信じるのは当たり前だろ。だから、どうか、もう黙っててくれ」


 そのままギルドを後にした。

 まだ後ろでぎゃあぎゃあと叫び声が聞こえたが、耳がパンプしたのか知らんが、聞こえん。

 でも、隣でカンナの耳がピンッと立ってたから閉じておいた。


「ちょっ、うぇっ!? 耳っ、なんっ」


「カンナは耳が良いって言ってたからな。痛いか? 耳は柔らかいから痛くはないだろハッハッハ」


「…………うん」


「あーあ、スッキリした。本当に嫌いなんだよなぁ、あの手の人ら」


「でも……カシ……いいの? お客さんになるって、二人、言ってたのに」

 

「いい。──あ、耳を閉じたままだと聞こえないか。いいぞ〜」


「聞こえるわよ」


 クスと笑った。良かった。まだ笑えるみたいだな。


「ほんと、嫌いなんだよ。冗談じゃなくてな」


 はあ、とため息を着く。ストレスにさらされるとコルチゾールが出てくるんだ。

 筋肉も悲鳴を上げてる。カンナの筋肉も今は「ぴぇぇぇ」って分解されだしてるころだろう。


「……オレは、お手本のような奴らが苦手でな。自分は”女”だからこうあるべきだ。自分は”男”だからこうあるべきだ。こうするべきだ。こうされるべきだ。して当然、されて当然。苦手なんだよ、そういうの」


 昔の常識が、今の常識である決まりはないし、自分の常識は他人の常識である訳がない。それが世の中ってもんだ。

 誰一人同じ人間がいないってのはそういうこと。筋肉だって人によって違う。だからトレーナーがいるんだ。


「男だ、女だってのはDNAの問題で属性の一部でしかない。種族もそうだ。カンナはカンナ。オレはオレ。女って名前でも、男って名前でもない。その人自体を見ようとせず、属性で語って、そのフレームに押し込んで考える。で、当てはまらないと叩く」


「でも……私は、本当は、そういうヤツかもしれないじゃない」


「? オレが知ってるカンナはそんなことをするやつなのか?」


「……!」


「オレが知ってるカンナとしっかりと向き合ってたことがあるなら、アイツらはあんな態度はとれないはずだ」


 ずっと森人エルフだから〜とか。女〜とか。

 急に出てきて胸糞悪いことだけ言っていきやがって。


「それ、でもさ。わたしは」


「おいおい、オレが何回カンナとカウンセリングしてきた? 知ってるわ。まぁ、知らんことも多い。が、知ってることだってある。オレが今まで何人のカウンセリングをしてきたか分かるか? 多いぞ、まじで」


 カンナは言ってた。只人は関わりづらいんだって。

 まともに会話もできなかったのだろう。そんな奴らよりもオレの方が知ってることが多い。


「まぁ、オレもたまにしそうになる。が、しないようにしてる。他人にされて嫌なことはしたくないからな」

 

 へ、と笑った。


 人間完璧なヤツなんていない。

 ちなみに「黙ってろ」って言われるのオレきらい。でもさっき言っちゃったから、やったことになる。

 うわ〜、揚げ足取りやめて〜。まぁ、足腰鍛えたオレの足を取ってこかすことなんてできないがな。


「ぷっ」


「?」


「はははははははははははっ……ひっ、っふ、ふぅ……ふふふふふふっ」


「どうしたぁカンナ、耳と顔が真っ赤だぞ?」


「ひひっ、ふふふふふふははははははっ、あーあ、夕日のせいよ。っふふふ」


「なーんだ、夕日のせいか」


「そうよ、そのはずよ」


 カンナは笑うと、おれの小指をギュッと掴んだ。


「…………ありがと」

 

「何がだ?」


「ぴっ!? そういうのは聞き流すべきでしょうが!!」


「おいおい、隠し事か!? オマエのトレーナーはオレだぞ!?」


「なんでも無いわよ、このっ……バカッ!!」


「バカって言ったか!? うわっ、傷ついた!」


 やいやいと言い合い、マレウスの家に帰ると少し後に三人組がトレーニングを教わりに来た。

 後から事情を聞くとあの女性二人は、カンナのことが嫌いらしい。


 たまにつっかかってるのを見るのだという。

 あー、カンナが只人が苦手って言ってた理由が分かる気がする。

 その件は保留して、とりあえず三人にはトレーニングメニューを任せていた。あと、今更だが名前を聞いてトレーニングノートの名簿に追加しておいた。

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